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白い密葬  作者: 不屈の匙
15/25

菊光祭(西)


「キイト、どうしたの?」

「元気ない」

「なんでもない」

「そうなの?」


 朝から双子がやってくる。様々に噂話を俺に振ってくれるけど、俺はいつにも増して上の空だ。二人はいつの間にか俺の目の前から消えていた。


 いつもよりボーっとしているから、つまずく回数も多いし、ユラギとの模擬戦でもあっさり負けてしまう。ユラギにも心配されてしまった。


「キイト、本当に平気か?医務室に行ってこい。な?」

「平気だよ」


 とにかく、早く休めよ?と念を押されてしまった。俺は曖昧に頷く。みんなして心配しすぎだ。そもそも俺は体の不調ではないし。落ち込んでいる理由も、話せないけど。とにかく、一人になりたい。でも、今日も委員会なんだよな……。


「ね、ね、城守君、聞いた!?」

「……どうしたんだ?」


 大橋さんがいつもより明らかにテンションが高い。一人になりたいのに、なかなかなれず、自分でも失礼だなと思うくらい愛想がない。でも、本人はそれどころではないらしい。


「『蒼の棺』、続編が出るんだって!しかも、モデルになっている探偵さんがサイン会に来るらしいの!」

「……へえ」

「城守君、好きではなかった?」

「好きだけど」


 今、それどころじゃないんだ!その言葉は流石に堪えた。言ってしまえば、図書館が火の海になりそうで。怒りに歯止めがきかなそうで。

 幸い、大橋さんはそれ以上何も言わずに本を借りて去っていった。




 ピローン


 間抜けな音が誰かの来訪を告げる。いつもなら大して気にならない音も、今は苛立ちを助長するものでしかない。かといって、応答しないわけにもいかない。重い体を苛立たし気に動かして客を出迎えた。


「誰です?」

「俺だよ、俺」


 詐欺か……。


「あ、今閉じようとしただろう!見舞いに来た寮監だから」

「仕方ありませんね、今開けます」


 橙嶺(とうれい)先輩は俺にメロンを押し付けた。俺、病人じゃないんだけど。


「ったく、季節の変わり目にしてもひどくないか?でも、昨日まで元気だったよな」

「そうですね」


 俺は適当に相槌を打つ。


「まあ、お前は体は元気そうだよな」

「体が元気じゃない人、いっぱいいるんですか?」

「ああ、何人かがひどいな。嘔吐が止まらないかお前みたいにぼおっとしていて、お前よりずっと反応が薄いらしい。病気の検査は全部白だ。原因がわからなくて、医務官が途方に暮れているよ」

「共通点はないんですか?」


 先輩は首を横に振った。


「学年も性別もバラバラ、所属する部活も、出身地も違う。貴族も庶民も関係ない。さっき、白藍(しらあい)家に出張を依頼したと理事長が言っていたよ」

「それ、話しちゃっていいんですか?」

「お前も被害者だしな、無関係じゃない。菊光祭にはこの騒ぎに片が着くといいんだけどな……」


 最後の文化祭だし、いいもので終わりたい。先輩はその後しばらく愚痴を言い続けた。


「そういえば、(さかき)から頼まれてたんだ」


 がさごそと鞄を漁って、ほい、と渡されたのはレモンだった。

じゃ、また同好会でな、と言って先輩は帰っていった。何したかったんだろう。


 さて、やっと帰った。そう思ったら、今度はマヨが来た。


「部活の帰りか?」

「まあね。文化祭も近いし」


 俺はキッチンからマグを二つ取り出し、お茶を淹れる。淹れずに席に着けば、お茶、と催促が来るのは目に見えている。座ってもう一度というのは、普段の俺でも億劫だ。

 ことりとマヨの前にマグを置く。マヨはしばらく湯気の立つマグを見つめていた。俺が自分の分の茶を飲み終える頃だろうか。痛いような沈黙の中で、マヨは真剣な面持ちで口を開いた。


「何を悩んでるの?」


 何に悩んでいるか、言うべきなのだろうか。幼馴染であるマヨも、俺のじいちゃんが他殺であることは知らない。死んだという事実しか、知らないのだ。だんまりを決め込む俺に構わず、彼女はお茶をすすっている。


「ねえ、何を悩んでるの?あたしにも話せないこと?」


 常にない穏やかな口調でもたらされた言葉の後、気まずい沈黙が、再び二人の間に落ちる。俺はグッと手を握りこんだ。


「……あたし帰るよ、ごめん、邪魔して」


 マヨは顔を一瞬歪めてすぐ笑顔で塗りつぶす。そして一度下ろした荷物を背負いなおそうとした。


「盗まれたんだ……」

「えっ?」


 マヨの驚いた顔が目に映る。俺も驚いていた。マヨに相談は、したくなかったから。だから一層、つるりと零れ出た言葉に動揺を隠せない。マヨが座りなおしたのを確認して、深く息を吸って、吐く。


「じいちゃんから受け継いだ、遺産。とっても大切なものなのに、盗まれたんだよ」


 マヨは真剣な顔で先を促す。


「誰が持っているのかもわからない。取り返せるかも……何より、俺がそいつに勝てるかどうか……」


 口に出して、また無力感が襲ってくる。犯人の目星もつけられず、相手の力量も測れず。

 目の前に可愛らしい花柄のハンカチが差し出された。訳が、わからない。


「涙、でてるよ」


 ああ、本当だ。ズボンにシミを作っては段々に消えていく。しかし途切れることはない。


「キイト、話してくれてありがとう。あたしは知ってるよ、キイトが強いってこと。技もだけど、心もね」


 マヨはおもむろに自分の荷物から愛用のフルートを取り出した。


「だから、あたしにできるのは応援だけ」


 勿論、できる範囲で手伝うよ?微笑みながらフルートを構えた。

 目を閉じて、ふぅと楽器に息を吹き込む。いつもと同じ部屋なのに、いつもと違う空気に変わる。高さの異なる音が途切れることなく紡がれていく。時に短く、テンポよく。時に長く、焦らすように。四方から流れ来る音楽に、俺は溺れる。次第に曲は最高潮(クライマックス)を迎え、落ち着いたものに変わっていく。終盤が近い。マヨの顔は熱を帯び、僅かに紅潮している。

 伸びていった最後の音が溶けて、マヨが瞼をあげる。

 流れた時間は、時計を見れば大したことはなかった。それでも、貴重な、幸せな、とても豊かな時間であった。

 曲の名前も知らないし、マヨの腕だってアマチュアレベルだろう。しかし、俺のためだけに生み出された音楽に、贅沢を感じ、何より感謝していた。だからすんなり言葉が出る。


「ありがとう、マヨ」

「べ、別にいいの!今度は早く相談しなさいよね!」


 マヨは何が気にいらなかったのか、顔を赤くしてドタバタと帰り支度を済ませて逃げるように出て行った。感動したのに、ちょっと傷つく反応だ。マヨが不器用なのは知り合ってから変わらないこと、気にしてはいけない。すっきりしたのは事実だ。


(探そう。諦めなければ見つかる……たぶん。元々、家族を殺した奴だって、見つかっても勝てるかわからないのだし。そういうのが、一つ増えただけだ)


 マヨが強いと言った俺の心を、俺は信じてみることにした。




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