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白い密葬  作者: 不屈の匙
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部活動と白い魔女

「おはようござます」

「おう、おはよう」


 鷹揚に手をあげ、にこやかに挨拶を返してくれるのは、守衛の鈴木さんだ。皺を寄せて笑顔を向けてくれる。


「今日も精が出るね。朝の訓練もあるのだから、ほどほどにね」


 鈴木さんは手早く外出の手筈を整えてくれる。入学して以来ほぼ毎日のことだから、いい加減慣れたらしく当初とは比べ物にならないスピードだ。


「ありがとうございます」

「頑張ってね」


 外出許可証を胸のポケットにしまい、俺は桜が散ったがまだ薄い緑の桜の樹々の影を通って、日課のランニングを始める。

 十分な広さがあるのだから、本当なら学内で走れば良いのだが何年も続けているので、どうも街中を走らないと調子が狂うのだ。毎日走っているので住民たちとは顔見知りだし、身寄りのない俺を心配して早起きの老人たちは俺を構う。じいちゃんには世話になったからと、リンゴやら水やらをくれるのだ。すれ違うたびに挨拶していく。


「キイトちゃん、おはよう」

「おはようございます」

「これ、持っていきなさいな。食べきれなくてねえ」

「ありがとうございます」


 渡されたのは、お汁粉の缶飲料だった。……決して、邪魔なものを押し付けているわけではないと信じたい。




 森林演習が終わり、土日を挟んで授業が再開された。現在、部活や委員会の勧誘が激化している。春のオリエンテーション――森林演習は、運動部や委員会の勧誘の目安に使われるらしい。

 俺のところには、ひっきりなしに勧誘が訪れていた。どれもあまり気乗りしないので断っている。しかし、今月末には所属先を決定しなければならない。




 昼休みは逃げられないが、放課後は別だ。全力で逃げを打つ。そうして訪れたのは図書館だ。半ば演習林に埋もれたような建築物だ。ここには本好きしか長居しない。一般生徒は試験前に本を借りに来るだけらしい。


 白い魔女が住んでいる。


 そんな噂が実しやかに囁かれているからだ。俺は信じていないが、マヨを誘ったときには全力で拒否られた。かなり居心地がいいと思うんだが。




(今日は、七家の歴史かな……)


 俺の復讐相手は七家の誰かだ。だから相手をよく知らなくては。


(俺の中で眠っている鍵についても、何か記述があればいいんだけど)


 軋む通路を進んで本棚を左右に見る。下段に家で見覚えのない本を見つけて手を伸ばす。すると、黒い杖がどこからともなく伸びてきて俺の手を弾いた。


「ここらの本は禁書。図書委員と一部の教師、七家の人間しか閲覧できないよ」


 声の主を見上げると、真っ白な髪に赤い瞳の少女がいた。この人が白い魔女だと直感した。ここの学生ではないのだろうか、黒一色のセーラー服を着ている。教師にも見えないし……。

 少女は無表情にこちらを眺め、一つ頷いて言った。


「君には、見つめる手段があるはずだよ」


 それだけ言って長い髪を翻し、本棚の陰に消える。さっぱり意味が分からない台詞は、古びた空気に溶けた。




◇◇◇


「よろしかったのですか、カツキさま」

「いいんだよ、本の匂いがしたから」


 白い魔女は窓際の大きな鏡の前のカウチに腰かけ、優雅に緑茶を口に運ぶ。満足する味だったのだろう、ふうとばかりに息を漏らした。



◇◇◇


 帰り際にコヨリを見かけたが、食い入るように本を読んでいたので声は掛けなかった。彼女は見た目を裏切ることなく本が好きらしい。読んでいたのは太宰だったが、残念ながら聞いた覚えのないタイトルだった。




 結局知りたいことはほとんどわからないままに図書館を去った。寮で食事をとる。最近は先輩方の勧誘がうるさいので自炊している。学校の食堂は安いとはいえ有料には変わりないので節約も兼ねている。

 一人っきりの食事は手を抜いたものになりがちだ。自分のために手の込んだものを作るのは面倒だ。祖父亡きあと、栄養以外は完全にやる気のない料理がキイトの食卓に上る。今目の前にあるのは、野菜炒めと白米のみだ。

 味気ない食事を終えれば、いつもなら今日の授業の復習と明日の授業の予習をするか、家から持ち出した本を読む。しかし今日は白い魔女の言葉が気になって勉強が手につかない。勿論、本を読む気にもならない。


(見つめる手段って、なんだ?)


 考えても、どうしようもない。今日はもう何もかも放り出そうか。

 そんなふうに考えていたとき、チャイムが誰かの来訪を告げた。


「キイト、いるか?」


 ドアの向こうにはユラギとセロと橙嶺(とうれい)先輩がいた。あんまりにも夕飯に食堂に訪れないので、心配して来てくれたらしい。橙嶺先輩が来たのは意外だった。


「寮監だからな。大した手間でもない」


 だから気にしなくていい、と笑った。玄関先でもてなすことは、俺にはちょっとした難問なので、散らかっているけど、と言って三人を中へと招き入れた。

 学生寮だから、部屋は大して広くない。そこに発達途上の高校生とはいえ四人も入るとどうなるかと言えば、当然、狭い。加えて、俺の部屋はそこかしこに本が積まれている。とにかく場所を作るため参考書の広がったテーブルの上をざっくり片し、薄めの座布団を三つ出す。


「すごい本の量だな」

「まあ、そういう家系なんで」


 橙嶺先輩が感心したように言うので、そっけなく返す。蔵書家なんだな、とうんうん頷いている。

蔵書家は嘘ではないけど、城守は両親の代まで代々皇立図書館の館長だった。両親が亡くなってからは、その役目を辞してこの辺りに引っ越したのだ。

 俺は客人たちに先日解凍したばかりのゆず茶を淹れた。季節外れだが仕方ない。茶葉のストックが心許なかったのである。うっすらとと湯気が立ちのぼる不揃いのカップを並べる。二つは先日の森林演習入賞の副賞だ。なかったら茶は出せなかっただろう。お茶請けは近所のスーパーで買ったお徳用のチョコレートと煎餅である。

 橙嶺先輩が一口含み、うまいな、と呟いて、少し考えるような素振りを見せた。一年三人組はまったりと雑談する。しばらくして先輩がおもむろに口を開いた。


「……お前たちは、部活はどこに入るか決めたのか?決まってないなら俺が会長を務めている喫茶同好会に入らないか?」

「先輩、勧誘にまいってるキイトの前ではそういう話はしないって約束したでしょう……まあ、俺は生徒会に誘われたので、そっちに」

「僕は薙刀部です」


 先輩は期待するように俺を見る。


「……俺は、図書委員会にしようかと」


 口に出した時、これだ!と思った。禁書も読めるしいいじゃないかと。しかしユラギとセロは耳を疑うようなことを聞いたとばかりに変な顔をするし、先輩は難しい顔をして口を開いた。


「このゆず茶、手作りだろう?お前の才能は料理にこそ――」

「先輩、そっちよりもまず図書委員会に入るのをとめるのが先です!」

「いや、でも、いいんじゃないか?意外にキイトに合っていると思うぞ?」

「万木君、止めようよ!白い魔女の噂、君も聞いたことあるだろう!?」

「デマだろ?」

「……白い魔女なら、今日会ったけど。たぶん」

「キイト!?それ本当?なんでそれで入ろうと思うのさ!」

「城守、部活と委員会は掛け持ちできる。だから是非喫茶同好会に入れ。な?」


 俺の部屋が混沌としてきた。不思議と嫌な空気ではない。先輩はお茶と菓子について語っている。入る、入らないの攻防は一時間に及び、結果は一勝一敗。俺は図書委員会と喫茶同好会に入ることになった。

 セロは諦めたように溜息をつき、先輩は上機嫌だ。ユラギはところで、と言いおいて俺に質問する。


「白い魔女って、どんなだった?」

「どうって……不思議な人だったよ。掴みどころがなくて」

「キイト、見た目は?」


 セロも気になったのか俺たちの会話に混ざる。


「アルビノ体質で、黒づくめだった。美人だったと思うけど……あれ」

「どうしたの?」

「細部が思い出せない」


 おかしい。印象に残った人の顔は忘れないんだけどな。

 ユラギは悩んでいる俺から先輩に質問の矛先を向けた。


「先輩は何かご存知ですか?」

「……噂は去年から流れ始めたんだよ。城守のように、みんな顔を覚えてない。白い髪と赤い瞳だけを覚えている。だから噂になったんだろうな」

「うわあ……僕、図書館行きたくないな」

「実害はないだろう?学校側が捜査に乗り出さないのだから、気にせず使えばいい。この学校は建国からあるだけあって、色んな噂があるからな。怖がって使わなければもったいないぞ。先輩からの助言だ」


 キイトは橙嶺先輩は意外と図太いんだな、としか思わなかった。きっとセロがキイトの心の声を聞いたら、キイトもだからね、と呆れられるに違いなかった。




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