─2─ 廃遊園地
──理解できない。
そう、これは僕の知らない世界とでも言おうか。
まず存在から理解が追い付かない、いや、追い付く気さえしないのだ。
そして、言葉使いも意図が掴めず、わざわざ8月を『葉月』と表していたりと………。本当に、よくわからない。
あと、『以下略』って、なんだよ! ちゃんと言えよ!
ってか、何で『拝啓』あるのに『敬具』無いのぉー? ならいっそ、『拝啓』も必要ないでしょ!
『拝啓』とは、『敬具』と二つで一つのペアになるものだ。意味としては、「謹んで述べる、申し上げる」と訳せる。この手紙の文章にはだいぶ不釣り合いと言えよう。
そして『敬具』だが、「うやうやしく整える」ここでの意味合いは「それではまた」といった事となる。
まぁ、これはこれで、この赤手紙に敬うような感じはないし、無いこと自体は、間違っていないかもしれないのだが、そうすると『拝啓』だけがあるのは、なかなかにシュールである。
赤い、赤い手紙には、そんな内容以前に意味不明な文字の羅列が記されていた。
手紙を封筒に戻し、スクールバックに突っ込む。
履き替えたローファーの爪先を床に叩きつけながら、履き心地を調整し、昇降口から一歩出る。
(ん?)
そこで、誰かが背後から此方に歩み寄る音が聞こえ、振り返る。
「よっ!」
「………! やぁっ」
夕陽を真っ向に受けながら、その金髪と着崩した学ランのチャラさとは不釣り合いな爽やかな笑顔が、そこにはあった。
彼は、まぁ、言ってしまえばヤンキーなのだが、何故か僕にだけ妙に優しかったりするのだ。
全く良く解らない奴である。
「まだ帰ってなかったんか!」
「ん? ああ。本読んでたら、寝落ちしちゃってね」
彼とは、中学からの付き合いである。
「おめー、好きだなぁ。本読むの。まぁ、今日、わりと涼しかったし、ポッカポカしてて、眠くなるのも解るわな!」
所謂、腐れ縁ってやつだな。
「まぁ、ね。そう言う鏡八は?」
「ねて、た………」
「変わんないじゃんよ、僕と」
「いや、違いはある! 俺は、屋上で寝てたんだぜっ!?」
「いや、僕よりアウトじゃんさ。あそこ立ち入り禁止でしょ?」
「んぁ? いーんだよ。俺、ヤンキーだっしよ!」
「うわー、都合良いときだけそれかよ。んで? 本当は?」
「屋上で………」
「あそこ汚いでしょ。整備も清掃もされてないから、更に臭いし。僕だったら………いや、誰でもあそこでは寝転がらないでしょ」
「あー、いやー。………先生に呼ばれて、……な?」
「補習? 課題? それとも再テストかなんか?」
「あー、………後者2つとも………な」
「おいおい、まじか。図書室にでも行ってたの?」
「いやぁ、それがセンコーが、酷くってよ! 職員室前の廊下! まぁ、涼しいから良いんだけどよっ。職員室から漏れる冷房の風がな!」
「あっそ。真面目にやったの?」
「ンなことする訳ねーじゃんよ! 抜けてきた!」
「おめえ、アホか! どーするんだよ、明日」
「いやー、だから蓮鵺さんよぅ。見して? 我らが参謀は、もう終わらしちまってンだろ? 課題」
ああ、そう言えばそうだ。今、ペラペラ喋ってるこいつが、ここら一体のヤンキーのリーダー的存在。
そんで、何故か僕が参謀と言うことにされていたりする。それが理由なのか、──いや、それしかないのだが、時々、チャラい奴等の相談を受けてたりする。
どこで知ったのか、隣町のギャルから連絡受けたときは、流石にびびったものだ。
僕のタイプは、清楚系の少し年下ぐらいなのに。何故に、初対面のチャラい女子の相談を受けなあかんのやら。
「おーい。どうしたんだよ、蓮鵺。今日、何かおかしいぞ? 具合わりぃのか? 鞄持とうか? 課題勝手に取り出すけど良いよな?」
目敏いな、こいつも。ボクを真面目に心配していると言うより、自分の課題の行く末を気にしてるのだと見え透いてしまえる。もうちょっと、振りでもすれば良いのにな、……まったく。
「いや、変な紙が、僕の下駄箱に入ってたぐらいだよ。それで、課題でしょ? 何時までのヤツだ?」
「え? 昨日までだよ。それより、お前ラブレター何て洒落たもん貰ったのかよ! すげーな! 流石、俺らのサブだな!」
あー、こんなのもあったな。鏡八とつるんでたら、いつの間にか参謀兼ヤンキー集団のサブリーダーになるという。何スペックだよな。
「あー、はいはい。あとで、家来いよ。渡すから。──まぁでも、それにしては、奇妙なんだけどな。その手紙がさ」
副リーダーとは言っても、喧嘩だとか、面倒事には首突っ込まないようにしている。
「奇妙?! ちょい、見してみ?」
「ん、ああ」
スクールバックから出した、赤い封筒を鏡八に渡す。
鏡八は、ソレを夕日にかざしたり振ったりと、良く解らないことをしている。
「いや、開けないの?」
「あー、………何か、嫌な予感しかしないから、止めとくわ!」
「それでも、ヤンキーかよ」
「ウッセ、………。ん? でも、このシールは、良いセンスしてんジャネ!?」
何故か、ニヤニヤした表情を引き締め、ニカッと歯を出して、笑う鏡八。どうやら、桜の花弁一枚の形をしたシールにはご執心のようだ。
(金髪とピアスが無ければ、もっといけてんだよな、こいつ)
放り返されたソレを鞄に戻し、僕は嘆息をついた。
「まぁ、あれだ。どうせなんだから、行ってみれば良いじゃんよ!」
「あぁ、うん。言われるまでもなく、そのつもりだったよ」
「オウ!」
話をすると、何とも早いもので、学校から徒歩十数分のバス停にたどり着いた。
タイミングもよく、ちょうど走り込んできたバスに乗り込む。
車内の人口は、十を越えない程度。
まぁ、田舎ですから。
そんなこんなで、吊革を握ったところで、鏡八が嬉々揚々と話しかける。
「なあ、………」
「んぁ?」
「遊園地で待ってる子ってさ!」
「ん………?」
「可愛いんかなーてっ!?」
「知るか! そもそも、女子とは断定できんだろ」
「だよな………お前、そっちの趣味あったっけ?」
「ねーよ。冗談キツいぞ鏡八」
車内と言うこともあり、やや控え目に茶番を続ける僕ら。何だかんだで、馬鹿話は盛り上がるものだ。これも、青春の1ページだとか言われるのだろうが、大人になってもそんなに変わるもんかね。
八分ほどで目的地に停車した。
普段なら、もう一つ先のバス停が最寄りなのだが、アノ手紙のせいで旧遊園地跡に寄らねばならぬのだ。
まぁ、別に強制でもなく、自主的なのだがね。
因に鏡八は、普段からここで乗下車を行っている。
早々と後ろ姿を小さくするバスを追うように、トボトボと歩みを進めながら、ふと疑問に思ったことを鏡八に尋ねる。
「なあ? どっち側にいると思う?」
「ん? あ……ああ。正面口と裏口ってことね。正面じゃないかな? わざわざ解りにくい方で待つ気が知れん」
「だよな。でも、テンプレだと裏口の方が多い気がしたんだけどな」
「あー、解る。でもこの時間帯に裏って、相当根性ないとムリやろ!」
「だーな」
結局、表門には誰も居なかった。赤錆と枯れた蔦に覆われた鉄門は、重量感も相まって、閉鎖空間のような、淀んだ空気を漂わせている。
「悪い方の予想が当たったね」
「オ………オウ…」
「ボク………裏、行ってくるわ」
「マジで言ってんの? 俺は、やだよ!」
両手を激しく左右に振り、目の下をヒクつかせる鏡八は、本当にこういうシチュエーションが苦手なのだ。
ずいぶん昔だが、学園祭でやっていたお化け屋敷だとか、お泊まり会等々で実証済みである。その時は、笑えないと怒ってたな。まぁ、今となっては、楽しい思い出なのだが。
「解ってるよ。そんじゃ、後でな!」
「オウ! 八時頃に行くぜぃ!」
「解った。じゃなっ」
もう一度、「オウ!」と答える鏡八に背を向けて、裏門の方へと敷地の外を回り込んでいく。
五分ほどかけてたどり着いた裏門前には、やはり無人だった。
ただのイタズラだったのなら、とんだ無駄足だな、と小さく呟きながら門前に立ち、表門同様赤錆を纏った、高くそびえる裏門を下から見上げる。
さて、帰るかなと鏡八は腕時計に目を落とした。
【“18:56”~刻限まで¦¦¦】
落とした視線の隅に、赤(、)い何かがチラついた。
「んあ?」
また、変な声を出してしまった。一人だと油断してしまうな、気を付けないと。
蓮鵺は、眉を寄せながら、五感を頼りに門柱近くを探し、赤い手紙とソレを抱えるようにして置かれた、おかっぱの日本人形を見つけた。
「おいおい、マジですか。イタズラにしては、やりすぎっしょ」
人形とは、日本古来からの怪談でもよく用いられたものだ。苦手じゃない人は、小数以下だろう。
人形の腕の中からそっと手紙を取り出し、三つ折りのソレを開く。一通目の赤紙と同様の折り方となる点からしても、同一人物、或いは一通目と関わりのある何者かが用意したのだろう。
【あまりにも遅いものだから、中で先に遊んで待っています
アクアツアーの入り口に来てくださいね】
「なんか、楽しそう文章なのは、ボクの気のせいかな」
彼自身、まだこれが冗談事にならないモノに捲き込まれたとは思いもしなかっただろう。
事実、「冗談にしては、本当に手が込みすぎじゃないか?」等と思いながら、日本人形を片手で持ち上げて小脇に抱えて、廃遊園地へと繰り出したのだから。
◆◇◆
───同時刻。
八守 鏡八のマイホームは、最寄りのバス停から十五分程度の距離にある。
蓮鵺と別れた彼は、途中の自販機で炭酸飲料を調達し、猛暑に耐えかねた体を癒しながら家にたどり着いた。
いつも通り、玄関先のマットで靴の土を落とし、ポストの中身を確認する。
その行為によって、彼自身もまた暗に取り巻くナニかとの干渉が成されたとも知らずに。いや、知るよしもないのだから、救いようがないのも事実。運命とも言えるのかもしれない。
「………………ッオイ! マジでかよっ、コイツぁ」
───光と闇の反転まで、あと数刻。
今作者が、ホラー作品を執筆致しますのは、初となります。どうぞ、お手柔らかに、宜しくお願いします。
《恐い怪談等々(例;こっくりさん)で、何か面白いものがありましたら、ご意見を頂けると幸いです。》
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後拝読、ありがとうございました。
宜しければ、こらからもどうぞよしなに。
author:真宵夜々榊 より