三章 朧月夜に龍 2
玖の目の前には、茶色いマントを羽織った男。そしてすぐ隣に、背の高い黒マントを羽織った男。この者は玖にナイフを向けている。
玖の後ろに、強制で跪かされた雪がいる。その髪を掴んでいるのは片手で、もう片方の手は、玖に向けてヒラヒラと振られている。
「えっ……」
驚いたのは顔だ。登流のように、仮面をつけていた。それも写真のようなネコの顔。
「覚えてねー、お姫さん。ボクのことはネコって呼んでねー。さ、前見て、前」
茶色いマントの男が、今の玖の行動をずっと見ていたようで、うっすらと笑っている。
「我が鈴蘭の主だ」
「……淡桜の玖です」
「ふむ。なるほど。確かに美しい」
「ねー、言ったとおりでしょ」
途中でネコの少年が合いの手を入れてくる。しかし玖が思ったのは別のことだ。
自らを鈴蘭の主と言ったこの男、明らかに若い。
(……父さまより、だいぶ下………私たちよりちょっと上なんじゃない?)
玖を見る目が細くなる。今、玖が何を思っていたのかを見透かすように、男は口を開く。
「そなた、おとなしく我が妻となれ」
「いやです」
どんな状況であろうと、相手を屈服させる者の嫁になどなりたくないと、玖は正直に断る。しかも即答。
「くくく。はっきり申す娘だな。気に入ったぞ」
「雪を放して! みんなのところに帰してください!」
「お姫さん、ワガママだなぁ」
「そなたの望みは叶わない。そなたを質として、国をもらおう」
「あげません。淡桜も、水仙も、私たちの国です。あなたに、みんなを幸せにできるなんて思えない」
玖は現在、政には関与していない。せいぜい康矢が知っていて、分かりやすく説明してもらう程度だ。それでも玖も玖なりに、どうすればみんなが笑顔で暮らしていけるかを考えている。
「あれー? ボクたちが幸せじゃないって決めつけているように聞こえるよ?」
「民の暮らしぶりは、淡桜にも聞こえています。みんなが苦しんでいるって」
「それは一部の貧しい人たちと能無しでしょ? ボクは幸せだよ? 鈴蘭で暮らせて良かったって思ってるよ?」
玖は顔だけをネコ少年の方へ向けて話す。ネコ少年も、顔をあげて玖に笑顔を向けると、少年の下から、か細い声が聞こえた。
「……それも、一部の声でしょう? 玖姫、惑わされずに」
「うっさいなぁ! キミは黙ってなよ」
──ガツッ!!! っと、ネコ少年は雪の髪を掴み、床に叩きつける。
「雪!!」
「我には我の考えがある」
「お隣さんとも仲良く出来なくて、こんな……ひどいやり方で、統一なんて出来ません」
玖はまっすぐ前を向いて話す。
「考え方の違いだね。仲良くする必要なんてないじゃないか。こうして、言うことを聞かせればいいんだしね」
ネコ少年の手には、雪の髪が握られているが、玖はそれを見ない。城主の目を見ながら、はっきりと言う。
「怯えたまま暮らしては、笑顔になれない。だから、逃げ出してくる人がいるんじゃない」
玖の言葉に、男四人はそれぞれピクリと動く。なかでも、玖にナイフを向けている隣の男は、玖でも分かるような殺気を放ってくる。
「待て。手を出すな」
「…………はい」




