甘美な出撃
現実世界で数日後、やっとスーパーコンピューターによるタイムマシンの計算が終了した。併せて弾薬の補給、機体のメンテナンスも滞り無く終わった。
「それで、弾の数を増やせとの命令だけど」
「うん、どうなった」
前回の戦いでセンテニアルは主力のクアトロガトリングガンの弾を途中で使い切ってしまった。その事で弾を増やせとエリカに言われていたのだが。
「今回は見送りという事で」
「えーなんで?」
「説明はしっかりするから聞いてくれ。これ以上弾薬を収納するスペースがもうない。かといって予備マガジンを増設するとガンそのものの動きが鈍くなる。金に余裕が無い。今回からしばらく島や海上戦闘が続くから前回よりクアトロガトリングガンの出番が少ない」
センテニアル唯一の弱点、それはあまりにもギチギチに作ってしまった故に後からあれこれ追加が不可能な事だ。
「分かったわ。説明ありがとう」
ちゃんと説明すれば彼女は分かってくれる。
「前回が芸藻の戦い、今回は第一次ライゾニ島の戦い、次が第二次ライゾニ島の戦い……先は長いな」
「もちろん、最後まで智には付き合ってもらう。最初からそういう契約だし」
「ああ、分かっているさ」
エリカの目的は戦争の結果を変える事。そこに一切のブレは無い。
「それにしても面倒よね。一々戦いに出撃して勝っていかなきゃならないんだから」
「そうだな」
センテニアルのタイムマシンには時間を跳躍する機能だけでなく、ある程度好きな位置に現れる空間跳躍機能も備えている。そもそもその機能が無いと時間跳躍後に高速で移動する地球や太陽系の位置が合わず、宇宙空間に放り出されてしまう。
従って、いきなりヴェスゴア首都のフィースルルに現れ、そのままセンテニアルで制圧して、直接降伏を迫るのも理論上は可能だ。センテニアルの性能ならそれも容易いだろう。
なら何故それをしないのか。
「その場合は戦争に勝てはするが、ヴェスゴア国の戦力を消耗させられない。また、ヴェスゴア国民には不意打ちで負けたという感情が残る。するとどうなるか」
「また戦争が起こる。国力自体は秀真国よりヴェスゴア国の方が上だから秀真国がまた負ける。これでは意味が無いわ」
これらはセンテニアル付属のスーパーコンピューターが導き出した結論だ。まあ普通に考えても分かる事だが。
「すべての戦いに出撃し、秀真国と一緒にヴェスゴアを攻める。ヴェスゴア本土まで戦線が拡大したら、工場を発見し、兵器の生産ラインを破壊する。その上で講和条約を結び、これは完全勝利だと民衆に印象を植え付ける」
スペイスは専門器具を使えば破壊が可能となる。当然センテニアルもそれを内蔵している。
スペイスはありふれた技術だ。しかし高圧縮率の物は相当数が限られている。工場として利用されている高圧縮率スペイスを破壊していけば自ずと生産力は落ちていく。
逆に生産設備を抑えなければ無限に生産されるオルクシリーズを止める術はない。ただ、戦いに勝利し、平和条約を結ぶだけでは戦争が繰り返されるのだ。
屋根裏部屋の片隅にある隠し扉を回しスペイスの配置された部屋に入る。
「今回はゆっくり入れて良いわね」
「トラブル無く始まり、トラブル無く終われるのが一番だよ」
前回は明らかに失敗だった。エリカは許してくれたが一歩間違えれば計画そのものが失敗してもおかしくなかった。
高圧縮率のスペイスに二人以上同時に入るには、握手をしながら入ればいい。この前は入る時間がずれた所為でエリカを待たせる事になった。
(エリカの手……小さいし綺麗だ)
ゆっくりと亜空間を通り過ぎ、スペイス内部に入室する。ぼんやりと薄暗く、ここが現実空間でない事を感じさせる。
センテニアルの時間跳躍には多くの制限がある。まず第一に、現在の時間から未来には行けないという点だ。未来に行けたのなら好きなだけ進んだギア、いや、ギアとは限らない最強武器がいくらでも手に入っただろうに。次に、過去へ時間を遡った場合、遡った分と同じ時間しか未来に戻れないという点だ。例えば、午前12時から午前5時に遡り、そこで1時間過ごした場合、帰還可能な時間帯は午後1時のみとなる。よって、時間跳躍を使って周囲の人間と相対的に多くの時間を使う事は出来ない。最後に、時間跳躍の準備は現在の時間から行きと帰りまでセットで行わなければならないという点だ。過去の時間帯で任意で帰還する事は出来ない。簡単には逃げられないし、時間の延長も出来ない。
その時、逆瀬川は背中に温かい感触を覚えた。
「針須エリカ、どうした急に」
「手を握ったら我慢出来なくなって」
胸部は平面だがそれ故密着していない所が無い。艶のある大腿も細い二の腕もぴったり付いて離さない。レオタードもトップスも体のラインを全く隠さないから触られている感触も恐らく裸と大差がない。
「後にしよう。今色々されると集中出来ない」
「そうね、悪かったわ」
顔は間違い無く可愛い。髪もサラサラ。逆瀬川の事を好いてくれている。
しかし、逆瀬川は心の奥底から彼女を信頼している訳ではなかった。もちろんパートナーとしては信用しているし、こんな歪な計画の首謀者でなければ良い仲になっていてもおかしくはない。
逆瀬川智は針須エリカに共感出来ない。
操縦室に乗り込み、センテニアルを起動、そして。
「タイムマシン……起動!」