三章 朧月夜に龍 12
上司二人は顔を見合わせる。
「まさか」
「あれで全部……?」
二人が思い浮かべたのは、囲われたときのこと。暗がりで、すさまじい数と思ったが、あれで全戦力ならあんまりだ。
「この後は、城内を探す班と、町へ降りる班に分かれて、状況を見ようと思うのですが」
部下の言葉に、肯定を出そうとした渓より早く、康矢が否定をのべた。
「いえ、騎士たちは全員城下町へ向かってください。必要ならば、淡桜から食料や衣類を運び、民を保護するように」
「承知いたしました」
そして一礼をして騎士は下がる。渓はその背を見送り、康矢は顔をしかめる。
「康矢さん?」
「登流が無双している城内に騎士を送ることは出来ない。それに兵が居ないのなら、この先は城主と幹部たちとの戦いになる」
「こちらが城主たちを引き付けておけば、多くの民を保護できますね」
「手遅れになる前に、救えるだけ救いたい」
渓は知らないが、康矢は思い出すことがあった。出発の前に、主が自分と雪を呼んだにも関わらず、大したことを話さずに下がったことを。もしや今日この事を言いたかったのではないかと思い始めていた。
この考えを裏付けるうちの一つが、淡桜だけの降伏だ。主は絶対に降伏などしないし、別の意味もある。第一、奥方が許さない。鈴蘭などに降伏をするなら、国を爆破しかねない。ブチギレた奥方たちは、そういう方だ。
「城下は騎士たちに任せ、私たちは姫を探しましょう。特に緋名姫は水仙降伏への脅迫材料になってしまう可能性がある。かなり危険だ」
そう言われてしまえば、俄然心配になってくる。おそらく登流も、自分を待つより、緋名の元へいけと言うだろう。
「すべての部屋を、一つずつしらみ潰しに探しましょう。その方が確実だ」
「雪さんも見つかると良いですが」
「雪も無事だと良いですね」
「……康矢さん、アレが本当に雪さんだったらどうしますか?」
「ん? 分かってて聞くんだ?」
「……いえ、中の人が違うとは思ってますけど、万が一、その、例えば暗示にかかるとか……」
「殴りますけど?」
「ですよねっ!!」
康矢が怖い笑顔でハッキリ告げたため、渓は一歩下がる。そう考えていたのが自分だけじゃなくて良かった。心底信頼しているのに、こんなところであっさり裏切られたくない。とりあえず、周りから痛いと評判のデコピンを力いっぱいかまして、さらに殴るかと、そう考えていた。
「水の禁術でも覚えてもらいましょうかね」
「……え」
けれど、この人は殴るよりキツいことを言い出してきた。それは淡桜にその身を捧げて死ねというようなもの。鈴蘭のようなことをやれと言うのか。だけど、康矢も雪のことをそこまで信頼しているということだ。そもそもどうでもいい相手に怒ったりしない。
渓は心の底から、先程姫たちの腕を捻り上げた中身が雪でないことを祈った。そして一階部分からまわるため走り出した。




