芸藻の戦い(2)
「クソ、入られちまった。外からじゃ開けられないぞ」
ジョージの取り巻きの一人、黒い方が言った。
「いや、開けられない事は無い。警察を呼べば時間はかかるが大丈夫だ」
もう一人の取り巻きが言った。専門の器具を使えばスペイスの破壊は可能である。
「その手は無しだ」
それを遮るようにジョージは言う。
「それをやったら報奨金が半分になるだろうが。高密度のスペイスは食料かさむから待てばそのうち出てくる」
「え、でもジョージ怪我してるしそもそもお前んち金持ちじゃん。そこまでこだわる必要ある?」
「……あるんだよ」
ジョージは親から認められたかった。優秀な親の息子という立場にどこか苛立ちを感じていた。だから、一人で何かを成したかった。
「第四高射砲は簡単に破壊出来たな。このまま迅速に次のポイントに向かうぞ。あの変な奴が来る前に短期決戦だ」
掃討を終えたガンマ班が市中を移動する。その先のビル陰に一機の矩形式が待ち構えていた。
(来るか……ここを突破されたら防衛ラインは崩壊する)
不意を突いた先制射撃を開始する。
「ッハ! 読み読みなんだよ」
しかし、捉えた筈のオルクはその射撃が届く前に上空に飛翔した。が、それがいけなかった。不用意にジャンプした機体は第一高射砲の餌食となった。
「やった! 当たったぞ」
「一機撃墜だ」
高射砲から喜びの声が上がる。
「あの命中精度は侮れん。飛翔は控えろ!」
「死守ウウウ!」
矩形式とオルクの戦闘が開始する矢先に上空からセンテニアルが現れ、そのままガトリングガンを斉射する。
ババババババババババババババ
オルク・ジェストラーダを壊し続ける。機銃操作担当のエリカは涼しい顔だ。
(俺がエリカを性的な目で見れなかったり最初弾を撃たせなかったのは、彼女の瞳の奥に宿る狂気に気付いているから)
「ガトリングガン撃ち尽くしちゃったわ。次は弾を三倍にしなさい」
何分経っただろうか。付近にはオルク・ジェストラーダの残骸が山のように連なっている。
「さっきから他の高射砲に行けない程度に増援が来る。弾の数の事は……」
その時、八時の方角から爆音が轟いた。
「あの方角は第二高射砲か。つまり残る高射砲はここだけという事だ」
ダニエル・マイヤーズ。彼は確かに指揮官として必要な能力を持っているようだ。
「最後の高射砲は比較的開けた位置に存在する。四方に回り込み合図と同時に突撃せよ。報告により奴がそこに居るのは分かっている。絶対に相手をするな」
ダニエルは部下のアルファ班に向けて指示を出した。
「イェスサー! 我々のギアなら奴のバリアも崩せます」
「残存味方機は21。これだけ同時に掛かれば全て対処は不可能です」
仲間の士気も高い。後少しで戦争が終わる。これは最後の試練だ。
(詰みだ。いくらそのギアが強力であろうとも背中のミサイルポッドを破壊された時点でその戦略的価値は戦術的価値に低落した。第一高射砲を破壊したら撤退し、超高度爆撃によるヴァザ投下でお前もろとも吹き飛ばしてやる!)
「全機バリアの中に入ってください。外は危険です」
各地の高射砲を破壊してきたオルク達が中央の高射砲に向かって集結してくる。
矩形式がバリアに入ったのを確認すると、逆瀬川はセンテニアルの両腕からビームソードを取り出し、周囲を一閃した。
その斬撃はバリア以外の周囲を三枚おろしにする。ビルもギアも空気さえ全て。もう残存しているオルクの方が少ない。
「み、皆死んでしまった。おかしいだろ、何なのだあれは。何故最後の最後でこんな目に合わなくてはならないのだ」
ダニエルは震えた。あまりに理不尽過ぎるその性能に。
「全長200m。三枚おろしになりたくなければもう帰れ! 去る者は追わない」
拡声器を使って脅す。無益な殺生を積極的にするつもりはない。この時点で秀真国の負けはもう決まっているのだから。
「逃げろと? 情けを掛けられるほど私は落ちぶれていない! TSW展開!」
空中で滞空しているオルクの中の一機が変形し、大型の鎌を取り出した。鎌の部分はエネルギーで構成されている。
「あれは……隠し武装にちょっとした出力上昇か。まだやるつもりなのか、命を捨てる覚悟で」
あれが軍人というものだ。逆瀬川は少し勘違いをしていた。彼等は命が惜しいと。ここでセンテニアルがいくら暴れようが戦争の勝敗に影響は無い。ならば、圧倒的な力を見せつければ逃げるはず。その考えを逆瀬川は甘いものだと知った。
「指揮官専用武装TSW。つまりあれがダニエルね。資料が無いからこのコックピットを貫く火力があるか分からないけどとにかくあいつを殺せば襲撃に来た奴は消える」
逆瀬川は半身阿修羅モードを発動させた。右肩の左腕が上方に半回転し、固定される。右肩を中心にビームソードを携えた両腕が高速で回転し始めた。
センテニアルと指揮官用オルク・ジェストラーダ互いに突進を開始した。
(これで終わりだ。こいつを殺せば芸藻に爆弾は落ちない。母さんも生き返る。スペイスの前の息子も消える。親を殺せば……)
親を殺す。
その言葉がよぎった瞬間、逆瀬川は下へ操縦桿を切った。
「え? 何!?」
センテニアルと指揮官機オルクが横切る瞬間、センテニアルはその足を切り裂いた。
「クソ偽善が!!!」
ドン、と逆瀬川はパネルを拳で叩いた。
「散々殺しただろうが! これから何百何全千と殺すんだぞ! それがちょっと背景見えただけで失速? 子供が居る奴なんて幾らでもいる! 甘ったれるのも良い加減にしろ!」
足を切られたオルクが墜落する。しかし上から落ちたぐらいでゼタトロニクス・ギアは爆散はしない。
「いいじゃない。好きに殺して好きに生かせば。自分の一番気持ちの良い方を選べばいいのよ。私は結果が変わらなければ何も言わないわ。肩の傷消えたね」
いつでもエリカは智を肯定してくれる。少し楽になった気がした。
「帰った……俺達勝ったのか?」
敗勢の決したオルク達が海の方に帰っていく。あの指揮官機は部下に回収されていた。
「遠隔通信が回復してるぞ!」
「え、秀真が降伏した!? あいつらが帰ったのはそういう事だったのか」
生き残った矩形式のパイロットが無線で話し始める。首相の西沢がヴェスゴアに降伏を伝えたのだ。
「終わった。タイムマシン発動まであと何分だっけ?」
「これは始まりよ。あと30秒ね」
そして唐突にタイムスリップは始まった。
フヨフヨとセンテニアルが縦軸時間空域をさ迷う中、二人は一度も言葉を交わさなかった。
現世のスペイスに到着し、センテニアルから降りる。互いに目配せし。手を握った。
逆瀬川はポケットの中のスマートフォンを取り出し、連絡帳を確認し、そこに母の名を確認した。