一章 砂時計の針 12
そうして祈りを背にして、三人と二人は別れた。
康矢と登流が城主の間を降り、玄関口から外に出ると、そこは異世界かと思えるほどの静けさに包まれていた。風の通る音がやけに大きく聞こえる。
普段ならば、城を護る騎士たちがいて、おしゃべり好きな女中や働く仲間たちがいる。
しかし今はなぜか最低限の見張りの騎士たちもいない。
つい先程までいた女中たちも、室内の仕事に夢中になっているかのように、人影が消えていた。唯一、動いていたのは。
「異常ですね……渓?」
不安の顔しかない渓だった。報告を受け戻ったものの、康矢と登流の姿を見つけると、ささっと近づいてきた。
「康矢さん……」
「静かだな、渓。何があった?」
「申し訳ありません。見張りも待機中の騎士も、外にいないのです。先ほど気づいたようで……」
紛れもなく不穏な空気が流れるなか、真逆の声が聞こえてきた。
「こんちはー! 何してんですか?」
不安あふれる三人の前に、まったく不安のない顔が出てきた。
「……だれ?」
登流は、淡桜の者だと思った。自分が会ったことのない騎士、顔の知らないものなどたくさんいるだろうと。しかし隣にいる康矢も、同じように驚いている。声こそ発していないが、顔を知らない、新人の騎士かとも思った。だが。
(新人が康矢や渓に向かって軽い言葉を吐くか? 否、言わないだろう)
──つまり。
「せっかく遊びに来たのに、ずいぶん静かですね。何かあったんですか? 」
「敵かっ!!」
いち早く発した渓の声。登流は合わせたかのように、男の左手首をつかむ。そうしてもう片方に小刀を構えた。斜め後ろで、康矢と渓も構えたことを気配で感じる。
しかし男は余裕を崩さない。
「いやぁ、淡桜も水仙も流石ですねえ」
良い兵が揃っているなと、笑いながらいう。
三人に囲まれて、しかも一人は般若だというのに笑顔を続けるこの男、絶対に怖いやつだ。
「初めまして。水仙の忍、登流さん。淡桜の康矢さん。同じく騎士団の渓くん。僕は惟月と申します」
緊張の空気などもろともせずに自己紹介を始める。あっけにとられている三人を無視したまま、惟月はさらに爆弾を落とす。
「二人の姫様とお付きの方って、好き嫌いとかあります? 鈴蘭の夕食に招待したので、遅めのリサーチをと思ってまして」
鈴蘭という言葉が出てくると、三人の警戒心は一気に上がる。それを感じとり、惟月はまた楽しそうに笑う。
「平和ボケですか? 離れちゃダメじゃないですか」
登流が掴む手はいっそうきつくなるも、惟月は何も思わないのか、独り言のように言葉を続ける。
「しかしあれですね、姫たちは、べらぼうに美人ですね。主が溺愛するのも分かります。気づいてます? 鈴蘭の城主様、玖姫を妻にして、緋名姫を愛人にしようとしているんですよ」
ガッツリと名前を出した瞬間、登流は掴んでいた手を引き、惟月の首筋を斬ろうとした。けれど惟月はその手を押し返し、そこから後ろに飛んで回避する。
「ウワサどおり、怖い方ですね」
チッと舌打ちしたのは惟月か登流か。
「大丈夫。姫様方は生きてますよ」




