日常
軽くて丈夫、どこでも採取可能、そして超安価な新金属『ゼタニウム』の発見は人間社会に多大な影響をもたらした。
こうして普通に町を歩いていても、ロボットが乗るロボット自動車、ロボット電車、ロボットのアイス売り、仕事の無いホームレスが当たり前のように居る。
空にはヴェスゴア軍の最新式ゼタトロニクス・ギアがゴウゴウとエンジン音をまき散らしながら何処かへ飛んでいった。
ゼタトロニクス・ギアとは要するにゼタニウムを使った搭乗型起動兵器で、現代戦争の主戦力である。
「時間と空間を同時に圧縮する技術『スペイス』は私たちに新たな時と場所を与えてくれました。スペイスは人類のロボットに対する明確なアドバンテージでもある訳です」
秀真人用のボロイ校舎の中で授業をするのは当然教師ロボット『KUMIKO』だ。値段は200万圓、給与は0圓、保育教育から大学院まですべての教科を担当可能。問題正答率は先端分野で99.95%、明瞭な声質、1000時間連続稼働可。電気代月1700圓、優しい性格。
秀真人はこのようなロボットと比較して優れている点が一つでも無い限り同じ職には就けない。秀真人の労働協会は職に応じてその就職難易度を計算、公表している。
例えば教師の就職難易度はS+´であり、その意味する所は生活の全てを教育学に当て続け、現実世界換算でウン十年経った頃にようやく補助的な役割をこなす事が出来る……ようするに不可能だ。
比較的就職難易度の低い分野は総じて需要の少ない、つまりロボットを開発しても元を取れる見込みの無い分野であり、仕事としてはどうしても給与が低く、絶対的な雇用数も少なくなってしまう。
「スペイスは個人の能力向上にも役立っています。体を鍛えたり、勉強をしたり、絵を描いたり……欠点としてはインターネットが繋がらず、複数人で入ると圧縮効率が極端に落ちる点が挙げられます。あくまで個人で何かをする事に特化した時間と空間と言えます」
照明を切った教室のプロジェクターにはスペイスの螺旋状の出入り口が映し出されている。
「但し、秀真人は先の敗戦により圧縮効率の上限が定められています。一刻も早い規制緩和が望まれています」
(それは一体いつになるんだ)
今の秀真国では政治もヴェスゴア国の意向を強く反映している。秀真国人の成長をヴェスゴア人は望まない。つまりそういう事だ。
「頬杖付いてた逆瀬川君。スペイス内で劣化しないものについて答えてもらおうかな」
「予め登録した人体ですね。従って外時間視点でスペイス内に居た人間が急速に老化する事はありません」
そのガタイの良い男には信念があった。たとえ貧しくてもスペイス内のトレーニングは毎日欠かさずしていたし、それがだれかを守る事に繋がると確信していた。
だから、その行為を見た瞬間、それを咎めた
「おいそこのお前」
「あ?」
ツンツン頭のヴェスゴア人が振り返った。
「何故この子のアイスを蹴り落した? そんな事をして恥ずかしくないのか」
地面には細かいゴミが纏わりついたソフトクリーム、その横でワンワンと泣く女の子。
「なんでって」
そこまで言うと、ヴェスゴア人は女の子の方へツカツカと近付いていった。
「そこのガキが何も知らない幸せそうな顔をしてアイスを食っていたからだよ。敗戦国民は敗戦国民らしくしていないとな」
ヴェスゴア人の伸ばす腕を見て女の子が恐怖する。
「近付くな、やめろ」
ガタイの良い男はヴェスゴア人と女の子の間に入った。
「え、歯向かうの。そういう展開?」
体格はガタイの良い男の方が断然上。これなら女の子を守れると男は確信していた。
「かかって来いよ」
「俺は三十年間腕を鍛え続けた腕人間! 貴様の邪悪な心を打ち砕く事など容易い事だ!」
鍛え上げられた拳を限界まで振り上げ、ヴェスゴア人をぶっ飛ばす……はずだった。
ヴェスゴア人の抜き手は、振り上げた拳より速く男を真横に吹っ飛ばした。
「圧縮率二倍が限度の雑魚が努力を語るなよ! 世の中時間すら平等じゃないのさ」
すでに男の耳には届いていない。粉々に破壊されたコンクリート壁の残骸と共にピクピクと振動しているだけだった。
「待たせたなクソガキィ! たっぷりアイス食わせてやるよ!」
ヴェスゴア人の男は無理矢理女の子の髪を掴むと、地面に落ちたアイス目掛けて振り下ろした。
「やめなよ」
その寸前、逆瀬川は女の子の額を受け止めた。当然、手の甲と服の袖にアイスがべっちゃりと付く。
「あ?」
男の疑問が怒りに変わる前に逆瀬川はアイスを手に取り、それを自分の顔に付けた。
「これで十分だろ」
「……ふん」
くるりと踵を返すと、男はそこから歩き出した。
「おい良いのか」
それを見た隣に居た肌の黒いヴェスゴア人が言った。この程度の事で許していいのかという事なのだろう。
「何の話だ?」
男はそれに気を留める事無く去っていった。
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