今日はよく襲われる《It is often attacked today》
「ここか……」
俺はある場所で屋根から飛び降りた。
青年が言っていたカフェらしき看板が見える。恐らく、あそこだろう。
俺はその建物へと近づく。石造りの普通の店で、店内も一般のお客さんで賑わっていた。
勇者が伝えたとされるコーヒーやカンテンの菓子などが有名らしい。しかし、どこかで聞いたことがある。気のせいだとは言い難い既視感。
「多分、これだよな……」
裏に回ると、小さな扉があった。
表のように両開きで華やかではない無骨な金属製の扉だ。
ドアノブを捻り、中へ入る。
アルコールの匂いの充満した狭い部屋だった。センスの悪い黒塗りの豪勢なカウンターだけがやたらと浮いている。
だがそれ以上に、カウンターの向こう側にいる燕尾服を身につけた壮年の男性が纏う雰囲気が周りの人間とは違いすぎて喧騒の中にポッカリと穴が空いていると錯覚するほどの違和感を覚えた。
場の雰囲気を感じ取り、観察している俺に気がついたのか一人の女性が近付いてきた。深い森を連想させる緑の髪に藍色の隻眼、そして胸元を大きくはだけさせ、たわわな胸を惜しみなく晒しているため目のやり場に困る。
だが、その服装とは裏腹に女性の年齢は少女と呼べるほどのものであり、顔立ちにあどけなさを残していた。
「ふふ、何のようなのだよ?今は宴会中で忙しいのだよ。仕事の話ならそこにいるマスターに頼むのだよ。」
酔っているのか、頬を赤く染めて口許をだらしなく緩ませながら変わった口調でそう言う。よく見ると、耳の先がとがっているためエルフなのだろう。
「あ、ああ……分かった。だから離れてくれ」
何故か俺の右腕をしっかりとホールドしているため、当たってはいけないところに当たってしまっている。
たじたじになりながら断る今の俺に元Sランクという威厳など一欠片もない。
「嫌なのだよ。貴殿の内からはとても質のいい魔力を感じるのだよ。」
「いや、待て、今は時間が無いんだ。」
そうだ、こんなことをやっている暇はない。事は一刻を争うのだ。
「仕方ないのだよ。マスターに取り次いでもいいのだよ。その代わり後日ワタシと会ってくれないのだよ?」
「分かった。頼めるか……?」
「お安い御用なのだよ。……マスター、少し聞いて欲しいことがあるのだよ?」
その女性は先程の燕尾服を身にまとった壮年の男性へと問いかける。
すると、男性は首肯して俺の方に向き直った。
「要件はなんでしょうか。金額にはよりますができる限りの事はさせていただきます。」
落ち着いていて、よく通る声でそう言った。
「ああ、えっと、ここ付近のギルドに二人の七歳八歳くらいの子供は連れ込まれなかっただろうか?」
「ええ、連れ込まれました。ここの地下でございます。買取でしょうか?」
やはり、売られたあとだったようだ。
金で命を買うのは気が引けるが、他の人に買い取られる前で本当に良かった。
「……ああ」
俺は絞り出すような返事をした。
☆
コツコツと硬質な足音を立てながら石造りの階段を降りてゆく。じめじめと湿度が高く、薄暗いため決していい環境とは言えない。
階段の下には無数の檻が並んでおり、痛々しい傷を負った者や、苦しそうに地面を転げ回る者、気が狂れたのか檻に向かって捨て身の衝突を繰り返す者等とてもじゃないが十に満たない子供がいていい場所じゃないと思わざるを得ない。
そんな中、燕尾服の男性が先導する先にあったのは比較的綺麗な檻。
予想通り、中には縮こまって抱き合う二人の少女がいた。
鎖の類は付けられておらず、四肢を満足に動かせる状況でも脱出は不可能だと思われたのだろう。
二人は一瞬表情を怯えから強ばらせるが、俺の姿を見た途端、その緊張を緩和させて目尻に涙を浮かべた。
「この二人でしょうか?」
「ああ、いくらだ」
「奴隷狩り、ですか……。本当はこんなことの為にこのシステムが存在しているわけじゃないんですけどね……。今回はこちらの落ち度です。既に孤児院に引き取られている子供を連れるのは禁止しているので、この子達はお返ししましょう。」
その男性は本当に申し訳なさそうな顔をすると、彼女達の入った檻の鍵を開けた。
抵抗出来ないから鎖を付けないのではなく、奴隷狩りだと疑った彼の配慮だったのだろう。
「君たちも、すまなかった怖い思いをさせてしまって……」
優しい声音でそういうと、彼は二人に出てくるように促した。
瞬間、二人は完全に緊張の糸が切れて泣き出した。俺の胸に飛び込んでローブを濡らす。
「エル兄ぃ!うわあぁあんっ……」
「うぅうっ!ごめんなさい……」
捕まったことに罪悪感を覚えているのか、泣きながら俺に謝る。
俺は、そんな二人の頭を優しく撫でてから抱き上げ、再び階段を上がった。
☆
俺は二人を孤児院へ送り届けたあと、再び闇ギルドへと向かった。理由は、彼女との約束を果たすためだ。
中に入るなり、彼女は俺を出迎えた。
「遅いのだよ。……少し用があるのだよ」
彼女は遅いと俺を非難すると、小声で「頼みがある」と言ってきた。
何事かと思えば俺の手を引いてギルドをあとにした。手を引かれるがままたどり着いた場所は薄暗い路地で、彼女はどこからか出した杖を構えると俺に向けた。
「なっ!?」
杖の先の魔力が溜まると、それなりの大きさの幾何学的模様を描いた魔術陣が現れる。
……色は黄色っ、雷か?
「氷柱蓮華ッ!」
俺は魔術陣が完成すると同時に陣に集まった魔力の核とも取れる場所を「氷柱蓮華」で撃ち抜く。
これは先の鋭く尖った氷を回転させながら打ち出す貫通力に特化したオリジナル魔術だ。
非常に魔力効率がいいため、俺のように体内魔力量の少ない者でも連続で放つことが出来る。
そして、陣に集中した魔力魂の核。これは魔力どうしを結びつけて現象を発生させる為ののりのようなものだ。接続部分が破壊されれば、自然の摂理に従い当然の如く構築された術式は砕け散る。
パリィイイイインッ!
予想通りにガラスの割れたような音を響かせながら魔術陣諸共術式は砕け散った。
魔術が不発に終わることを予想していたのか、彼女は砕け散った魔力痕を目くらましとして利用して杖で直接殴りに来た。
鋭い踏み込みに魔術師が持つとは思えないような形状をした杖。
先の方に青みがかった鋭く磨かれた金属がついており、重量もかなりありそうだ。
「ふっ!」
杖を横に振り抜く。
魔力痕による光で若干見えずらいものの、明確な殺気を感じるためよけるのは容易い。
僅かに身を屈ませて躱す。
空を斬るものの、その鋭さは他の魔術師とは一線を画すため風圧となって民家の壁を抉った。その衝撃で飛び散る石の破片は礫となって双方へと襲いかかる。
「シィイッ!」
鋭さを感じる声と共に振り抜かれる杖。
その振りに技術こそ感じないが、確かに隙を狙いに来ていることがわかる。
……ただ、狙う場所分かればこっちのものだ。
「よっと」
気の抜ける掛け声とともにふり抜かれた杖を素手で掴んで止めた。
「!?」
彼女はその端正な顔を驚愕で歪ませる。
動体視力と反射神経、そして予測能力に多少の自身があれば槍や杖といった先端以外に脅威となり得る刃物がついていないものは受け止められる。
訓練と経験は必要だが、これができれば実戦でかなりの強みとなる。
……訓練中何度斬り裂かれたことか。物理的に痛い思い出だ。
俺だったら対策として受け止められないように杖や槍の柄の部分に冷気を纏わせるだろう。
動きを止めることに成功した俺はそう簡単に杖をまた振り回さないようにと強く握る。
すると、彼女は口を開いた。
「その強さを見込んで頼むのだよ。我が校の……」
「我が校の?」
そして、全く予想のできないことを口にするのだった。