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リストラ

菊池義人は一人、夜の公園で頭を抱えた。



彼は出版社の中堅企業で係長をしていた。その日もなにがあったわけでもなく、ただただデスクワークに打ち込んでいた。


そんな中、彼の肩を叩く人物がいた。振り返ると、人事部長である小菅がいた。年齢はゆうに五十を超えているのにもかかわらず、鍛え抜かれた腕の筋肉を小麦色に焼けた肌がコーティングしていた。頭も全くカツラと無縁で、黒い髪の毛がふさふさと揺れていた。


「部長、なにか??」

小菅はニヤニヤしながら、義人のパソコンを覗く。

「菊池君、ちょっと会議室に来てもらえるかな??」と小菅。


義人はドキリとする。最近の不況で、この会社でも人件費削減のためのリストラを開始することは、義人も人づてに聞いて知っていた。

まさかと思いながらも、義人は小菅の後について行った。



会議室は閑散としていた。五十席分は設けてある長机と椅子が詰め込まれた会議室に、義人と小菅の二人だけというのは、いささか、さびしいものがあった。


壁際に面していて、周りに高いビルもなく、採光は抜群だ。大きな窓から昼の日が差し込み、二人を照らしていた。夏を感じさせる五月の太陽だった。

「最近は不景気だな」小菅はそう義人に投げかけた。

「そうですね」義人は気が気ではなかった。脂汗がワイシャツに滲み始めていた。

「総理はなにやってんだろうなぁ。景気対策一番とかなんとか言ってたのに」小菅はそう言って、義人に歯を見せた。浅黒い肌と白い歯が抜群のコントラストだった。義人はつられて笑うが、頬が引きつっていたのが自分でもわかった。


「単刀直入に言うぞ」小菅は先ほどとは一変し、真剣な表情になる。

義人の心臓ははち切れんばかりに、鼓動を刻んだ。


「我が社も、このままでは、不景気の波に飲み込まれてしまう。そうならないために、社長から直々に、人件費削減を申しつけられた」小菅の声は少し震えていた。だが義人はもっと震えていた。声どころではなく、脚がガタガタと震えた。


「菊池君、早期自主退職をお願いしたい」小菅はとんでもない兵器を、義人に発射した。

頭がゆがんだ。まだこの会社に来てから五年しか経っていない。それに今春、子供が小学校に入学したばっかりだ。


妻はどうなる??子供は??俺の未来は??


「今なら、少ないが退職金も出る。首を縦に振ってくれんか??」黙り込んだ義人に、小菅は追撃の爆弾を放り投げた。


「そんなの、無」

「納得いかないなら、北海道にある部署に転勤だな」小菅は義人を遮り言った。小菅の顔はすでに血液が上昇し、赤くなったいた。


「頼むよ菊池君。私も好きでやってるんじゃない。」小菅はそう言って膝を床につけた。

「土下座しろというならするし、靴を舐めろと言われれば喜んで舐める。どうか、頼む」小菅は頭を床にこすりつけた。






結局、義人は小菅に根負けする形となった。首を縦に振ってしまったのだ。

その後は小菅が退職金の話をしていたが、義人の耳は、それを右から左に流しただけだった。


義人は夕方の四時に、会社を早退した。仕事ができる精神状態ではなかったし、なにより、仕事をする義理がなくなった今、この会社を一秒でも早く出たかった。


会社をでた後は、都内にあるゲームセンターに入った。

ゲームセンター内は、午後四時という中途半端な時間もあり、客はまばらにしかいなかった。

 

義人はパンチングマシーンの前に経った。会社や家庭で嫌なことがあったら、必ずこの機械の前に立っていた。体にストレスを溜めていたくなかった。

百円玉を投入した。


義人はグローブを右手にはめ、軽く肩を回した。


一発目は軽く殴った。80ダメージ!!と、液晶に表示される。ちなみに80という数値は、中学生の平均記録、とパンチングマシーンに付属されていた表に書いてあった。



二発目は八分程の力で殴る。機械が揺れる。ゲームセンター内に激しい音が響いた。

186と表示された。この数値は八ラウンドボクサー並み、と設定されていた。



最後の三発目。渾身の力を込めて殴る。さっきよりも大きな音が響いた。周りが見ているのを、義人自身もわかっていた。

皆の注目の中、数字が表示された。

234と表示された。

表には一番上のランク付けで、プロボクサー並みと評価されていた。


この数値は義人の自己ベストを更新していた。ここからも、義人に降りかかった厄災が、今までの人生の中で最悪のできごとだったことが伺える。


義人は一つため息をつくと、格闘家にでもなるか、と考えていた。

冗談で思った訳ではなかった。


中学生の時から腕っ節には自信があったし、高校時代は空手部でしごかれた。大学のサークル活動では、大きな空手の大会で優勝したことだってある。



いや、いくらなんでももう遅いか。威力は衰えてないとはいえ、スピードは否が応でも落ちている。

なにより自分はもう三十になる。プロを目指すのは余りに遅すぎだ。


義人は自分の馬鹿げた計画に自己嫌悪した。そして帰路に着いた。

だが真っ直ぐ家に帰ることはできなかった。だいたい妻になんと言えばいいのだ??自分にはもう、今春小学生になった子供がいるんだ。



義人は答えのない問いを、夜の公園で必死に考えた。

そして一時間が経った頃、義人は覚悟を決めて腰を上げた。



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