一章 砂時計の針 5
「登流は、会話の端々に、面を取り替えるんです。動きを見てるだけでも、だんだん面白くなってきますよ」
これは康矢が登流を監視し続けた結果、発見したことだ。
普通、無意識にやっている表情を、登流は面で表す。ちょこちょこと替える間に見える素顔を、一日何度見れるか、数えたこともあった。
そんなことをいっている間に、雪の表情は先ほどとはだいぶ違う。素顔を見てやろうと考えているのか、康矢と同じように数えてやろうと考えているのかは謎だが、少なくとも怯えてばかりの顔ではない。
「さ、ではお部屋へ行きましょうか。玖姫も緋名姫も、お待ちかねでしょうし」
「そうですね。心配をおかけするのは不本意ですから」
そう言って二人はそれぞれ盆を持って廊下へ出る。
調理場から康矢の部屋を突っ切って、隠し通路を通ったとき、雪は目の端で “何か” が動いたのを見た気がした。
隠し通路といえ、そこは城の中庭に位置するところで、外からはバッチリ見られる。通路の片方は玖の部屋の前。もう片方は康矢の部屋から通れるもので、実質康矢と玖の専属通路だった。とはいえ、誰でも通れるものでもなく、廊下の両側にはカギがついている。
この通路の存在は、淡桜の城に出入りするものならば誰でも知っている。雪は女中かほかの騎士たちの存在かと思い、ずっと立ち止まってあたりを確認するが、康矢は気にせず歩いていく。
(……気の、せい……?)
康矢に置いていかれると、向こう側のカギを持っていない雪は立ち往生してしまう恐れがある。気を張りすぎてもよくないと思い、雪は前を歩く者に続き、玖の部屋へ向かった。
「お待たせしましたー。粗茶ですが、どうぞ姫様方。登流も」
「いただきまーす」
「いただきます。本当にきれいな色をしてますね、康矢くん」
「うん。美味しい」
待ってましたと言っているようで、玖も緋名も、康矢の淹れたお茶に手をつける。立ったままだった登流も、入口の脇に座り、音もなくお茶をすする。
「……」
「……雪、何か?」
雪はなんの違和感も感じさせない登流の行動をじぃーっと見ている。見ているが、初対面のときとは違い、尊敬のまなざしだ。
「……器用すぎます。どうなっているんですか?」
二人の姫たちは、登流の行動に慣れすぎてしまっているためか、雪の言葉の意味がよく分かっていない。苦笑して、一言添えたのは、当然康矢だ。
「おかめでお茶を飲んでいるのは、ということですか?」
「こぼしている様子もなく……」
「そういえばそうですね。いつものことだったので、気づきもしませんでした」
言われてやっと気づいた緋名は、お茶を置いて登流を改めて観察する。水仙でご飯を食べるときも、一緒にお茶をすするときも、いつも面を付けている。むしろ今までなぜ気づかなかったのか、自問自答している。
「こぼしちゃってもバレないようにササっと拭いてるとか?」
「こぼしてませんし、拭いてもいませんよ、玖姫様」
「え!?」
玖が何気なく言ったとき、みんなもなにげなく玖を見ていた。しかし次に登流をみたとき、四人は驚いた。
「おや? 新しいお面ですね。キツネですか?」
康矢も玖も見たことのない顔。キツネ面がそこにいた。
「……」
白いキツネが赤い化粧をしたかのようなそのお面は、緋名を絶句させた。




