一章 砂時計の針 13
いっきに弱味を握られ、とりあえず話を続けて情報を把握しようと、康矢が一歩前に出た。惟月は動かなかった。
「鈴蘭ですか。何が目的ですか?」
「我が主の目的は、あなた方も知っているはずですよね?」
「鈴蘭の野望は叶いません。姫たちを返してください」
「康矢。そいつの首と交換だ」
一歩下がったところにいる登流が物騒なことをいい出した。康矢がどういった表情をしているのかは、登流の位置から見ることは出来ないが、彼がククッと笑ったことは分かった。
「全戦力で鈴蘭まで来て下さい。粉々にします」
三者三様の表情を見ながら、彼は宣戦布告をする。
「………」
「くっ……」
渓が息をのみ、康矢がぐっと拳を握ると、登流は般若のまま仕返す。
「いい度胸だ。すり潰してやる」
三人のなかで登流の言葉を受け取った惟月は、もう一歩後ろに下がってから、じゃ! と右手をあげた。
「俺は先に行ってます。お待ちしてますよ」
「!!」
だから逃げ出さないように、とでもいうようににっこりと笑う。
「ではまた」
そう言い残して後ろに跳躍し、姿を消した。
惟月が消えて一瞬あと、康矢は姫たちがいるはずの部屋へと走り出した。正規の道順ではなく、庭の木々と屋根を伝っていく。登流と渓も当然ついていき、小さな出窓越しに見えたのは、誰もいない空っぽの部屋。
玖も緋名も、当然雪もいない。
屋根から地面に降りて、康矢はがっくりと座り込んでしまった。そしてそれを見た般若が一言。
「あのやろう……殺してやる」
「わ! なにこの怖い人……」
登流が般若になっていたことにまったく気付いていなかった渓は、はじめてその怖さを目の当たりにした。キレているから余計に怖い。
自分に向けられてはいないものの、殺気をまとった般若はかなり怖い。何か失敗をしたら、やつ当たられても文句は言えないだろう。
「行くぞ今すぐ鈴蘭に」
「待って下さい」
「行かないのか?」
「行きますけどその前に、渓?」
「はい。行ってきます」
いうやいなや、渓は城とは反対の方向へ走っていく。いつもなら康矢が勝手に説明してくれるが、今回はそれがない。登流は康矢に身体を向ける。
「うちの緋名はなんとか戦うすべを持っている。が、玖姫と雪は違うだろう? 早く……」
話しているうちに、康矢は立ち直ったのか、立ち上がり、登流に苦笑して見せた。
「緋名姫にも暴れないように言ってたじゃないですか?」
パカッと音が聞こえてきたのは気のせいだろうか。登流は一瞬般若を外そうとしたが、顔の前で浮き上がらせてそのままつけた。そして般若のまま言う。
「……そうだった……」
「登流、一瞬で雪の役目を忘れましたね」
「……あれは、ムリだろ」
「似合ってますもんね」
「……」
認めていいものなのか、本人公認ということであっても、今ここで似合っているなんていっちゃっていいのか。登流は一人で悶々と考えながらキツネ面をつけ直すと、康矢がいつもの調子を取り戻して声をかけた。
「登流、落ち着きました?」
「うん。すごく」
キツネ面からサッとおかめに戻すと、渓が帰ってきた。
「見張りや他の騎士たちは、気絶させられていたようです」
「無事なのか?」
「はい。中庭に並べられ、わざわざ上着が掛けられていたそうです」
「……手が込んでますね」
「無事だった騎士たちには指示してきました。僕たちは先に行くと伝えてあります。動けるものはあとから隊で来るようにと」
「そうですか。ありがとう。全戦力と言われたからには、手抜きなどせずにきっちり潰さなくてはいけませんね」
にっこり笑顔でえげつないことを言い放つ康矢を横目に、登流は自身を落ち着かせた。
ここは水仙ではない。共に戦える者が他にもいる。一人で突っ走っては、成功するものも失敗してしまうかもしれない。もっと周りを見なければいけないなと反省したとき、渓と目が合う。
「じぃ……」
なんだか少し前にもこんな光景があったなと思考を巡らせたが、康矢と登流はすぐに考えるのをやめた。
今は何よりも優先すべきことがあると、頭の中を切り替える。
「まずは姫たちを探しましょう」
「おう。それからあいつの首を獲る」
「水仙にいる両城主様も無事ですかね」
「渓、信じていればなんとかなりますよ」
「……師匠がいるから平気」
そして三人は鈴蘭国へ向かって走り出した。




