一章 砂時計の針 9
「んー。夢で見たというか、聞いたというか」
「こわ!!!」
一番後ろから、今まで聞かなかった者の声がして、みんなで一斉に、あぁ居たんだ。と同じことを考えた。考えるまでで終わったのは、聞いた内容があまりに恐ろしかったからだ。歌詞の内容も、玖の体験も。
「唄った者が、連れていかれるのですか?」
「そうみたい。あ、子供がね」
「「……子供ね……」」
誰と誰の声が重なったのか。言った本人以外は分からないが、おそらく考えていたことは口に出さなかったものも含めて一緒だろう。………渓以外は。
「玖姫が連れていかれるってことですか!?」
「ん?」
とたんに玖から怒りの空気が流れる。それを間近に見た緋名が固まる。
「玖、こわい」
予想せずに緋名が間に入ってしまったためか、玖は笑顔を作る。いつもの柔らかいものではなく、作ったものだ。つまり怪しげな笑みだ。
「蝶々がみちびくその先へ~。誰にも逢えない闇の中~。さぁさぁ渓くん連れて行け~♪」
先ほどの唄と全く同じようで、最後の一言だけが違う。見事な替え歌に渓も含めて皆が、玖も怒っているのだと理解する。そして渓はあっさりと折れる。
「すみませんでした……」
と、そんな遊びをしているうちに、高台へとたどり着く。
「着いたー!」
「わあ! 海だ!」
「久しぶりにここまで来ましたねぇ」
玖、緋名、雪が三人そろって感嘆の声を上げ、康矢と登流と渓がそれを見守る。
空気が澄んで雲が少ない空と、真っ青な海を同時に見ていると、心が安らぐ。広い空と海を前にしては、自分たちなどちっぽけだなと思ってしまう。同時に落ち着かせてくれる。
「玖、わたしここに来れて嬉しいよ! ありがとう!」
満面の緋名の笑みに、玖も他の者たちも嬉しさがこみ上げる。
「そ、そうかな。ありがと、緋名」
自分の無計画が、よい方向へと進んでくれたことも、緋名や皆が暖かい笑顔を見せてくれていることも、玖にとってはご褒美になる。良かったと小さく呟くのと同時に、一人の騎士が高台まで走ってくるのが見えた。
「ん?」
「なんだ……?」
康矢と登流が騎士が来る方へ顔を向けると、渓はその前に立ち、報告を受ける。表情は固い。
「お楽しみのところ大変申し訳ありません。緊急の案件が、発生いたしました。どうか皆さま方、お屋敷へ急ぎお戻りください。副隊長も、どうか指示を」
「分かった。康矢さん、お願いします」
そう言って渓と騎士が駆け足で消えていく。とたんに緊張状態になるも、康矢は急かすことなく姫たちを誘導する。
「急ぎすぎて転んでしまっては余計に危険ですからね。ゆっくりで良いですよ」
「まぁ、左は海だし、右側に気を回しておく」
登流もゆっくりと歩き出し、一番後ろにつく。
「さっきの玖の唄、本当に渓くん連れていかれちゃったね」
「そういえばそうですね。玖姫って本当に怖いですね」
「ちょっと雪まで!? そんなに怖いって言わないでよー」
「アレは渓が悪いでしょうね」
「あいつ大体一言余計だよな」
康矢と登流は渓を責めているようにも聞こえるが、声質そのものは笑いを含んでいる。宿舎を通りすぎるまでには、笑い声も出るまでになる。
しかし和やかな空気は長く続かない。
「「!!?」」




