商店街
洗いなおした洗濯物を見て、義人は一つため息をついた。
確かに、さい先は良くない。前途多難なのも目に見えている。だがやるしかないのだ。
義人は気合いを入れて、二階への階段を駆け上がった。
洗濯物を干し終え、時計を見ると、九時半と、調度いい時間になっていた。この時間なら本屋もやっているだろう。
早速、財布と家の鍵を持って家を出た。五月晴れとはまさにこのこと、素晴らしい太陽が義人の心を軽くした。心なしか、足も軽い。
扉に鍵を掛けて、歩きだした。
お隣さんのおばあさんが、道に打ち水をしていた。
お隣さんは、七十代の老夫婦が住んでいた。お爺さんはすでに退職して、優雅な老後を過ごしていることだろう。人当たりも良く、公園で孫と遊んでる姿を、よく目にする。
おばあさんと目が合う。
軽く会釈をした。
「おはようございます」
おばあさんは口を開いた。きれいに生え揃った歯がちらりと見えた。
「おはようございます」
「今日はお仕事お休みですか??」
「いえ、妻がまた働きたいと言いまして。代わりに家事をやることにしました。
ご迷惑お掛けすることもあるかもしれませんが、よろしくお願いします」
少し迷ったが、本当のことを言うことにした。
これから先、長い付き合いになるかもしれない。それに、毎日顔を合わせれば、嫌でも本当のことを言わなきゃならない。なら早い方がいい。
「あら、そうだったの」
おばあさんは、とても驚いた顔をしていた。
「でもこれからは主婦仲間ねぇ。うれしいわぁ。困ったことがあったらなんでも言いなさいね」
そう言うと、おばあさんはにっこりとほほ笑んだ。
「そうですね。わからないことがあったら聞きに来ます」
義人は苦笑して答えた。
「いつでも来て頂戴」
おばあさんはそう言った。
その後、頭を下げて、歩を再開した。人と人との温かみを感じられた気がした。主婦という仕事も悪くない。前の仕事では、こんな温かみには触れられない。
足が一層軽くなった。
駅前の本屋に行くことにした。駅に向かうのには、商店街を通るのが早道だ。
商店街は会社帰りにいつも通るが、夜ということもあり、スーパーや一部の店しかやっていない。だから、全ての店が開いてる状態の商店街は新鮮だった。
あそこは魚屋なのか、とか、あそこは薬屋なのかとか、いつも見てる光景が夜から昼に変わっただけで、なにかウキウキした気分になった。
よし今日の夕飯の材料はここで買おう。
商店街の喧騒と賑わいが、義人の耳に心地良く響いていた。