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四章 散歩道と雨 2

 歩いている途中、玖は小声で緋名に話しかける。



「緋名がいてくれて、良かったよ。心強いよ」

「わ、わたしでは頼りないと思ってる。でも、わたしも、一人でなくて、玖がいてくれて、よかった」



 少しだけ、顔が赤くなった緋名は、ゆっくりと本音をいう。そしてまた、玖が返す。



「そんなことないよ。今の私にはなにも出来ないから。さっきのときに許可を取っておけばよかったんだけど……」



 地下牢での話を思い出す。玖には、雪を震え上がらせるヒミツがあるという話。

 外廊下から土足で城に入り込み、そのまま小声ではなし続ける。先ほど対面とはいえないような顔を合わせたときに、康矢が許可を出したとしても、玖が危険な目にあっていたかもしれない。



「? 許可がないといけないの? 姫の権限とかは……?」

「ないよ、そんなの。権限とかあっても、勝手に使おうものなら、康矢のお説教があるからイヤなの」

「………長いやつでしょ」



 緋名と康矢も、幼馴染みといっても差し支えのない間柄だ。国は違えど、多少は事情を知っている。登流も康矢も、怒った側近は大体、ものすごく、怖い。



「そうなの! ……夕飯食べながらの時もあって、ぜんぜん美味しくなかった。そういうときに限って、誰も助けてくれないしさ」



 つい、一言目が大きくなってしまい、慌てて声を抑えた。けれど近くに兵士がいる様子はなく、続きを話してしまう。



「でも、それって魔法でしょ? みんな知ってるんじゃないの?」

「うん。魔法だけど、内容がね。父さまが許可を出して、康矢の許可も下りないとダメでさ……父さまが許可を出しても、康矢がダメって言うこともあるの」

「康矢くんて何者なの……おじ様がオッケーしてるのに……?」

「康矢も怖いよ。時々修行中のお経唱えてくる」



安心して、話してしまっていた。



「でも登流の説教は般若だよ? 怖いんだよね、本当にあのお面…」

「あー、どっちもイヤだなぁ」



 緋名がブルリと身体を震わせ、角を曲がるために足を止めたとき、その角の向こうから殺気があふれた。



「みぃーつけた!」

「!!」

「っ! 玖、後ろに!」



 小太刀を構え、玖を自分の後ろにかくす。角を曲がって現れたのは、右腕を失っているネコ少年。お面はちゃんと付けていた。



「ボクの方が先だったか。まぁいっか。アイツにできるとも思えないし。ごめんねぇ、お姫さんたちをこのまま逃がすわけにはいかないんだよね。とくに、淡桜のほう」

「なぜ……?」

「…………」



 緋名には分からないことだが、玖にはおおいに心当たりがある。キッと相手を睨むが、通用はしない。



「おとなしく、殺されて? 鈴蘭のために、ちゃんと活用してあげるから」

「絶対にイヤ!!」



 気丈に刀を構えてはいるが、刀は少し震えている。その姿をちらりと見て、ネコ少年はまっすぐに玖だけを見る。



「そうだね。あいつの言うとおり、もう用はないよね。父親も殺しとくね」



 その言葉に、姫二人は驚きを隠せない。



「なんで、それ……」

「会話、聞いていたの!?」

「聞いてたよ。まぁ、聞いてたのはボクじゃないけど、おんなじだよね。ボクだってあいつを信用してるわけじゃないし」

「…………」



 ここに来て、雪の行動がつながる。雪は、聞かれていることに気づいていたのだろう。



「もっとも、姿を見るまでは、どうかなって思ってたけど……もしかして、逃がしてもらったの?」

「……緋名」

「大丈夫。下がっていて」

「あれでも一応は元兵士なんだよね? 水仙のお姫さん、ほんとに強いの? ささっとボクが殺してあげるね?」



 そう言われて、緋名の剣先はぴたりと止まる。そこでやっと、ネコ少年はまっすぐ緋名を見た。

 すーっと息を吐き、緋名は刀を少し下げる。



「ん? 本気で?」

「倒します。あなたも、片腕でわたしを殺せると思わないで」



 地下牢から脱出したときのように、玖を護るものはいないから、自分が護らなければならない。

 登流や康矢を待っている時間はない。ここで、玖を護って、目の前の敵を倒さなければならない。

 身長は同じくらい。出来るかどうかは分からない。けれど、やるしかない。


 どこから持ってきたのか、少年の普通の長さの刀に対し、緋名は短い小太刀。それも、自分の愛用している剣ではない。いつもとは間合いの取り方が違う。それでもどうにか、打ち合う。

 相手の筋を見て、流れを読む。一歩詰めるのではなく、一歩離れて剣を受け流す。



「ふぅん……。女にしてはやるね」

「……っく!」



 しかしそれもつかの間。ネコ少年は素早く逆手に刀を持ち変えた。それを、目では追えた。しかし身体が動かなかった。そのまま壁に身体を押し付けられた。少年に、刀ごと体当たりされていたのだ。



「緋名!!」

「あっ!!」

「甘いね。お姫さんの相手なんて、片手でもハンデにならないよ」



 玖の声で痛みに気づいたのか。それとも、痛みに呼び起こされて玖の声を聞いたのか。緋名には分からなかった。



「う……あっ……」



 自分の右腕に、相手が持っていた刀が刺さっている。自らの血が、袖を濡らしていた。



「人質としての価値はもうない。首は使うから、身体は水仙に届けてあげるね? それとも、あの仮面の忍者に渡す?」

「緋名!!」



 緋名の頭の中は真っ白で、玖の声は届いていない。


 ただ、怖い。ここで自分は終わってしまうのか。父にも母にも、側近にも再会できずに?

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