痛みと償い《Atonement and pain》
二日空いてしまったのは親に携帯を没収されてWiFi切られていたからです。
ただの言い訳ですね。ごめんなさい……
「……」
アリーは俺の表情の変化に気がついたのか、無言でこちらを見つめてくる。
自分が今どんな顔を、どんな目をしているのかは分からないがきっと不安そうにも寂しそうにも見えるのだろう。
「アリー……聞いてくれ」
俺は、心の底から絞り出すようにしてそう言った。
「うん、なんでも聞くよ。」
優しげな笑顔でそう言う。
緊張によって息が荒くなり、動悸が激しくなるのが自分でも分かった。
「……戦争で、人を斬ってた奴が教師なんて目指していいと思うか?」
「え?」
「そんな奴に、人に物を教える資格なんてあると思うか……?」
「……」
この沈黙が苦しい。頭が真っ白になる。体が熱くなって声が詰まる。
「ねえ……、エリーくん。一つ大事なことを聞いてもいい?」
アリーは優しい笑みを浮かべたまま俺の目を見た。その目の光は決して揺れることも消えることもしないような強い意志を宿している。
「ああ」
「殺したん、だよね?」
「ああ……」
「ッ!……っでも!でも、それは国を守るためとかなにか大切なものを守るためなんでしょ?」
アリーは一瞬苦しそうにするが、なんとか押さえ込んで続きを言ったようだ。
彼女は必死に俺に資格がないことを否定しようとしてくれている。
だけど、だけどその質問には……
「違う、違うんだよ。アリーっ」
「エリーくんッ!」
ガタッと勢いよく椅子から立ち上がる。
テーブルの上のお茶が波たった。
「アリー、俺は、俺は救いようのない愚か者だったんだよ。Sランクになっても必要とされずに人が離れていく、そんな現実に耐えられなかったんだ。だから、俺は間違った形で自分の存在意義を示そうとしてしまった。」
今までにないような勢いで語る。
俺の姿はさぞ滑稽だろう。自身の愚行を、過ちを正当化して少しでも許されようとしている。
「……、そんなっ!だってエリーくんはそんなことっ!?」
彼女には、俺の綺麗な部分しか映っていなかったんだろう。
彼女の中にいる俺とはきっと、夢に向かってただひたすらに突き進んで行くような壁にぶつかっても諦めない理想の人物なのだろう。
俺は、そんな英雄のような人間じゃない。
「はは…、戦争孤児を積極的に引き取っているようなここで戦争孤児を増やしていた俺が手伝いをするなんて酷い皮肉だよな。」
俺が殺してきた人間は、何十や何百で済まされる数じゃない。
俺は勘違いしていたんだ。戦うこと以外で人間に示せる価値はないと。
だから殺した。
だから斬った。
守るためでも救うためでもなく。
ただ、戦うために殺したんだ。
「エリーくん、ねえ、どうしてなの?どうして、そんなことをしたの?そんなことをする人じゃないよね?ねえ、……」
一番、言われたくなかった。本当の俺を、俺の本当の過去を見て欲しくなかった。
「違う!俺はそういう人間なんだ!自分が無能で、愚かで、馬鹿だから!そんなことをしちまったんだよ!それくらいしかできなかったから!違う!できないなんてのは言い訳だ!考えなかったんだよ!俺は、俺は何も考えたくなかったんだよ!だからだよ!だから一番楽な道をえらんだんだよっ…、思考を放棄してしまった、そうだよ、俺は、間違っててっ、だけど、そんな自分を認めたくなくて……、もう訳が分からなくなったんだよ、だからっ、だからこんな道しか……!?」
それはもう懺悔だった。
いや、懺悔と言うにも烏滸がましいほどに幼稚な言い訳だった。
誰に聞かせるわけでも、誰に許しを乞うでも無いようなただの独り言。
「だけど、だけどエリーくんはここに来たよね?ここまで来たんだよね?看板にも『戦争孤児』って大きく書いてあるようなこの場所に自分から来たんだよね?」
「っそれは!?」
焦る俺とは対照的に落ち着いた声音で諭すようにこう言った。
「無意識にでも、意識的にでも、報いようとしたんじゃないの?少しでも自分のした事を反省して、二度と同じ過ちは犯さないと誓ってここに来たんじゃないの?」
「俺は、そんな……」
俺はそんなことをしようと思ったわけじゃない。そう言おうとしたが言葉を詰まらせた。
それは、アリーの言葉は全否定できるものでも、していいものでもなかったからだ。
「そんな思いがなければここには来ないし、優しい心なんて持ってない兵器のような人間ならマシロを拾ってきてそんなに頑張ってお父さんになろうとなんかしないよ?」
「──ッ」
言葉が出なかった。
「ねえ、エリーくんはどうしたいの?これからのこと、過去に犯した過ちを二度としないと誓って今まで通り手伝いながら報いていきたいの?それとも、自分の罪に押しつぶされてやりたいことも償いもしないの?」
彼女は一方的に語る。
「私はね、償ってほしいと思ってるの。そして、償い方も普通の人とは違うことが出来ると思うんだ。エリーくんみたいな思いをしないようにって、教えてあげるの。未来を紡ぐみんなに。」
「俺に、そんな資格は……」
「それは逃げだよ。資格云々の問題じゃない。エリーくんがどうしたいか。それに全てはかかってるの。」
間髪入れずに一蹴する。
「俺は、選ぶよ……、逃げないで、自分の罪から逃げないで、負けないで償うことを……」
口は勝手に動いていた。
元々、答えなんてわかりきっていたのだ。ただ、俺にはそれが正しいと証明する術がなかった。だから、こんな真似をしてまでアリーに先に言わせるしかなかったんだ。
「そう、だよ……よくできました。きっとその選択はエリーくんの人生での正解だよ。」
「アリーに最初に言われるなんて情けないなっ、くそっ、なんでこんな簡単なことが言えなかったんだよっ……くそ……」
アリーは俺の頭を優しく腕で包み込んで耳元で囁く。その答えは、一番俺が聞きたかった声で、言葉で。
頬に何筋かの暖かいものが伝う感覚がした。
一体、何時ぶりだろうか。こんなに暖かい涙を流すのは。
この日、俺は過去の過ちを認めて償い、未来に俺のような人間を産まないようにするため努力しようと誓った。
これで二章は完結です。
ここまで読んでくださった方、ブックマークなどをしてくださった方、本当にありがとうございます。