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白い密葬  作者: 不屈の匙
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桜の散るころ


 ひらひらと舞い落ちる桜の中、一人の少年が墓の前に立っていた。左手で墓石の上に積もった花びらを払い、右手に持っていた酒瓶を傾ける。清酒はとろりとろりと艶やかな灰色の石を伝う。


「キイト、早く!」

「わかった、今行く」


 少年はしばし物言わぬ墓石を見つめて、行ってきますと呟いて踵を返した。




「まったく、入学式に遅れたらキイトのせいだからね」

「悪かったって。……ちょっとじいちゃんに挨拶してたんだ。しばらく帰れないから」


 マヨはしまったというような表情になる。別に気にしなくていいのにと思うが、幼馴染の彼女には無理な相談だろう。優しいがけっこう迂闊で不器用だ。今も何を言って話題を逸らそうか、必死に考えている。


「学校は近いんだし、遅れることもないだろう」

「~~気持ちの持ちようよ!……あ、見えてきた」


 緩やかな丘を下り、見えてきた学び舎。これから通う場所……と言っても寮生活だが。


「すごいな」

「今日だけで三百人くらい入学するんだもの。保護者をいれたら単純に倍じゃない」

「そうなんだけどさ」


 大きく開け放たれた門に次々と人がのみこまれていく。普段はこの門の前を通ってもほとんど人気がない。出入りするのはいくらかの業者と外に用のある学生のみ。活気のある様子に、本当にここで合っているのかと思わなくもない。

 腕章を付けた生徒が忙しげに列を整えている。校内の桜並木の下を、みな笑顔を浮かべて進んでいる。俺たちもまたその中に紛れていった。




 手入れがそこそこの赤い絨毯が敷かれた、古いが広い木造の講堂。三百人とその家族が座ってもまだ余裕がある。二階席がまるまる空いているのだ。機材すら、存在しない。

 学長と貴賓の挨拶。存在するはずの理事長の挨拶がないことがちょっと引っかかったが、式は淡々と進む。


「……麗らかな春の日に入学できたことを嬉しく思います。私たちは……」


 とても退屈だ。寝てしまいたい。今は学年代表の挨拶だ。凛とした雰囲気の好青年そうな人物だ。


「続いて、歓迎の言葉。生徒会長紅崎(べにさき)レイナさん、お願いします」


 紅崎、その苗字を聞いて一気に目が覚める。舞台袖から出てきたのはにこにことほほ笑んでいる美少女だ。ゆるゆると渦巻く髪とぴんと伸びた背筋が印象的だ。新入生のほとんどは彼女に目を奪われている。少ない例外はあの好青年の首席と、式が始まってからずっと本を読んでいる少女くらいだ。しかし、どこか食えないと感じるのは俺だけだろう。――彼女は俺から家族を奪った一族かもしれないのだから。

俺はいぶかし気な目を向けないよう、瞼をゆっくり閉じた。




 大日本皇国において、政治は皇室の光家(こうけ)色家(しきけ)とその縁者を含む貴族によって仕切られている。色家には、紅崎(べにさき)橙嶺(とうれい)支子(くちなし)常盤(ときわ)白藍(しらあい)紺乃(こんの)紫原(しのはら)の七家がある。それぞれの家には長い長い歴史がある……わけではない。象徴として長らく存在していた光家はともかく、それ以外は意外と歴史が浅い。彼らは大日本皇国建国の革命家であり、立役者である。彼らの地位には、「鍵」が必要不可欠だ。

 

 「鍵」とは何か。現代において広く支持されている主張は、顕現した願い、あるいは深層意識である。ただ、願いの場合、鍵は支援として顕在化し、深層意識の場合は能力として顕在化する。例えば、料理がうまくなりたい人は、料理が上達しやすくなる才能(ギフト)として顕在化する。情熱的な、熱血なひとは、炎を操る能力(スキル)が顕在化するといった具合に。

 「鍵」を発現するために儀式などは必要ない。しかし命名(コーディング)といって自分の鍵に名前をつける。これは暗証番号(コード)となる。この時、たまに命を落とすものもいる。それでも世界中で人々は自身の才能を見つけたがった。今では鍵の命名を終えた一〇~一五歳の子供は第一段階成人と見なされている。

 顕在化する能力はたいしたことがないものの方が多い。それでも全体の約数パーセントは戦闘に高い適性を示す鍵の保持者(ホルダー)が現れる。そういった能力者(ホルダー)たちは軍人や官僚を目指しているなら国立防衛士官養成高等学校に、目指していないなら国立特殊防衛高等学校に通うことが義務付けられている。先の革命や、数十年前の隣国との戦争の影響ではあるが、危険能力者の把握、制御の側面が強い。

 能力は基本一人につき一つであるが、色家の当主、先代、後継者は血の鍵(サクセッション)といういわゆる遺伝性の鍵を持っている。これが彼らを貴族たらしめている。




 入学式はつつがなく終了し、ぴかぴかの黒い軍服のような制服を着た新入生たちは事前に知らされていた自分のクラスへ向かう。マヨは八組で俺は五組なので、この場でまた後でと声をかけ、別れる。彼女は自慢の黒髪を揺らせて足早にクラスに向かった。さて自分もと振り返ったところで明るい声がかかる。


「ねえ、君何組?」

「五組だったら一緒に行かない?」


 見た目のそっくりな男女だった。士官学校では男女の制服に違いはほとんどない。どちらも体に沿うようなデザインの詰襟のものだ。しかし女性は胸あたりに太陽の徽章が、男性には月の徽章がつけられている。二人とも俺と同じく一年であることを示す横長の羽が一つ刻まれたブローチが、性別の徽章の横に付けられている。


「いいよ。俺も五組なんだ。名前は城守キイト、これからよろしく」

「僕は双葉セロ」

「私は双葉メロ」

「……お前たちは二卵性の双子だよな?」

「そうだよ」

「お医者さまには奇跡の双子っていわれた」


 二人はちょっと誇らしげだ。そっくりのドヤ顔が並んでいる。ちょっと笑った。


「なんで笑うのさ」

「いや、仲がいいな、と思って」

「……ありがと」


 今度は揃ってむくれた顔が照れた表情に変わる。本当に面白い。窓から入ってきた春風にせかされて、俺たちは賑やかに教室へと向かった。




 ざわざわして、でも細い糸を張っているような雰囲気も少しあって……それにつられて俺たちもひそひそと話す。といっても、学籍番号が離れているから短い別れを告げただけだ。昼食を一緒にとろうと約束したのであっさりしたものだ。

 ええと、俺の席は……真ん中よりやや右寄りの一番後ろの席だ。嬉しい。居眠りをしてもなんとなく言い訳ができる。心の中で、たぶん先生にはばれてないって言い訳してしまうのは、俺だけなのだろうか?ともかく、軽く椅子を引いて腰を下ろした。クラス全体はさすがに見渡せはしないけど、ほとんど見えるから得した気分だ。

 あれ、首席くんもこのクラスなのか……。べつにどのクラスに振り分けられるかの確率は一定なのだから、どうということはないのだが、なんとなくしっくりこない。空振りだと思ったらホームランだったみたいな、そんな気分だ。

 しばらくするとがらがらと音を立てて扉が開いた。妙にくたびれたスーツ姿の細身の男がすたすたと教壇に向かう。


「全員いるな」


 大して大きくもないはずなのだが、不思議と教室に響いた。皆しんとして次の言葉を待っている。


「私は君たちの担任だ。紺乃エンヨウという。私のことはエンヨウ先生と呼ぶように。物理を教えることになっている。一年間よろしく」


 苗字を聞いて面食らった。クラスの面々も唖然としている。この人、貴族っぽくない。ただ、七家であることを鼻にかけない態度には好感が持てる。紺乃家の疑惑が晴れたわけではないが、この人ではないだろう。

 先生の必要最低限の自己紹介に続いて、クラスメイトの自己紹介が始まる。四十人弱とはいえ、俺には無理だ。すぐには覚えられない。ま、おいおい覚えるだろう。先生は今後のおおまかな予定と、寮についての説明が午後一時にそれぞれの寮であるので遅刻しないようにと伝えて去っていった。


「キイト、メシに行こう」

「お腹すいた」

「ああ、幼馴染も来るんだけど、いいか?」


 二人は俺の言葉を聞いてピタリと止まった。そしてニヤニヤという音が聞こえそうな顔を寄せ合う。


「ちょっと聞いた?奥さん」

「ええ、聞いたわ奥さん」

「幼馴染ですって」

「美人ですって」

「女ですって」

「できてるわ」

「そうね、その通りね」

「おい、俺はそこまで言ってないぞ……」

「きっと朝も起こされたのよ」

「一緒に登校したんだわ」

「勘弁してくれ……大体、漫画みたいな幼馴染がいるわけないじゃないか」


 漫画みたいな双子は存在しているけど。

 その一言はのみこんで、かわりに食堂が混むぞと脅した。




「あ、キイト。」


 運よくマヨとは配膳口で合流した。俺は焼肉定食、マヨは日替定食を持っている。コミュニケーション能力が不安定なマヨにも早速友人ができたらしく、うきうきと話してきた。都合よく空いた窓際のテーブル席に向かう。しばらくすると双子と入学式に見かけた文学少女が来た。


「君が噂の」

「美人な幼馴染?」

「いやあ、それほどでも。あたしは音無マヨって言うの」

「……俺は美人とは言ってない」


 ぼそっと呟いたのが聞こえてしまったらしい。笑顔で向かいに座っている俺の足を踏んできた。地味に痛い。


「大変ね」

「あ、コヨリ。これが私の幼馴染よ。城守キイト」

「どうも」


 俺は会心の作り笑顔で応える。第一印象は大事だ。


「キイト、君って意外にバカ?あ、僕、双葉セロ」

「足踏まれてるの見えてる。滑稽もいいところ。私はメロ」

「愉快な幼馴染ね。私、大橋コヨリ。よろしく」


 俺はぐさりと焼肉に箸を突っ込んだ。俺にかまうことなく湯気は俺の目に突撃する。湯気がちょっと目に染みている気がする。

 少しふてくされた俺は忘れられて、話はマヨたちの担任教師や寮の話、新入生歓迎オリエンテーションのことで盛り上がる。最後はくだらない話をして、また夕食で会おうと約束してそれぞれの寮へと向かう。




 寮はクラスによって分かれている。それぞれの寮には花の名がつけられている。杜若(かきつばた)桔梗(ききょう)芍薬(しゃくやく)菖蒲(しょうぶ)水仙(すいせん)椿(つばき)白梅(はくばい)(ふじ)牡丹(ぼたん)紅葉(もみじ)の十棟だ。俺たちは五組なので、水仙寮に行く。1号棟、2号棟……としてくれればよいものを。

 事前の配布資料によれば、特色としては学年や男女では棟が分かれないことが挙げられる。一つの棟は三階建てで、一階は男女の共用スペースとなっており、食堂や大浴場、休憩室、談話室が存在する。

 二階以降は個室である。一人一部屋でキッチン、ユニットバス付き。男女の境はなくて、生徒の自律に多分に期待している節がある。マンションが校内にあるようなものだ。学生にはもったいない気もするが、国のために命を懸けることを考えれば妥当かもしれない。貴族がいるというのが一番の理由だろうけど。


「……寮則は学生手帳にありますから、よく読んで守ってくださいね。知らないは約束を守らない理由になりませんよ。困ったことがあったら、私や寮監の橙嶺くんや更科(さらしな)さん、近所の先輩たちに気軽に相談してくださいね」

「橙嶺アキヒトです。皆さん、入学おめでとう。ここでの生活が実り多いものになることを祈り、またそうなるように努力するつもりです」

「更科カオリです。以下同文」


 えっ。あ、橙嶺先輩につつかれた。


「……ここでの生活が実り多いものになることを祈ります」


 完全にコピペだ。しかも省略気味。寮母さんは苦笑気味で、橙嶺先輩は額を押さえ、あちゃーという音が聞こえそうだ。よくわからないが更科先輩は眠そうな目でドヤ顔である。橙嶺先輩は苦労人なのかな。七家の人だけど、同情を禁じ得ない。

 俺は慣れあってはいけないと自分でくぎを刺す。うん、大丈夫。切り替えた。


 大丈夫じゃなかった。隣室の住人は橙嶺先輩だった。


 部屋の決め方は厳正なるくじだ。二階と三階の曲がり角の部屋が寮監の部屋で、空いている部屋――つまり去年度三年生が住んでいた部屋――に振り分けられる。寮監の隣部屋は二つしか空きがなかったし、橙嶺先輩に限れば一部屋なのだから三十分の一の確率だ。泣きそう。

 ……冷静になれ、俺。そう、これは231号室ではなくて331号室だ。一度深呼吸して固く瞑った目を開ける。そしてもう一度手の中の紙切れを見る。果たして、それには、231の文字が。……残念なことに幻覚ではなかったようだ。がっくりと肩を落として、新たなる我が前線基地へと向かう。

 理由など気づいてないはずだが、双子に左右の肩をぽんと叩かれた。




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