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三章 朧月夜に龍 7



「緋名!」



 どうしようもなくとも、玖のことを出されれば、行かないわけにはいかない。それを分かっていても、それでも登流は声をかけずにはいられない。

 水仙の者にとって、淡桜は友好国というより、もはや第二の故郷。無くせないという思いが強い。もちろん、淡桜にとっての水仙も同じだろう。

 緋名は一度だけ振り向いて、小さく言った。



「大丈夫。待ってるから」



 緋名がネコ少年の横を通りすぎる寸前、ふいに声が届く。



「……すまない」



 小さいけれどしっかりした声。緋名は小さくうなずくが、それを見ていた渓は、え? っと声を出してしまった。普段とは比べ物にならないほど悲しそうな声。それを発したのが登流だからだ。

 緋名が桐雪の前まで進むと、とたんに右腕を取られる。



「すみません。おとなしくしていてください」



 冷たい声と強い力。先程までとは別人のようだ。一瞬苦痛に顔をゆがめたが、緋名は平気なふりをして左手で玖の着物を掴む。



「玖、大丈夫?」

「大丈夫。ごめんね、緋名」

「なんてことないよ。玖が無事なら、それでいい」

「素直だね、水仙のお姫さま。ボクそういう人キライだけどね」



 いつの間にか近くに来ていたネコ少年。そして通路の奥にはひしめうごめく兵士たちがいた。十や二十といった生易しい数ではない。全戦力をここに集めたと言っても過言ではないだろう。肩身狭しと集まった兵士たちは皆虚ろな瞳をして、そろりと壁づたいに回り、三人の男たちを取り囲んだ。隙あらば手に持つ槍や刀で刺してしまおうとしている。

 人質が増えたことで、より余裕も増えたようで、鈴蘭城主は笑いかけた。しかし笑えなかった。

 緋名が自分達の懐に着いたとき、水仙の忍が、仮面に手を伸ばした。

 桐雪も惟月も楓牙も、味方である玖も、言葉を失っていた。目の前の敵たちの雰囲気を察して、康矢と渓はその人を見る。



「えーなにそれ? いつの間に仕込んだの? それとも今付け替えたの?」



 姫たちと渓は初めて見る仮面。場所が場所なら間違いなく大声で笑い出すであろう惟月と楓牙でさえ、固まっていた。

 その仮面には、一切の凹凸がない。鼻も口も、目の部分にも穴はない。前が見えるのか心配になるくらいののっぺらぼうだった。

 登流は聞こえているのか怪しむくらい、声を出さない。それどころか息遣いも聞こえない。人間ではない別のナニカになってしまったのかと心配する渓に、康矢は合図を送る。



「登流とは別行動。外に出る」



 いつもと全く違う康矢の口調に、渓は疑問を口に出さずに従う。左足を後ろに引き、タイミングを計る。

 二人の行動が読めていたのかはわからない。けれどちょうどのタイミングで、登流は一言発する。



「行け」

「っ! 必ず合流する!!」



 その一言が合図だった。三人の行動を先読みした楓牙が、待てと叫んで煙幕を投げた。康矢たちの視界を奪いたい一心だったが、あいにく二人は外に出られれば何でも良かった。

 康矢が兵士ごと壁を魔法で壊し、渓は自分達が投げた武器を、拾えるだけ拾って康矢に続く。勇敢にも二人を追おうとした鈴蘭の兵士には、のっぺらぼうが襲いかかる。

 登流は近くの兵士から倒すべく、始めは自分の手で。倒した兵士から武器を奪い、確実に身体の自由を止めていく。

 目の前に煙が上がると、桐雪は緋名の腕を引っ張って通路に出る。引き摺られる緋名は、二度と離れまいと玖の着物を引っ張る。玖はそのままついてきたが、ネコ少年の姿はない。代わりのように、城主がついてきた。


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