序章 冬の行進曲 4
重さを実感しながらも、伝えた甲斐はあった。康矢と雪は、ポカンと口を開けて渓を見ている。雪はちょっと怒っている。
足元を見ながらはぁーっと息をはいた康矢は、仕方ないなぁとでも言いそうな顔をして雪を見る。
「行きましょうか、場所も分かったことですし」
「まぁ確かに、城主様のところは探してませんね。ってか渓は知ってたんだ?」
雪が振り向いたとき、すでに渓は大庭を突っ切ってどこかへいってしまった。逃げたな、と思いつつ、それはいつものことで、康矢も特に気にしない。そうして二人は城主の部屋へと通じる隠し階段へと向かう。
壁と同じ色で出来た扉を開けると、目の前には高い階段。それを上っていくと。
「あ、康矢! 雪! おはよう」
朝から恐ろしく元気な、そして探していた玖がいた。
自分が探されていたことなど露知らず、城主のとなりで真新しい桃色の着物に、こちらも新しい濃い紫色の羽織を着ていた。どうやら届いたばかりのもののようだ。黒髪ロングをさらさらと揺らし、ぴょこぴょこと跳ねている。あの喜びよう、おそらく、今日ここへやってくる緋名からの贈り物だろう。
二人の姫は、しょっちゅう品物を贈り合っていて、さらに互いの国にも行き来している。国民にも受け入れられ、両城主も話はいろいろしている。
「おはようございます。玖姫。……いつからこちらに?」
「え? 起きてから?」
「おはようございます。玖姫、まさかお一人でご移動を?」
「うん? 移動ってほどじゃないと思うけど……」
慌てる二人に対して、玖はあくまでもマイペースに返す。その答えに対し、康矢は頭を抱え、雪は顔をしかめた。
「玖姫。昨夜私が言ったこと、覚えてますか?」
雪は頬に手を当てながら、ゆっくりとした口調で玖に問う。雪のその姿が本当に綺麗で、玖は思わずため息をつく。
「はうー。雪は本当に美人さんだね」
「えっと、姫、聞いてください」
「うん。聞いてるよ。ひとりで行動するなってやつでしょ? でも父さまの部屋にいくだけだし、雪も康矢も忙しそうだったから」
つい、と笑う玖に、康矢も雪も苦い顔を返すしか出来ない。
淡桜も水仙も、大国鈴蘭には手出しされたくない。鈴蘭は直接国を攻めてきていないが、いつまでも攻めてこないわけではないだろう。なにかしらの策をとり、自分たち鈴蘭側に有利になるようにしてから動くだろう。城壁の兵からは、まだ何も連絡は来ていないが、水面下でも動いていない、というわけではないはずだ。
特に今日は、二つの国の姫と城主がそれぞれ一緒になる。この期間中の鈴蘭は、いつもよりはるかに動く可能性が高い。もちろん、こちらも 易々と待機しているわけではない。
緋名が淡桜に来るときも、玖が水仙に行くときも、きちんと警備は考えている。それでも世の中には完璧はない。常に最悪を考える人間は、どの国にもひとりや二人はいる。
「こちらが忙しいと言っても、姫の護衛も職務のひとつ。我らのことを考えるより、姫は自身の御身を考えてください」
「うーん。でもやっぱり朝はここからの景色をみたいな。父さまの部屋からなら、城内の一部だけどみんなのことがみえるし、ここからみる町の活気だっていつもとおんなじじゃないし。季節や気温によって変わる城下のことずっとみていたくなるよ。二人がくるのを待ってるのは、なんかなぁ」
「もっともらしいことを言っても、ダメなものはダメです。何かをするときは、必ず私か雪に一言お願いします」
「はーい。わかった」
理解したのかしてないのか、玖の返事は生返事だ。
玖のことも理解してやりたいが、それだけ優先しては部下に示しがつかない。ヒゲの城主は、苦笑いをしながらその場を収めようとする。
「その辺にしなさい、玖。わしの留守中勝手なマネはしないように。康矢たちのいうことを聞きなさい。それと、緋名に失礼のないようにな」