─1─ 廃遊園地の噂~赤い手紙~
夢は、ユメとて 血色の世界
人は、ヒトでも 生者はおらず
今宵も、始まる 妖の舞い
探せや、サガセ 生者は死者へ
罪には、罰を ツミには、バツを
冷たさの広がる静けさのなかに、少女の声が優しく響く。
赤く錆び付いたレールの上に、存在感の無い少女は、その身に似合わぬ鮮やかな赤色の着物を身に付けて、独り寂しく座っていた。
少女は、夕日が傾くのを眺め、繰返し繰返し同じ歌を歌う。
何度目か、鳴き続けていた赤いカナリアの声が止む。
少女は、とても美しかった。
その目は、綺麗な藍色と黒。
肌は、雪のように真っ白で、髪は深く艶のある紫色。
顔の輪郭、手足の太さに、上と下の身体の比率も、これまた綺麗にキレイで、淑やかで。
少女は、とても美しかった。
それは、まるで、人ではなく、……人を模した作り物のよう。
少女は、まるで、──人形のように、それはそれは、美しかった。
少女は、いつしかまた、歌を歌う。
同じ歌を、何度も何度も繰り返す。
着物の振り袖が、歌に合わせて揺れていた。
『つまんない、な。あそ………ぼぅ?』
─◆◇◆─
──放課後。
日の傾き始めた空は、緋色に染まり。
夏の日差しのなかに、僅かな救いのような優しい風が吹く。
呆けて、その様を眺める僕、高野宇治 蓮鵺。
優しい風が、睡魔を誘う。
昨日の徹夜が、今頃になってふっ返すとは、………
手元の文庫本が、落ちそうになり、はたと目が覚めた。教室端の時計は、もう6時半過ぎを回っている。
【“18:46”~ 刻限まで¦¦¦】
まだ寝ぼけた脳に深呼吸をして、酸素を送り込む。口もとのヨダレを拭い、机に掛かったスクールバックに文庫本を仕舞う。
その時になって、ようやくこの教室内に居る者が、己のみでは無いことに蓮鵺は気付く。
──女子生徒が、3人。
教室の隅で机と椅子を囲み、何やら話し込んでいる。
「そんでさぁ! その女子生徒は、首つってたんやって!」
と、正面此方に背を向けた少女が、興奮ぎみにはやし立てた。
「うわぁ、惨いなぁ。でも、呪われるのも頷けるね。相当、酷いことしてるもの」
と、右端の少女は、腕を組みながら頷き、「そっちは?」と、正面へ目線を上げる。
「……う…ん………」
と、左端の少女は、やや寝ぼけたように、返事を返す。どうやら怪談話に花を咲かせているようだ。
そこで、思い出したかの様に右端に座る少女が、話題を変えた。
「あっ! ねえ、知ってる? A市の廃園になった遊園地のはなし……」
「…あぁ、あれね……。かなり前に、女の子が事故に遭って、封鎖したとかって話でしょ?」
と、少し嫌そうに左端の少女。
「えぇー、なんなんそれ? 人一人で、無くなるもんなん?」
と、正面此方に背を向けた少女。
「…知らないよー……。たしか、ジェットコースターが何とかって…ねぇ? まゆみ」
と、左端の少女。
「えっ? 私が聞いたのと違うじゃん? 私が聞いたのは、ミラーハウスのはなしでって……あれ?」
二人の話を聞き、もう一人が少し目を見開いてからニヤニヤしだし、
「あはは! 二人とも誰に聞いたん? 真実味ゼロやなぁ!」
「もぅ! ゆうなは、真面目に聞いてよ! 私は、先輩にだよ」
「…えっと……。私は、おねーちゃんから。あっ、そっか。えっと、おねーちゃんは、その遊園地に行ったことあるって…」
「うぉ! まじで? りおッチの姉さん、パネェのな! まゆミンの話より、よっぽど真実味あるぅ!」
「ちょっと、失礼な! そんな悪い子のゆうなには、こうしてやるぅー」
そう言った、彼女は、お返しだと横腹をくすぐる。
「ぅあはははっはははッッッ! ちょっ、止めてって、なぁ?っァははッッ、ほんと、ホントにたんまって!」
「…えっと、…その。私は、おねーちゃんに聞いたのだけど、おねーちゃんは、ネットで見付けたって」
「んぇ? わぉ! 結局、二人とも一緒じゃんよ。なあ?」
「だーね。今度、おかーさんにでも聞いてみますか」
「…だね…。そしたら、また明日の放課後ね?」
「おぅ! まぁ、家のおっかさんが、知ってそうに無いけどなぁー」
「えー? そーかなっ? 案外、学校サボって、行ってたかもよ? 噂の遊園地」
「いや、ナイナイって! 流石に授業は受けてんだろ。頭いいしさ」
「いやぁ、ゆうなが、それ言ってもなぁ。説得力がさ?」
「こんのぉー!」
「…ぇ、えっと、………私、そろそろだから」
「ん? あー、そっか。そんじゃ、帰りますかね」
「そ、だね。ん? 明日って、何か宿題あったっけ?」
「…えーと、……確かぁ…………」
会話を途切れさせずに、三人の少女たちは、廊下を歩いて行く。
僕もそろそろ帰るか、と蓮鵺もまた椅子から立ち上がった。
──耳に入った話し。
良くもまあ、こんな夕刻に話すもんだね。こんな、内容。
一番、人外の類いが、多く出没するって言われてる時間帯なのに。いや、知らないだけかな? でも、僕には、そんな勇気ないなぁー。
苦笑いに交ぜてため息をついた蓮鵺は、そのまま思考を続ける。
しかも、何だ? 僕の家の近くの遊園地の話しじゃんさ。あっ、廃園になってるから、もう、遊園地じゃないか。
あそこの噂話しって、小中学生の頃は、よく流行ってたよな。
確か、『メリーゴーランドの無人運転と、少女のワライ声』だとか、『拷問用の地下室がある』だとか。
そんで、あの女子達が、言っていた、『ジェットコースターの事故』と『ミラーハウスの入れ替わり』だとか。
廃園になってからの噂だと、『観覧車の声』かな。
警備で、見回った時に、少女の声が聞こえたって、ねぇ。確か、「…だ……して?」だったかな。何があったのやら。
まぁ、もっとも有力で、実証したって人と、被害にあったって、訴えられてる説は、……………『人形遊びの血印』………かな。
傾き始めた陽の光が、廊下におちる。
階段に差し掛かり、足元へ注意をむけるために意識が現実に引き戻された。と、共に先程まで、気付きもしなかった、ツクツクボウシとヒグラシの鳴く声が、耳に入り込んで来た。
つい最近まで、知らなかったのだが、両方とも蝉なのだとか。僕が知らなかったことに、お祖母ちゃんは、発端である僕よりびっくりしてたっけな。
──やがて、蓮鵺は昇降口にたどり着く。
上履きとは名だけの、内履き用のスニーカーを脱ぎ、金属製の下駄箱のくちを開く。
外履きのローファーに手を掛けると、革製の靴とは、また別の手触りに蓮鵺は戸惑う。
「え? なに、これ」
思わず独り言を溢した。
ローファーの上に置かれ、共に抜き出されたそれは、何とも奇妙な赤い封筒だった。
中身は? と、花びら形のシールを剥がし、これまた真っ赤な一枚の手紙を取り出した蓮鵺は、三つ折りのソレに目を通す。
【拝啓、(中略)
あなたを、待っています
つたえたい事が、あります
今日、葉月の8日、水の曜日。
場所は、貴方もよく知るところ。
目的を無くし、今は、野良の徘徊するところ。
廃園と化した、例の遊園地。その場所の、門前で…………
私は、貴方を待っています。ずっと、ずっと、………】
ラブ………レター……?
それにしては、ずいぶん不気味で、雑な文だけど………略って何だよ。
あっ! 病んデレな女の子なのかな? いや、リアルに居ないだろ。
ん? 人違いって可能性もあるのか。
まぁ、どうせ帰り道だし、寄ってくかな。
ん? 時間指定ないし…………おいっ!
よく見れば、宛先名もないその手紙を片手に靴を履き替えた蓮鵺は、本日何度目かという長いため息をつき、目を覆う伸び過ぎた前髪を掻き上げた。
──陽が山々の陰に沈むまで、あと数刻。
今作者が、ホラー作品を執筆致しますのは、初となります。どうぞ、お手柔らかに、宜しくお願いします。
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後拝読、ありがとうございました。
宜しければ、こらからもどうぞよしなに。
author:真宵夜々榊 より