三章 朧月夜に龍 6
男たちは驚き、ギリッと奥歯を噛んだ。その様子を見た城主は、笑うことを隠さずに、桐雪の肩に手を置く。
「こやつのように、降伏すればいい。命は助けてやれるかもしれぬ」
「ダメよっ! みんなっ……!!」
「黙っていてください。玖姫」
玖が声を上げるが、それすら桐雪は見逃さない。別人になってしまったかのように、たんたんと玖の口を塞ぐ。
「ダメだよ、お姫さま。キミはしゃべっちゃダメ」
玖の後ろから、ひょっこりと顔を出したのは、ネコの顔。ちょうど玖の肩のあたりに、ネコがいる。しかし頭だけだ。
「……なんだあいつ。ふざけてんのか?」
「登流さんにだけは言われたくない……」
小声でつっこんでしまった渓の横から、大量に殺気が押し寄せてくる。渓の肩はガクガクと震えてしまうが、それもつかの間。
「風斬!!」
「っ凜!!」
発された康矢の言葉は、早口と不意打ちと兼ね備えていたが、味方だった男によってかき消されてしまった。かまいたちの魔法に対抗して、バリアのような見えない壁を出して守る魔法。桐雪は反応し、康矢の奥の手を封じる。それにより、康矢はずっと握りしめていた数珠を離す。
一瞬の魔法対決の直後に、惟月と楓牙が小さく動いた。
「あれ? キミたち遅いよ? もっとちゃんとしなくちゃ。動けないならここにいても意味ないよ?」
「……申し訳ありません」
仲間割れが始まるかと思ったが、そうは上手くいかず。ネコの少年は、たたたっと城主の前に出てきた。その後ろで、惟月が右手を胸の高さに上げ、楓牙が剣を抜こうと構える。
そんな折、鈴蘭城主の斜め後ろ、玖の後ろから。つまり通路から、全く知らない声が響く。
「報告します! 淡桜の城主、降伏の意思あり!!」
室内に、激震が走った。
「父さま!!?」
「まさか!?」
「隊長……」
その場にいた誰もが、驚きを隠せない。
玖も緋名も、さあっと顔色を変える。しかし鈴蘭の城主だけは、その言葉がもの足りない。
「水仙の意思は?」
鈴蘭からしてみれば、二つの国が降伏しなければ意味がない。続きを促しても、望んだ答えは聞こえない。
「……未だ、なにも……」
「潰せ」
「仰せのままに」
一瞬考えてしまったことではあるが、自分の目の前で父親と国を潰せという命令を聞いて、緋名は狂いそうになる。何とかしてこの目の前にいる男を倒せないかと模索する。
「父上……おじ様!」
武器はないが、距離は近い。警戒されている登流や康矢より、自分の方が油断を誘えるかもしれないと、緋名は手を考えるが、その目論みは崩される。
「ねぇ、水仙のお姫さま? こっちに来てくれない?」
ネコ少年から、指名の声がかかる。顔を上げれば、玖と桐雪に困惑の表情が見えた。
「ね、早くしないと淡桜のお姫さまがどうかなっちゃうよ?」
「……分かった」
ウキウキと言うネコ少年に緋名は了承をし、渓の背中から足を一歩踏み出し進む。




