気丈な彼女《Stout-hearted her》
俺はマシロを抱きかかえ、孤児院の扉をノックする。
コンコン……
「はい!エレノア孤児院へようこそ!」
すると、ガバっ!という擬音が似合いそうなほどの勢いで扉が開き、中からは茶髪に瑠璃色の目をした元気の良さそうな少女が出てきた。年の頃は十二くらいだろうか。
「どうも、ギルドで依頼を受けた冒険者だ。」
できるだけ優しい笑顔を作り、ギルドから来たことを伝える。
すると、その少女は、ぱぁ、と表情を明るくし、ちょっとまっててください!と叫びながら奥へと戻って行った。
暫くの間まっていると、落ち着いた女性の物だと思われる声が聞こえた。
「お待たせしました。冒険者の方ですね、ここで話すのはなんですので中へどうぞ。」
「アリー……?」
「はい?どうして私の名前を?」
アリー、師匠の友人であり、たまに俺も手合わせをしてもらっていたハイエルフの女性だ。師匠が亡くなってからは戦闘から手を引き孤児院を作ったそうだ。
「俺、だよ……、エリック……」
「え?エリーくん、なの?」
彼女は何故か涙ぐみながら俺の顔を凝視する。
ダムが崩壊して行くかの如く、涙が瞳から溢れる。
俺もその光景を見て目尻が熱くなるのを感じた。
すると
「うわあああああ!なんで生きてるのぉ!」
声を上げて泣き、俺の胸へと飛び込んだ。
☆
俺とマシロは孤児院の居間へと案内され、お茶を飲みながら院長であるアリーの話を聞くことにした。
アリーの話を聞くと言っても本人は湯気が出ていると錯覚するほどに顔を赤らめ話ができる状況じゃないのだが……
さっき俺に抱きついたことを気にしているのだろうか。俺も嬉しくないと言ったら嘘になるが、戦闘以外は引っ込み思案だった彼女からは考えられないほどのアグレッシブさに対する驚きの方が強い。
「うぅ…、エリーくん。ごめん……」
羞恥心で死にそうになっているアリーになんと言葉をかけていいのか分からない。
ここまでコミュ力が退化しているとは思わなかった……
「まあ、なんだ、どうして、あんな?」
すごくぎこちないが何も言わずに見ているだけよりはよっぽどマシだろう。
「だって、エリーくん死んじゃったと思ったんだもん。人間って寿命が短いし、脆弱種族として知られてるくらいだし……」
本気で心配してくれてたんだな、と俺は彼女に感謝する。あの時の俺は少し、というかかなり壊れてたから。
「まあ、寿命については何故か伸びてたし運がよかったんだよ。」
「なんで運が良くて寿命が長くなるの!?」
彼女は目尻に涙を浮かべたまま叫んだ。
確かに、あんまりな理由だな……
「まあ、そんなことはさておき本題に入りたいんだが……」
「そんなことじゃない!私すごく心配したんだよ?ユリアが死んじゃってからはエリーくんおかしくなっちゃうし、そのまま迷宮行って帰ってこなくなっちゃったし……」
語尾に行くにつれどんどんと勢いが弱くなる。本当に、アリーには心配かけてばっかりだな。
あの頃の俺は必死になり過ぎていたんだ。
当時もアリーは優しく、俺のせいでユリアは死んだのに「エリーくんの責任じゃない」って励ましてくれてたな。
「悪かったな……」
「悪かったじゃ済まされない!明らかにオーバーワークだったよ!毎日毎日どこかで気絶してるんじゃないかって探し回った私の身にもなってよ!」
うぅ、また痛いところを……
強さを求めすぎたのか、当時の俺は四六時中鍛錬っばっかりしていた。
訓練場から帰る途中に体力が尽きて倒れることなんて珍しく無かった。
毎回ベッドに必ず戻ってこれてたのは彼女のお陰だったのか……
「あれはアリーが運んでくれてたのか……」
「気づいてなかったの……!?」
アリーは「驚きよ!」というような表情を浮かべると、呆れたようにため息をついた。
「ねえ、エリーくん……、今の君、相当強くなってるみたいだけど、その髪ってもしかして……」
「まてまてまてまて!ストレスで色が抜けたとかじゃないからな!?見ろ!この子をほら!」
俺は壊れたラジオのようにまて、を連呼し抱き抱えていた赤子をアリーに渡す。
「うわ~、赤ちゃんだ!可愛い!だけど、どうして?」
アリーは俺に妻なんてできる筈がないことを確信しているのか、疑問を表情に浮かべる。
「拾った、というか託された……?」
「それで、魔術で髪の色変えてお父さん役をしようって思ってるでしょ!」
アリーは何故か楽しそうに笑うと、俺の考えを全て言い当てに来た。
「そして孤児院の依頼料代わりに子育て指導をしてほしいって思ってここに来たわけ。違う?」
おうふ……、君はエスパーか
「正解。だから頼むよ!目が覚めてしまったら俺にはどうにもできない!この通り!」
そういって俺は胡座をかいている、足の膝部分に手を置き、頭を下げてお願いします!と叫んだ。こういうやりとりも懐かしい。
「ふふ、子育てマスターアリーに任せなさいっ!」
アリーはふん!と胸を張り、立ち上がる。
「ひ、おぎゃああああ!」
瞬間、マシロが目を覚まし、大声で泣いた。
俺としては、寧ろ安心している。ずっと起きなかったので、心配してたのだ。
「じゃあ、アリー、マシロを頼んだぞ……」
「うん!こう見えても慣れてるから。」
そういうと、彼女はマシロを優しく包み込み、透き通るような声で子守唄を歌った。
鳥は、囁く
どうして、囁く
それは、いつかぼうやに
伝えるために
耳を傾けてごらん
それは海の音
草木の音
空の音
夢の中で傾けてごらん……
気づくと、俺は微睡んでいた。
マシロより先に寝てどうするんだよ!
「あはは、マシロちゃんもエリーくんも寝ちゃった」
目を開けようとするが、魔法にかかってしまったかのように睡魔から逃れられない。
……考えてみれば、暫く寝てなかったな。
俺は瞼を完全に閉じ、彼女の声に耳を傾ける。
「よかったよ、本当に、ぐすっ、壊れたまま、治らなくて、もう、戻ってこないと、思ってたよ、私、寂しかったよ、ユリアも、いなくなっちゃうし、エリーくんも、おかしくなっちゃうし、一人で、ずっと一人で頑張ってきたんだよ……!」
それは、いつも気丈に振る舞う彼女の心の声だった。
「でも、頑張ってたのは、私だけじゃなくて、エリーくんも、こんなに強くなるまで、頑張ってたんだね、子供を一人、育てようと思えるくらいに、自分の力で、立ち直れたんだね……、でも、私には孤児院のみんなが、エリーくんにはマシロちゃんがいる、もう、私たちはひとりじゃないんだよ……!」
寂しかったのは俺だけじゃなかった。
残された人のことも考えずに自らの死すら考えずに進む俺は相当危なっかしく見えたのだろう。
アリーの気持ちを考えると、俺は心が痛くなった。
俺に必要なのは強さじゃない、強さだったんだ。