アルバ・アドキンズ
スペイスを使って実にならない研究をしている者をヴェスゴアやその周辺国ではトロルと呼んでいる。
あまりにもスペイス中における努力がものを言うこの社会において、あえてそういう事をするのは実利から言って愚か者呼ばわりされても仕方が無いのは確かだ。
だが、アルバ・アドキンズはトロル呼ばわりを気にしていなかった。寧ろ誇らしいとさえ思っていた。
それくらいタイムマシンを愛していた。自分一人が不遇になろうとも知った事ではない。
今この瞬間もタイムマシンらしきものをいじっている。何十年という月日をかけてアルバは時間跳躍に関する細く、しかし確かな理論を確立していた。
「右の時間と左の時間。これがずれるのはいつになるのか」
左が絶対的な時間を表示する時計。右が時間の重複を感知した分を進めて表示する時計だ。今は同じ時間を示している。圧縮率6倍のスペイス内時間を外の時刻で表示しているため、体感時間6秒につき、1秒表示が進む。
現在開発しているタイムマシンの原理は対象の時を止め、その後時を再び動かす事によって相対的に過去へ時間跳躍するというタイムマシンの中では原始的な機械だ。時が止まる間は全く動けない。
まだ実用段階には至っていない。だがいつの日かこれを世に出してみせる。
「じゃあ第1223回実験開始……と」
アルバは分厚い防護服とヘルメットを装着し、タイムマシン内部に入った。停止時間を一分に設定し、スイッチを押す。
いつもなら何も起こらない。だが今回は違った。
スイッチを押した瞬間、止まり、そして動いた。止まった事そのものを感じた訳ではないが、何かがずれる感覚をアルバは感じ取った。
「これまでにない反応だ。でも何が起こったのか、全く分からないぞッ」
興奮で声が上ずる。すぐさまタイムマシンの外に飛び出し、二つの時計を確認する。
「え……!?」
左の時計は2時12分30秒を示し、右の時計は3時38分30秒を示していた。
「……」
思考する。アルバが設定した時間は1分。実験が成功したと仮定すると、本来なら右の時計は左の時計より1分進むはずだ。
だが、実際はどうだ。1時間26分も進んでいる。この数字は何処から来た。
すぐには答えが出てこない。だが。これは慎重に対応する必要がある。アルバはそう感じた。
考えられそうな答えを紙に書きだし、一つ一つ検証する。そして、一つの可能性に辿り着いた。
「待て……右の時計は時間の重複を感知する時計だ。このタイムマシンによるズレを計測するものではない。ならば……」
この一分の間に、他のタイムマシンによる時間跳躍が発生し、それを感知した。そう考えるのは都合が良過ぎないだろうか。
仮にこのスペイスにあるタイムマシンの実験が成功したとして、それはわずか一分の事だ。その一分が偶然他のタイムマシンの跳躍に重なる。
「やっぱ都合良過ぎだわ。別の可能性を考えてみよう」
結局そのまま答えは見つからず、外に出る時間までアルバはウンウンと唸り続けた。