栄光には苦しみが《It is suffering the glory》
「ねえ、気になってたんだけどさ。どうしてエリーくんはそこまで頑張れたの?どこを目指してたの?」
アリーは神妙な顔つきでそう問いかけた。
「俺は、師匠が大切だった。かけがえの無い存在だった。」
俺は今どんな顔をしているだろうか。
「そうだね。ユリアには凄く懐いてた。あの頃は可愛かったなぁ……」
そう、彼女はハイエルフ。
俺よりもずっと歳上なんだ。多分本人に言ったら怒られるけど。
「ま、まぁ、それは置いておいて。……当時の俺は、彼女の死が自身の弱さの所為だと思っていた。いや、今でもそうか。あの時はアリーは必死に戦ってたし、師匠も俺を守りながら相手を牽制していた。」
「うん……」
アリーはなんと言ったらいいのかわからないといった様子で目で続きを促す。
「俺は、強くなった気でいた。最強の冒険者と呼ばれていた師匠に鍛えられて、貧弱だった自分から変われたと思っていた。」
俺は右手を強くにぎりしめ拳を固くした。
「強くなった気じゃない。本当になってたよ。ねえ……」
アリーは俺の目をしっかりと見てそう言う。
「だけど、ただの足でまといだったんだよ。俺を守りながら、じゃなくて俺と一緒に、だったら未来は変わってたのかもしれッ?!」
アリーは怒りの色を滲ませながら机に手を叩きつけた。ダンっ!と音が鳴ったあとにギシギシと軋みながら揺れている。
「私が!私が聞きたいのはそんな話じゃない!過去の後悔じゃない!これからの話!何を成すために強くなって、何がやりたいのか!そんな話!過去は割り切ってよ!どうしてそんな辛そうに話すの!?どうして「強さ」を話題に出すと必ず自分の味わった悔しさと後悔とかいうマイナスな気持ちを先に語るの?!」
涙こそ流していないが、今にも泣きそうな表情で激昴する。
こんなに感情的なアリーは本当に久しぶりに見た。
「いや、俺は……」
弁解できない。
俺は、昔から過去に引っ張られすぎてるんだ。自覚は、だいぶ前からあった。
「言い訳なんてさせない!私が聞きたいのは、その強さを手に入れようと思った経緯じゃない。これから、その強さをどうやって活かしていくかとか、どうやって手に入れたとか、あー!もうだめ!……はぁっはぁっ」
アリーは自問自答しているようだった。
……本当は不器用な彼女なりの助言をしようとしてたのかもしれない。
「分かった。今のは俺が悪かった……」
「うっ、私も、ごめん……、じゃあ、話してくれる?酷い言い方になっちゃうけど「剣と魔術」の才能が皆無とまで言われたエリーくんがどうやってそこまで強くなれたのか。」
「本当のことだよ。確かに俺に剣を振る才能は無かった。」
俺は一方的に語る。
「師匠にも言われたよ。お前がこれから努力を一生続けたとしても、手に入る力はそこら辺の兵士や冒険者と同じくらいだ。って」
時々、アリーの表情が気になって見てしまう。しかし、続きを促される。
「剣が駄目なら魔術を、そう思ったんだ。だけど、氷魔術は水魔術の下位互換。そもそも生まれ持った魔力量が少なかった。」
「魔術主体の戦い方は駄目だと悟った。だから、剣を振り続けることしか出来なかったんだ。」
「ユリアがいなくなってからは、自分でも無茶してる自覚はあった。楽しまないとうまくなれないのにな」
「剣を振るのも身体を鍛えるのも苦しかった。いや、嫌いなことを続けるのが辛いっていう言い方の方が正しいか。」
「そうやって、我武者羅にやってるうちに、時間は結構経って並くらいな実力はついていたと思う。」
「ある時、魔物暴走が起きたんだ。原因は地下迷宮。溜まりに溜まった瘴気に当てられた魔物は皆暴れだした。」
「俺は、できる限りの事はしようと思った。どうせ空っぽな人生、一度くらいは人の役に立とうって思いだったと思う。」
「魔物の群れの中心で戦った。死ぬと思った。だけど、かすり傷は増えていく一方なのに何故か致命傷は負わなかった。意識も朦朧としてる中、嫌という程やった基本が生きていたのか確実に魔物を屠って行った。」
「俺は、気がついたんだ。自分の才能に。俺の才能は、「生き残る」こと。」
「だけど、才能が分かったことより嬉しかったのが、みんなに感謝されて、受け入れられて、普通に酒をがぶがぶ飲んで酔っ払って、馬鹿みたいにはしゃぎ回れたこと」
「凄く楽しかった。俺は、勘当された時からなんとなく疎外感を感じていたんだと思う。やっと、その時「普通」になれた気がした。」
「何故か、その日からの鍛錬は辛くなくなった。いや、肉体的に辛かったり痛かったりしたことはあっても、前みたいな押しつぶされる感覚はもう消えていた。」
「大嫌いだった剣も魔術も頑張ろうと思えたんだ。そして気づけた、人に受け入れられることは、こんなにも嬉しくて楽しい事なんだって。」
「まあ、調子に乗ってSランクにまで到達したのは失敗だったかな。貴族と同じくらいの権利を持ってるから気軽に絡むことも出来なくなってしまった。本末転倒にも程があるよ。」
最後に、ははっ、と軽く笑った。
「なんか、苦労自慢みたいになっちまったな……」
「ふふ、凄くマシな顔になってるよエリーくん。やっぱりエリーくん、臨時教師としてバラスト行くべきだよ」
「え?」
「だってさ、努力の辛さと楽しさ両方味わってる人なんてそうそういないよ?教えてあげるべきだと思う。才能がなくても頑張れるようにって。」
そういうと、アリーはニコっと笑ってみせた。
……ああ、どうしてこうもアリーは頼りになり過ぎるんだ。
俺の中にあった、教師なんてやる資格がないと思っていた部分が減った気がする。
『主、あれもしっかり言わないと駄目だぞ。我はどちらかと言うとあれの方が大丈夫か心配している。』
霜月の言う通りだ。
隠し事はよくない。
次の話で二章は終わりの予定です。
エリックさんの不器用さをわかっていただけたでしょうか……?
あんまり自信ないですねぇっ