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白い密葬  作者: 不屈の匙
6/25

夏の試験前(山)

こう、1、2って題名の振り方、味気ないかなと思っていまして。



 夏がすぐそこに近づいていた。森に近い皇国ではじわじわと喧しい蝉はもはや風物詩だ。神武天皇の頃から居たに違いない。


「だああ!うるさい!」

「セロ、お前の方がうるさいぞ」


 夏と言えば長期休暇だ。しかし長期休暇前には奴がいる。

 試験だ。

 別名を教師の洗礼(地獄の尖兵)という。落ちれば休暇返上で補習(地獄)に連行される。国を背負う人材を育成するのだし、仕方ないと思うのだが。

 俺たちは冷房の効いた町の喫茶店で勉強していた。カンナに教えてもらった穴場だ。

 セロは別段勉強は苦手ではない。ただ、よく寝ていてノートに空白が多いのだ。今も皇国史のノートを必死に写している。これはカンナにも当てはまり、カンナには化学のノートを貸し出し中だ。

 俺は文字の暗記系統は得意だが、数学や物理が少し心許ない。理系科目はひたすら演習をするに限る。




 しばらくしてカランと音を立てて人が入ってきた。マヨとメロだ。


「部活、お疲れ」

「ありがと、もう少しで夏の大会だからね」

「がんばる」


 二人とも吹奏楽部である。マヨはフルートでメロはチェロだ。


「そういえば、聞いた?」

「テスト最終日」

「退役軍人の講演会があるらしいよ」


 相変わらず双子は息ぴったりで情報通だ。楽しみだね、と二人で盛り上がっている。


「二人は将来何になるつもりなの?」

「僕らは皇軍の後方支援」

「鍵が支援系なの」

「……言われてみればお前たちの能力、見たことないな」


 二人は目を見合わせて、にっこりした。


「僕らはいつでも使ってるよ」

「目には見えない」

「「支援系だからね」」


 きっと気づくよ、そのうち。楽しそうに言い切られてしまった。その後は蝉に応援されながら勉強を再開した。




 カンッ


 朝日に照らされた校庭で甲高い音が響く。士官を育成するためにある学校であるから、鍛錬というものが付き物だ。朝の六時から朝食までの一時間半、それぞれの進路に合わせて訓練だ。

 文官なら、基礎体力を鍛える。ひたすら走る。軍の中でも後方支援――輜重隊とか整備部隊なら、基礎体力に加え護身術程度の体術。特殊攻撃部隊――鍵の能力を使った遠距離攻撃部隊及び近距離戦闘部隊――は精密な制御および遠近両距離での運用の慣熟。

 俺は特殊攻撃部隊近距離戦闘科選択であり、今まさに訓練の最中である。

 

 キィンッ


 カンカンッ


 近距離戦闘科は自分の鍵で作った剣の者か、木刀の者に分かれる。中には拳銃で接近戦をする強者もいるらしい。しかし、今俺が試合をしている相手は木刀だ。

 相手は支援系の鍵、おそらく速度に特化している。しかし、遅い。


 ヒュン


 相手は必死の形相で俺に木刀を突き出す。スイと氷の刃を合わせて受け流す。流石に太刀筋も見えてきた。受け流した勢いを殺さず、流れる水を意識して炎の刃を相手の喉元へ運ぶ。

ひゅう、相手の口から息が漏れた。終局だ。俺は氷と炎の刃を消して一礼した。


「いやあ、お見事!一年でここまでできるとは。城守、次は俺とやろう」

「……橙嶺(とうれい)先輩とですか?」

「そう嬉しそうな顔をするな」

「先輩、視力検査を受けた方がいいですよ」


 俺は嫌そうな顔を作って言ってみたが、先輩はさも愉快だという雰囲気である。


「城守は誰かに師事していたのか?剣筋がやたら綺麗だが」

「ああ、剣は祖父とその友人の一人です。流派自体は白蓮流とか、祖父が言っていましたが、実践は彼らが全員で仕込んでくれて……。そのうち一人は鍵の能力抜きで戦う人でしたが、一対一ですら一度も勝てたことはありません」

「それは、すごいな。鍵を使わずに城守より強いのか……」

「鬼です」


 祖父と二人の祖父の友人はタッグを組んで俺を楽しそうにしごいていた。もう二度と体験したくない経験である。じいちゃんたちは単独でも俺より強くて、泣くのをこらえて悔しがったのはいい思い出……だ、たぶん。

 遠い目をしたのに先輩は気づいたのか、そうでないのか。ここらでいいか、と呟いて立ち止まった。


「……構えろ」


 普段の陽気な雰囲気を収め、先輩中段に緩く構える。対する俺は両手にそれぞれの刃を逆手に持ち、乱戦の構えである。

 合図はなく同時に飛び出す。俺が右手を薙ぐ。やすやすと刃は受け流されるが、流れは止めずに弧を描くように。左手の延長が先輩を通るように。それもまた弾かれる。


(やはり、強い……!)


 流石七家の後継者。的確に攻撃を捌いてくる。さして早い剣ではないが、いつの間にかそこに存在している。


「チィッ」


 思わず舌打ちが出た。だから先輩とはやりたくなかった。橙嶺の血の鍵(サクセッション)は精神系統。表層意識だが心を読んでくる。一瞬できた隙に剣先が迫る。カァンと甲高い音を立て何とか弾き、距離をとる。


(だけど、それはゲンじいも変わらない!)


 俺の師匠たちは化け物だ。それに比べれば、先輩など、まだまだ。そう思えなくては。

 足を踏み出しつつ上段から下段に刃を運ぶ。足運びには緩急をつけて、剣筋に意外性を。意外性が失われたとき、俺は負ける。しかし、負けたくはない。


(楽しい)


 全力で戦う高揚感。じいちゃんが死んで、久しく忘れていた。俺たちの剣舞は次第にテンポが上がっていく。神経は研ぎ澄まされ、自分と相手の呼吸が近く感じる。剣が交わる音、地を蹴る音……試合の音だけが俺に聞こえる音。お互いの一挙手一投足が遅く思われた。


 ピタリ


 そんな音が聞こえそうな静寂の中で、俺の刃は先輩の首に突き付けられ、先輩の剣は俺の眉間に当てられていた。


「……引き分けですね」


 ちょっと悔しい。いい線いったと思ったのにな。周囲の雑音が耳に届くようになり、視界も広く輪郭を帯びた。じっとりと熱い空気が気になるようになる。俺の世界が段々といつもの様子を取り戻していく。


「後輩に引き分けられるとか……ショックだ。城守、またやるぞ」

「今日は勘弁してください。疲れましたし、そろそろ朝食です」


 先輩はまただぞ、と念を押しているが、俺は曖昧に笑うだけだ。こういうのはたまにがいい。でないと基本を忘れてしまいそうだ。まあ、偶になら、と先輩に答えた。

 朝食の前に、シャワーを浴びたい。そう考えて早足に寮へと向かった。




「それにしても、キイトはすごいな。あの橙嶺先輩と引き分けるんだから」

「本当に。まるで踊ってるみたいだったしさ」

「みんな、見てた。教官たちも注意を忘れるくらい」


 ファンクラブができるのも納得だよね、双子のその会話は信憑性が皆無なので無視だ。入学してから一度も告白されていないし。それよりも気になるのは、ユラギの「あの橙嶺先輩」というちょっと含みのある言い方だ。


「ユラギ、あのって形容詞が橙嶺先輩に付くってことは、先輩は強い方なのか?」


 先輩方とは離れているけど、声を低めて尋ねてみた。双子は信じられないものを見たとでも言いたげで、ユラギも食パンを咥えた状態で固まった。バターが垂れそうだ。ナプキンを渡す。


「キイト、君、本の読みすぎじゃない?」

「現実にも耳目を向けなよ」


 レタスの突き刺さったフォークをくるくる回しながら、双子は呆れた顔を隠さずに言い切った。ユラギも慌ててパンを平行に持って追い打ちをかけてくる。


「双子の言う通りだ。橙嶺先輩の強さは学内じゃ有名だ。紅崎先輩と唯一まともに試合ができる人だからな。……必然的にキイトも学内トップクラスということになる」

「へえ……」

「なんか、反応薄くない?」

「実感がないから、仕方ないだろう?俺は師匠から一本も取れたことがないから、自分が強いとはあんまり思えないんだよ」

「ふうん?」


 セロとメロは珍しく表情の揃っていない不満顔だ。それに、と俺は付け加える。


「お前たちもやりようによっては先輩と互角に戦えるだろう?」

「ばか、剣技では無理だ。確かに四肢をぶった切っていいなら俺でも何とかなるだろうが」

「なっちゃうんだ……」

「……流石我らが首席」


 双子が茶化す。


「まあ、僕らは場所と条件次第かなあ」

「剣の勝負は、無理」


 やっぱりできるんじゃないか、その言葉は最後のベーコンと一緒に喉の向こうに消えた。




鍵の争奪(ジハード)を、皆さんはご存知ですかな?」


 今日の鍵の心理学の授業は、ヨヨ先生のそんな一言で始まった。

 唐木(からき)ヨヨ先生はその道うん十年の生きた化石みたいな先生だ。よぼよぼと教壇に登り、挨拶以降椅子に腰かけ絶対に立たない。次に立つのは帰る時だ。板書はないが、不思議と耳を通る声で授業を行い、寝る者はいない。いたところでヨヨ先生は注意などしないだろうが。


「これは一種の禁忌でもあります。届け出が認可されればしても罪には問われませんが。……そうですね、皆さんは鍵が自分のものだと思っているでしょう」


 いまさら何を言い出すのか。きっとみんなそう思っている。先生は生徒がみなキョトンとした顔をしているのを満足げに見渡し、ですがね、絶対ではないのですよ、と続ける。


「一定の基準を満たすことで他人の鍵を自分のモノにできますな。皆さんは親御さんから、みだりに自分の鍵の詳細を言ってはいけないと言いきかせられた覚えはありませんかな?この教えは自分を守ることにおいて非常に大切なのです」


 それから先生はとつとつと鍵について話していく。


「そもそも、私たちが鍵と出会ったとき、私たちは私自身と敬意を持って向き合い、鍵を名付けたはずです。これは己の心を表出させることに他なりません。……心とキチンと向き合えなかった者が死に至るのです。確証はありませんがね、現在の見解ではそう結論されております。

 そして表出された心は他者にも触れられます。他者が己より己を理解した時、鍵は己の鍵ではなくなる。深層の意識が浅層の意識を拒絶し、鍵が己より他者を認めることによって他者に鍵の権能を使用する優先権が生ずるのです。


 つまるところ、鍵に本人よりも相応しい名前を付けてやればいい。


 しかしこの鍵のやり取りは危険に満ち満ちておるのです。腐っても他者の鍵ですから、取り込めば拒絶反応を起こすこともあるのですね。つまり、既にある鍵との衝突。新たな人格の創出。下手をすれば死に至ります。資料書の八十二ページを開いて。数十年前に行われた欧州連合の実験が載っていますね。

奪われた側もただでは済みません。心を奪われ、生命活動をするだけの器になってしまう確率が高い。例外的には、光家や七家などの血の鍵(サクセッション)ですね。あれらは元々ご先祖様の鍵ですから、奪われてもさして問題はないでしょうが、鍵が血に依存している分他者に対する拒絶反応は酷いものです」


 キーンコーンカーンコーン


「ああ、終わりませんでしたね。来週、はもう試験ですから、来学期に鍵の封印について学びましょうかね」


 先生はとんとんと教科書を揃えて立ち上がった。


「試験、頑張って下さいね、この年になると追試は作るのは辛いんですよねえ。それは兎も角、己の鍵を手放してはいけませんよ」


 そう言ってヨヨ先生はよぼよぼと音を立てるように去っていった。

 己の鍵を手放すな、その言葉が、やけに耳に残った。




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