三章 朧月夜に龍 4
「今度こそ逃さずに仕留める」
「同感です。登流。私も手を出します。残念ですが、渓はここに」
「はい。僕邪魔ですね」
素直に下がり緋名の前に立つ渓。けれど緋名は違った。渓の背に守られ、前に立つ二人をじっと見つめる。そして一つの答えを見つけた。
「あ! あなたたち!」
「緋名姫様、軽すぎですよ? ちゃんとご飯食べてます? 甘いものいります?」
楓牙が緋名をみてにっこりと笑い、ポケットから飴玉を取り出す。康矢は話を聞いていたので、睨み付けるにとどまれたが、登流はそうはいかない。とっさに服から出した何かを投げつけるも、惟月に阻まれた。
──カンッ!!
「……この、誘拐犯どもめ」
「おお。見てくださいよ楓牙。般若のお面ですよ。般若のお面付けながら飛ばしちゃいましたよあの忍!」
「相当キレてくれてるんだろうけど、笑える。何個持ってるんだろう」
「笑えますよね。あはははっ!」
二人だけ空気が違う。緋名も渓も唖然としながらそれを見ていたが、登流はキレたまま刀を構え、康矢も短剣を手に取る。
「あれ? 住職さんも戦うんですか? 戦えるんですか?」
「住職は魔法使いって聞いてたけど?」
楓牙も惟月も、剣を構えながら動かずに、口先での挑発を続ける。けれどその間に入ったのは、後ろから見守る緋名だ。
「この先は、城主の部屋なの? そこに玖と雪はいるの?」
その声には、登流も康矢も目を見張る。何をこちらのことをばらしているのだと、一喝したくなったが、表情には出さない。
しかし不思議と間があった。楓牙と惟月も、ポカンとしているのだ。
「え?」
何か変なことを言ったかと緋名もつられそうになるも、ほしいのは情報だ。もういっそのこと何か役に立ちそうな情報がほしかった。
「…………緋名姫様たちは、この先に何があるのかわからなくて進んでたんですか?」
ばか正直の緋名につられたのか、ポロリと楓牙がこぼした。
その瞬間に、康矢が動いた。楓牙の喉元めがけて短剣を突き上げる。一瞬遅れて、登流と惟月も動く。惟月は康矢の一撃を防ごうと、登流は惟月の腕を切り落とそうと。しかしその時には楓牙も我にかえり、応戦体勢に入っている。
緋名の質問には誰も答えないまま、四人は戦いを始めた。
「……この先に、何があるというの」
「鈴蘭の城主か、玖姫と雪さんか、はたまた別の何かか…」
渓の言葉に、緋名はパチリと瞬きをする。
「別の、何か?」
「分かりません。分からないけど、先ほどのあの二人の表情は、何かを隠しているような気がするんです」
「……隠す……?」
普段イジられているとはいえ、渓も騎士団副団長。何か思うことがあるのだろうか。とはいえ、今は二人にできることはない。できるのは四人が戦っているのを邪魔しないようにして、康矢と登流が倒れないことを祈るだけ。
しかし目の前で繰り広げられているのは、なんだか妙な展開だった。
「ねぇねぇ住職さん、あの忍者さんはどうしてウチの相方にキレてるんですか?」
「黙って倒れてくれませんか?」
「お? あなたは優しいんですね」
「とりあえず捕虜ってことです」
「お言葉もお優しいですが、剣もやさしめですよ。そんなんじゃ俺は倒せませんよ?」
「じゃあ俺と変われ」
康矢の後ろからぬっと登流が出て、剣を振り下ろす。惟月は一瞬驚いた顔をしたものの、あっさりとそれを流し、後ろに引いた。しゃがんで横に反れていた康矢の攻撃も巧く避ける。




