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白い密葬  作者: 不屈の匙
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納刀の卒業式(乙)



 卒業式があと一週間に迫ったころの土曜日の午後。夕暮れ茶館には喫茶同好会の面々が集まっていた。橙嶺先輩の送別会だ。

 とはいえ、いつもの集まりとさして違うわけではない。


「なんだ、こう……普段と変わらんな」


 楽しそうだが、どこか釈然としない橙嶺先輩に、甘利先輩がいつもは使わない敬語を装備し、慇懃に答える。


「最近ご無沙汰だったでしょう。いつも通りの方が懐かしいかと思いまして。それとも特別な会を期待していましたか?」

「とか言いつつ、面倒臭かっただけなんですけど」


 柑子先輩があっさりと実情をばらしてしまう。橙嶺先輩もわかっていたのか、苦笑しつつも楽しげだ。流石に付き合いが長いだけあって、俺やカンナが口を挟むことが憚られる。

 とは言っても、カンナは俺が持ち込んだレモンタルトに夢中だが。結構自信作だ。

 レモンは冬が旬だが、一年中取れる。春に取れるタイムも刻んで混ぜたレモンカードと、さっぱりとしたヨーグルトのタルトだ。土台部分は燕麦の混じった小麦の香りが強いものを使ってみた。甘いものが少々欲しくなったのか、カンナは紅茶に角砂糖を三つ投入した。冷めていたのか溶けきっていない。ヨーグルトはもう少し甘くした方が良かっただろうか?

 俺は俺で、甘利先輩が持ち込んだサンドイッチに舌鼓を打っている。味がしっかりついたハムと熱で柔らかくなったチーズと溢れんばかりのレタスが挟まったもの。歯ごたえのしっかりしたトマトと瑞々しいサラダ菜の挟まったもの。どれも美味かったがこの二つが気に入った。パンに塗っているバターに何か混じっているのだが、俺にはそれが何か分からず内心首を傾げている。


「どれ、そっちのタルトとサンドイッチをもらうか。柑子、茶」

「かしこまりました」


 橙嶺先輩は皿に手を伸ばし、柑子先輩は手際よく紅茶をカップに注ぐ。とぽとぽと音を立てて吸い込まれるようにカップに薄茶の液体が満ちる。ふんわりと花のような香りがこちらにまで漂う。卒業する先輩のためにコッソリ仕入れた珍しい茶葉だ。例のごとくカンナが見つけてきた。

 しかし、ここまで薫り高く淹れることができるのは柑子先輩のみだ。同じように淹れているはずなのに、全然違う味、色、香りになる。

 残念なことに、俺は誰よりも茶を淹れるのが下手だった。先輩たちに茶葉使用禁止令が出されて凹んだのは、ここだけの話だ。

 もぐもぐと口を動かしていたカンナが、そういえば、と前置いて質問を投げる。


「そういえば、先輩は防衛大学に進学されるんですか?」

「あー、皇都大学の方だ。迷ったんだが、そちらにした。家族の勧めもあったし、ソナエにも頼まれたんでな……」

「ソナエっていうのは先輩の婚約者な。ちょっとキツイ美人なんだ」

春明(はらけ)ソナエ様は紫原家の縁者なのだけど、お二人は仲がいいのよ」


 照れくさそうに尻すぼみに言う橙嶺先輩を、甘利先輩と柑子先輩が補足した。相変わらず息ぴったりだ。


「ソナエ様は戦闘系の保持者(ホルダー)ではないから、一般的な高校に通っていらっしゃるの。それで、大学くらいはいっしょに過ごしたいらしいのよ」

「ソナエには戦ってほしくなくて、高校は別にしたことをまだ根に持っていたようでな……」

「羨ましい限りだよ」


 苦笑気味の先輩方に、俺も頬を緩ませた。そこで一通りの料理を胃に収めたカンナが口を開いた。


「でも先輩、大学で何を学ぶんですか?皇都大学って、士官校と大分違いますよね?」


 確かに、カンナの言うとおりである。皇都大学では主に学術的な研究が盛んだ。純理論分野では国内有数の大学だが、士官校のような実践的な戦闘とは距離を置いている。橙嶺家は家令や侍女を輩出する家系なので、先輩の今の実力でも十分と言えなくもないが……。


「大学では、経済の方に進むつもりだ。将来必要になるのはわかっているからな。教育なんかにも、興味はあるが」

「貴族ってのは面倒だよなあ。家によってはやりたいことが制限されるし、友人だって用意されるんだから」

「貴族とはそういうものだ」


 淡々とした受け答えは堂に入っていて、その考えは先輩の中で自然と存在しているようだった。俺もこんな大人になれるだろうか。


「でも、結構俺らに雑用押し付けてるよね?で、やりたい放題だよな」

「甘利にしてはいいこと言うわね」

「え……!?そんなことないだろう!?」

「「……」」

「否定しろよ」


 俺泣いちゃう、シクシク、とウソ泣きする先輩の頭をベシィといい音を立てて柑子先輩が叩く。


「お前のツッコミは殿堂入りだな……。しかし、お前らとの掛け合いもこれで終わりか」

「何言ってんのかな、この人」

「は?」

「本気でご理解できないと。こんなのが春から皇大生なんて、嘆かわしい」

「え?」

「俺は元々皇都大学志望だし」

「家から、アキヒト様の補佐をするように言われてますので、必然的に私も皇都大学に進学する予定です」

「お前たち……!」


 先輩方が盛り上がっているところに、カンナがポツリと一言。


「甘利先輩って、頭良かったんですね……。柑子先輩はともかく」


 ピシッと一瞬硬直した。確かにと頷き、俺も思わず言葉を足してしまう。


「俺は橙嶺先輩の成績が良かったのも意外だったんだが……。ま、確かに甘利先輩、見た目が軽いからな」


 よくよく甘利先輩を見る――見なくても、柔らかく長めの明るい髪に垂れた瞳、いつでも片方だけ上がっている唇、軽薄な言動が自然と目に入る。アクセサリーも常備している。通常の状態なら――


「ナンパな兄さん、だな」

「「ぶふっ」」


 噴火前のようにぷるぷると震える甘利先輩と、耐えきれず目に涙を浮かべて噴き出す先輩たち。しまいには二人は腹を抱えて笑っている。


「お・ま・え・ら~!!どういう目で、俺を見ているか、よ~くわかった」

「まあ、甘利、そんな怒らないでよ、ふふっ。それに、あ、あながち間違いでもないでしょ」

「俺は硬派だっ」

「見た目が軽そうなのは認めるのね。それにしても、こ、ここまで、ふふっ、説得力の無い、自称硬派もないわ」


 甘利先輩は笑い転げる柑子先輩に目をやると、ますます顔を赤らめた。その様子に、また爆笑が起きて、しばらく誰もまともな言葉を発することはできなかった。




 どんよりとした灰色の雲の下、卒業式が行われようとしていた。正直、三年生と生徒会の役員以外の生徒は帰省している。

 俺は講堂の二階席から双眼鏡を覗きこんで、粛々と進む式に参列している色家の面々を確認していた。


「……おかしい」


 鍵の記憶の男性に一致する人間がいない。ユラギに頼んで教えてもらった貴賓席に、俺の仇が見つからない。一般人が多い――俺が出入りできる公式の場に、七家の当主夫妻が勢ぞろいする機会なんて、これを逃したら多分二度とない。

 あまり使いたくはなかったが、やるしかないだろう。


 ふっと体に入った力を抜き

 つ、と対象の左胸に焦点を合わせ

 朗朗と(しゅ)を唱える


「汝の名を示せ」

「我、汝の名を知る者なり。我、汝の力を()る者なり。汝の姿開かん」


 次々と情報が浮かび上がる。特におかしいものは――……


「っ!」


――白藍セイイチ(偽装中)

――『自己犠牲(偽装中)』『極楽の夢(偽装中)』


 どういうことだ?氷の彫像のような白藍家当主に焦点を合わせて、初めての呪を唱える。危険ではあるが、こうなっては気づかれるのを覚悟してやるしかない。


「我、汝をしる者なり。汝の真価、現さん」


 一瞬だが、びくりと体を震わせ、急速に顔色を失い――先程までの無表情とはかけ離れた殺気を飛ばしてきた。しかし俺はそれを気にしている余裕はなかった。鈍い光を放つ鍵を見つめる。


――白藍ニキチ

――『まやかし』


「死んだはずの……!?」


 白藍ニキチ。それは、死んだはずの、白藍家現当主の弟の名だった。頭の隅で、パズルのピースが音を立ててはまっていく。


「そこまで知っているとはね」

「ッ!!」


 驚いて振り返れば、客席の最後列に無表情な白藍ニキチがいた。


「忌々しい。白の生き残りが」


 ――この世の嫌悪を煮詰めたような声音は、彼の無表情と相まって、言いようもなく不気味だった。


「なぜここにいる……?式典の最中だろう」


 ちらと貴賓席を見れば目の前の男がいた。鍵の名から考えるに、あちらは幻影なのだろう。


「さあ。『私』なら、貴賓席にいるが?」


 予備動作はほとんどないままに、男はナイフを投げてきた。


「とても医者には見えないな」


 これで戦闘に関わらない家系というのだから、世の中おかしいと言える。ナイフを作り出した氷刃で弾く。


「人を切ることに躊躇していては、医者は務まらない」


 いったいどこに隠していると言うのか、投げられるナイフは底を見せない。


「それにしても、人に見られる可能性がある場所で、いきなり殺しにかかるとは。貴族としてどうなんだ」


 ナイフの集中砲火の中、キイトは普段と変わらぬ、散歩のような速度で近づきながら問うた。


「貴族に刃を向けているお前に言われることではない」


 確かに、立場的には、俺が圧倒的に不利であることは間違いない、が。


「正当防衛だ」


 挑発にも、心は凪いだままだ。


「私もまた、正当防衛だ。本人の同意もなく、人の心を探るとは……これだから、落ちぶれた無礼者は」


 最後の赤い階段を踏む。


「俺は真実を知りに来た」


キィン


「全ては、まやかしの中。お前が知る必要もない」


 相手が抜き放った小太刀が迫り、鍔迫り合いになる。


「全ては白日の下に晒される。いや、晒す!」


 グッと力を籠め男を押し返し、距離をとる。


「お前は、白藍ニキチ。顔も、本当は息子のヒジリ殿に似ているんだろう?」


 ピクリと、肩が上がる。先程、もう一度ヒジリさんを見かけて、鍵の記憶上の男に似ていると気づいたのだ。


「お前は、当主になりたかった。だから兄の持つ血の鍵(サクセッション)を欲した。そしてじいちゃんを襲った!」


 二人とも、数歩の距離を挟んで止まっていた。


「白練の鍵を奪えば、他者の鍵を比較的簡単に奪えるから!……違うか」


 キイトの断定的な口調に対して、男は沈黙を守っていた。


「母さんとじいちゃんから鍵を奪うのに失敗したお前は、実の兄を殺し、兄に成り代わった。真実はお前の鍵、『まやかし』によって辻褄が合うように捻じ曲げられた」


『まやかし』によって、自身は兄に見えるように、兄は弟のように、兄の鍵を持っているように見せかけた。血の鍵(サクセッション)にやたらと固執しているのも、鈴木さんがちぐはぐな証言をしたのも、状況証拠になり得る。


「何より、お前の鍵が疲れている。叫んでいる。もう誤魔化すことに耐えられないと!汝が主の真の姿、もはや偽らざるべし!」


パリィン


「やはりな」


 余りにもあっけなく現れたのは、ヒジリさんを釣り目がちにし、年相応に老けさせたような男だった。


「知られては、どうしようもない。消すまで」


 苛立ちを示すように、彼の眉が跳ね上がっている。


「一般人を殺していいのか?」


 やばい、どうしようかな。冷汗が背中を伝う。真実は確認できたし、戦意はとうに無い。貴族を殺すと面倒だ。わかってはいたが、圧倒的な社会的不利を感じる。


「なに、東宮さま暗殺未遂犯を処理するだけだ。安心するといい」


 ますます逃げられない。氷刃と火刃を構え、迎え撃とうとした、その時。


「そこまでだよ」


 凛とした、一陣の風のように二人の衝突を遮る者が現れた。真黒なセーラー服に身を包んだ白い魔女だ。


「全く、光家の次期であるわたしの披露目も兼ねた式典で、何をしているのかな。臣下として、なってないよね」


 まあ、披露目なんていつでもいいんだけど、と吐き捨てる少女に驚き、二人揃って硬直する。


「ねえ、ニキチ、光を受け継ぐわたしが、君が、嘘を吐いていることに、気づかないと思った?ひっそりと皇家を支えてきた、白の一族を弑して、何も沙汰が下らないと思った?」


 頑是ない幼子に語りかけるように一語一語区切って、男を暴く。


「カツキ様。そろそろ仕事の出番では?」


 少しばかり青ざめた表情で、なおも抵抗する様は、もはや見事と言うほかないだろう。

 白い魔女は、鼻で嗤った。


「心配には及ばないよ。影武者なんて、鏡の数だけ存在する。……お前は兄より政治に優れていたし、次期当主がまだ学生だから目を瞑ってあげていたけど……君には追って沙汰を下すよ」


 言葉もなく、床に手をつき項垂れた。彼が最も執心していた地位が奪われるのが確定していた。

 冷めた紅い瞳で崩れ落ちた男を一瞥すると、今度は俺の方に向き直った。


「さて。白練の最後の生き残り。君もまた、罰を受けてもらうよ」


 式典で、周知されてはいないが騒ぎを起こしたのだから当然である。鍵の導くまま(・・・・・・)、俺は臣下らしく跪いた。


「その前に。君は白練の再興を望むかい?」


 思いもよらない問いに、勢いよく顔を上げるが、緩く首を横に振る。

 それを見て白い魔女――次期さまは薄く笑った。


「そうだろうね。ふふ。では、罰を言い渡す。今年から、素性を隠し無私無償でわたしに仕え、色家の会合に参加すること」

「!?」


 それって、罰になってないんじゃないか?この国の血の鍵(サクセッション)を持つ者は、光の鍵の保持者に仕えることを、至上の喜びと感じてしまう(・・・・・・)のだから。


「いいんだよ、これが。あるべきものがあるべき場所に戻った」


 相変わらず、真意の掴みづらい言葉ではあるが、本人はもう語ることはないというように、踵を返して二階席を去っていった。


 壇上を振り返れば、時期さまが理事長挨拶をしていた。色家の血の鍵の保持者は皆、胸に手を当て、頭を垂れていた。

果たして、どちらが本当の次期さまだったのだろうか。




 季節は巡り、再び薄紅色の季節がやってきた。

桜の花弁が止まりそうなほどゆっくりとおりる。その中で、俺は墓石の前に腰を下ろしていた。


「じいちゃん、俺は白いままだ。これからもまたそう在れるかは、分からないけど」


 立ちこめる線香の匂いが、鼻腔をくすぐる。


「ま、なるようになるさ」


 膝を曲げ、立ち上がり、全てを振り払うように、ぱん、ぱん、とスラックスについた土を払う。

 左手につけた時計を見る。八時十分前。


「キイトー、学校行こう!」

「わかった、今行く!」


 聞きなれた幼馴染の声に応える。そして、唇の端に笑みを乗せながら、あまり大きくはないが、はっきりとした声で呟いた。



「いってきます」



ここまでお付き合いいただきありがとうございましたm(_ _)m

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