勘違い《Misunderstanding》
「ここが「鴉の剣」ですよ、エルさん」
さっきの路地から数分ほど歩いたところに件の武具店「鴉の剣」は存在した。
若干薄暗い場所にその建物は建っているものの、看板や壁が綺麗なところからしてなかなかに繁盛しているようであった。
それに、裏には闘技場兼訓練場として使われる屋根付きのドームが隣接していた。舞踏大会や冒険者の鍛錬などはここで行われているらしい。
……逆に、俺はなんで気が付かなかったのだろう
武具店イコールボロいという先入観を持っていたのかもしれない。
「なんだか、想像よりも綺麗だな」
つい本音が出てしまう。
「あはは、店長さんに殴られますよ?」
なにそれこわい
「じゃ、じゃあ、早速中に入ってみようか」
「どうしてそんなに緊張しているのですか?」
緊張じゃない!俺に自然な動作でアレを実行出来るかが不安なだけだ!
俺たちは、他愛もない会話を繰り返しながら店の方へと歩いて行き、それなりの古さを感じさせるドアノブを握り中へと入った。
店内は外よりも建物自体の古さがわかりやすく、ところどころに壁紙などの剥がれが見える。しかし、清掃は行き届いているのか不潔な印象は受けなかった。
商品である武器や防具は雑多に並べられているものからケースに入れられ、厳重に保管されているものまでと非常に幅が広かった。
中でも、秀でて目を引くのはガラス製の透明なケースに入れられている銀色の剣だった。値段を見ると金貨三百枚とかなり値を張るようだ。銘は「銀狼」
『ふん、我というものがあるにも関わらずほかの剣に見惚れるとはっ』
霜月が拗ねたように言ってくる。
「お前はいい意味でも悪い意味でも目立つからな。とんでもない業物だし」
『ふふ、我の存在を人に知らせたくないほど凄いと申すのか。いいだろう、剣を買うことを許可する。』
なんでお前に許されなきゃならんのだ。
俺と霜月がまわりに聞こえないよう小声で会話をしている間、レミアはずっとある杖を見ていた。
素材は木で、魔石が練り込まれているのか赤茶っぽい印象を受ける。先端部分には透明でクリスタルのような鋭利な鉱物が付いていた。立て札を見ると、「迅風杖 金貨5枚」と書いてある。
……ふむ、それなりだな。それと名称が心をくすぐる、何故だ
取り敢えず俺はお目当ての木剣を五本手に取る。俺用ではなく孤児院の子供たちの物だ。どういった風の吹き回しか、唐突に剣を習いたいと言ってきたのだ。
幸い俺は昔魔物を倒しまくっていたためカードにお金は残ってる。勿論、カードが今の時代使えることもアリーに確認を取った。
俺が孤児院に寄付をしたことにすれば問題ゼロだろう。
そして、これはムダ使いかもしれないが個人的に気に入ってしまった「銀狼」も購入しようと思う。これを見てると霜月を握った時と同じような感覚になるのだ。この感覚は、剣を鍛えた者の魔力との相性が良い時に起こるものである。だから、わかりやすく言うと買った方がいい。一生付き合う物になるかもしれないのだ。
なんとなく買うものが決まった俺はレミアの方を見る。流石にもう杖は見ていないが、どこか虚空を見るような寂しい目をしていた。
レミアから視線を切ると、俺は第二の目的である「迅風杖」を手にとった。
手がいっぱいなので会計を済ませてから「武器庫」に入れ、服を買おうと思い店員らしき人がいる場所へと行く。
無骨なカウンターの後ろに置かれた椅子に座る体格の良い褐色の男に声をかける。
「ちょっとこれを頼む。あと「銀狼」も」
「は?銀狼だと?」
男は木剣と杖をカウンターへと置いた俺を見て聞き返す。
「ああ、どうにも惹かれてな」
思ったままのことを伝えた。
目を逸らさず、俺の中を見透かすようにしてくる目の前の男。
……ああ、この人結構強いな
「お前、何者だ?」
質問の意図が分からずに疑問顔をする俺に更に質問を投げかける。
「今の気迫に姿勢と足運び、明らかに普通じゃあないだろう。」
そういうあんたもだろ
「はは、ただのFランク冒険者だが?」
「まあいい、そういうことにしとく。それで、「銀狼」だったか?あんなもんただでくれてやる。」
え?
待て待て。あんな振りやすそうな剣霜月以外に見たことないぞ?
「は?いや、そりゃ無いだろ」
「じゃあ、聞くがあんたはあの剣のどこがいいと思った?」
「うーん、まだ握ってはないがそれなりの重量感を感じたな。丁度いい。重心が偏ってないのも俺好みだ。」
「はははっ、あんな変わった剣誰も欲しがらんと思ってな。ケースに入れて高額で売りつけりゃ貴族共が持っていくと思ってたんだが、やっぱり本当の剣士に使われた方が剣としてもいいだろう。よく聞け、あれは「銀石」でできてやがる。並の人間だと剣に振られる形になっちまう。」
目の前の男はガハハと笑い、「銀狼」のことを説明する。「銀石」かぁ、鉄の数倍の重さと硬さに手入れいらず。俺にとってはこれ以上ない剣だ。
「銀石か、こんないいものをただで譲ってくれるのか。今日はいい日だな。あ、あとこっちが普通に買う方で。杖の方は俺が店を出ていった後に……」
俺は男に耳打ちする。
最初は驚いたような顔をしていたが、話し終えるとニヤリと口角を上げ、任せとけと言っていた。頼もしい
「あ、レミア。俺は新しく買った剣を裏の訓練所で振ってるから見終わったら言ってくれ」
買い物したものを「武器庫」に放り込むと裏の訓練所に向かう。
「あ、わかりました!すぐに見終わるんで。」
レミアは女の子らしい髪飾りに目が釘付けなようだ。お金が無くてもウィンドウショッピングと偵察だけは欠かさないようだ。
……ああいうのが好みなのか。マシロも大きくなったら欲しがるのかな
そんなどうでもいい感想と疑問を抱きつつ、「鴉の剣」を後にした。
☆
「さて、霜月。お前のお望みどおり散々振ってやるから覚悟しろよ?」
『お、おう?』
霜月が何言ってんだこいつ。みたいな声音で言ってくる。剣って振り回しても酔ったりしないのかな?
俺は「武器庫」からある指輪を取り出す。
これは俺が普段訓練時に使うものであり、一種のデバフアイテムだ。効果は重力魔術の使えないものでも自身にだけ重力魔術をかけられるものである。……うん、ただのデバフアイテムだ。
『主、それはっ!?』
何故か霜月が悲鳴に近い声を上げた。
「なんだ?いきなり叫んで。ドーム型で雨もかからないから錆びたりはしないだろ?」
『錆びんわ!それだ!その指輪だ!誰にもらったか知らんが良くない類の魔術がかかっているぞ?』
「知ってるよ。重力だろ?」
俺は何騒いでんだこいつ、みたいな目で霜月をみた。そして、指輪を人差し指に嵌める。
『知ってて何故?あああああっ、はめた!このバカはめたぞ!』
「うるさいなぁ、どうしたんだよ。はめたら死ぬのか?」
キャラが変わってないかと思うほど騒ぐ霜月。一体何があったのだろうか。
『は?何故、平気なんだ?』
「何の話だよ」
『いや、重力魔術がかかってるって、二十倍の……あ』
暫く騒いでいると、急に腑に落ちたような声を出す。そして…
『ヘイドラゴン単独討伐の化け物だからこの程度どうってことないのか……』
化け物ってなんだよ、化け物って
それから、十分ほどこの重力の指輪をはめて訓練していると、後ろから人の気配がし、振り返るとそこには今日絡んできた斧使いが立っていた。
「あ、さっきのやつ」
「さっきはいきなり斬り掛かったり暴言吐いたりしてすまなかった。帯剣していたからスラムの子供たちを襲うつもりなのかと思って」
「あ、いや、別に怪我人出なかったしいいんじゃないのか?ただの勘違いだし」
その男は大柄な体躯に似合わず、優しい人だった。話を聞くには近くの料理店の店長で、いつも子供たちを可愛がっていたという。そして、暴言吐いたのは冒険者時代の癖らしい。その気持ちはわかる。
「そう言ってくれると助かる。そうだ。是非「青い鳥亭」に来てくれ。サービスしよう」
そういうと、店長さんは訓練所を去っていった。
なんとなくスッキリしたな。やはり恨まれたままというのは良くないのか。
俺は重力の指輪を外し、霜月を鞘へと戻した。
そろそろレミアが戻ってきそうなので訓練を中断し、入口付近で待機してよう。