一章 砂時計の針 6
「……緋名? どしたの?」
「あ、実は……っっ!!」
緋名が何かを言おうとした瞬間、キツネは一瞬で般若に変わる。その変わった瞬間を見たのはもちろん康矢だけであり、玖はおろか、雪も見逃している。二人ともいきなり言葉を失った緋名を心配しながら、何となくの恐怖に負けて、登流が見れない。
「ひひひひ玖!! こここここのお菓子はどちらのっもの……ですか!?」
言葉が怪しすぎて、正直何をいっているのかわからないレベルだが、話を変えたことだけは分かった。雪は康矢を見ようとして、目の端の登流をとらえた。
(般若がおかめになってる!? いつの間に??)
雪が驚きで言葉を失ったとなりで、玖がマイペースに緋名の問いに答える。
「これ? これはね、 “西の国” っていうお店の焼き菓子なの! 美味しいよね! あれ? 登流くん、キツネじゃなくておかめに戻ってる。どうして?」
玖が好物の焼き菓子を片手にとり、登流に問うと、登流は頭をななめにかたむけて答えた。
「さて、どうしてでしょう」
素顔が分かれば、にっこりというものだったが、残念なくらい登流の顔はおかめだ。
「……うそつき」
「緋名?」
「ひっ!!」
登流は緋名がポロリともらした一言を聞き逃さない。淡桜の面々にはよくわからないが、どうやら言ってはいけない言葉だったらしい。おかめは一瞬で般若にかわり、緋名をビビらせる。しかもどさくさにまぎれて呼び捨てにしている。いつもなら一日目は一応かしこまっている。
「登流くんて律儀だよね。ちゃんと表情変えてるんだもん」
面が変わっていることに気づいていたのか、玖は湯飲みを置いて、登流を見る。言われた登流も玖の顔がきちんと見えるように少し左にずれ、背を伸ばしていう。緋名とはえらい違いだ。
「師匠からの命でして。面をきちんと取り替えることによって、素早さが上がるという……」
「初耳!!」
登流の師に心当たりがあるのか、緋名が突然叫ぶ。しかし登流は軽くかわす。
「知りませんでしたか?」
何事もなかったようにして、登流は茶をすする。
笑い合いながらも、一つだけ不安そうな顔があった。玖だ。
「玖? どうしたの?」
「あ、うん。あのね緋名」
玖はさっさと暴露する。
「実は今回の滞在、メインがなにも決まってなくて、あの……その……」
あらら言っちゃった、という雪と、黙って微笑む康矢をとなりに、珍しく玖はもじもじしながら言葉を発した。楽しくおしゃべりしていたと思っていた緋名は目を丸く開いて固まる。おかめはそのままおかめだ。口を挟むことはしない。
「玖は、正直だね」
到着したばかりで言わなくてもと思っている緋名は、身体ごと玖に向かい、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「ね。わたしたちは、必ず相手方をもてなさなくちゃいけないなんて、約束してないでしょ? むしろ前回水仙に来てくれたときも、淡桜に来たときも動いてばかりだったし。たまにはのんびりしたって良いんじゃない?」
「おれとしましては、普段のことが知れる良い機会だと思います。玖姫は普段何をされているのか、康矢や雪は何をしているのか、稽古などはどうしているのか、ぜひ知りたいですね」
緋名は何も気にしないと、決める必要などないという。もちろん登流も似たような気持ちだろうが、登流は自身の希望もきっちり織り込んでくる。とはいえ、登流は城下に下りることを康矢と共に反対しているから、城内で出来ることだけを告げる。




