二章 観覧車の音 13
昼にお茶を飲んだだけで、あとは何も口にしていない。もう空は暗く、そろそろ夕食の時間だ。動きっぱなしには辛い時間。本来ならば豪華な夕食のはずだった。
康矢の後ろに隠れる渓を横目に、緋名に向く。顔にはいつの間にか般若が乗っていた。
「まったく。……で、緋名? お前のそれは?」
「うぁ……て、手当てしてもらったよ!」
「そ。まあそのくらいならよかった」
緋名は手当てが終わったあとの頬を見咎められ、危うく叱られるところだった。けれどなぜかさらりと終わった。
ふと、おかめに戻った顔が宙を描いた。まさか、今になってようやく気づいたのかと、緋名は逆に驚く。
「玖姫と雪は……?」
「はぐれちゃったの……。爆発して、雪が、助けてくれたんだけど」
「緋名姫のせいではありませんよ」
「雪……そういや騎士だったな」
「うん。格好よかったよ」
「見たの!?」
しょんぼりとしてしまった緋名を庇うように、康矢が口を添え、登流は話題を変えた。しかし変えた話題に緋名がついてきたので、登流は知ってたっけ? と驚いて先を促した。それを見ていた康矢は、ほんの少しだけ身体をずらした。その行動に意味があるのかと、渓はやはり黙って行き先を見守っている。
「? うん? 動きにくいって、着物を脱いだから」
「はぁ!?」
緋名は騎士としての雪を見ている。だからこそ、きっぱりと見ていたものを口に出している。登流はそんなこと知らないので、おかめからまた般若の面を取り付け、緋名に詰め寄る。
先ほど身体をずらした康矢の表情は、今の登流の位置からはどうやっても見えない。それをいいことに、渓に小声で耳打ちする。
「面白そうだからこのまま見てましょうか」
「……そんな時間あります?」
怒っているのか、般若をつけた登流の後ろで、ヒソヒソと話す二人を見た緋名は、さらにテンパる。
「え……なんで登流はそんなにビックリしてるの?」
「おま……嫁入り前の娘がなにいってんの?」
「え? なに怒ってるの?」
「お前のだらしなさ」
「は?」
噛み合わない会話を存分に楽しんだ康矢は、緋名を助けようと口を挟む。
「はいはい。その辺にして、二人を探しにいきましょう」
「いやいやちょっと待て! 他人事だと思ってお前!」
口は挟んだものの、登流を放置して、康矢は緋名を立ち上がらせた。
説明をするのは僕ですかと、空気を読んだ渓が慌てて登流に耳打ちをした。
「登流さん落ち着いて下さい! 雪さん基本着物を二重に着てるんですよ。夏は暑すぎてよく死にそうになってます。今は戦うときだから、上に着ていた女性用の着物、脱いだんでしょうね」
「…………」
渓にしては頑張って声を小さくしたつもりだった。けれど康矢はもちろん、集中すれば多少の音を拾える緋名にも、その言葉はバッチリ聞こえていた。さらに康矢は、予想して緋名に聞き取るように言っていた。その証拠に、二人ともこちらを見つめている。つまりは。
「……ちょっと登流……まさか」
「うっせ。行くぞ」
顔を足元に向け、緋名に逆に詰め寄られた登流が顔を上げると、そこにあったのは、般若でもおかめでも、ましてやキツネでもなかった。
「わー! なにこのすごい人!!」
「あんな顔、初めて見ました」
「そうでしょうね。 “ひょっとこ” でしょうか?」
「登流さんて、正直者ですよね。かっちりお面を変えるなんて」
「へ? なに? 間違えちゃったってこと??」
本人を放置して、三人はおもい思いに “ひょっとこ” の使いどころを考えている。とはいえ、真剣に考えているのは緋名と渓だけで、康矢はおそらくこれだろうと、想像がついている。
「なにしてんだ。姫たち迎えに行くんだろーが」
置いていくことはしないが、少し落ち着いたらひょっとこはおかめに戻る。どこにしまっているのか分からないが、もうひょっとこのかけらもない。というより、いつもよりぶっきらぼうにも感じる。
「その対応は、おかめでいいんですか?」
「あ?」
般若にでもなるのかと思ったら、ならなかった。そのまま、玖と雪を迎えに行くこととなる。




