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ちょっと汚い話です

 下には光り輝く丸い太陽が笑っていた。丸く禿げ上がった赤い頭、のっぺりした顔面はへちゃむくれよりひどい。近くはさぞや暑苦しいだろう。思った瞬間、体中が熱を持ったように汗をかきだした。腋の下までじっとりと蒸れている。


――想像力は君を殺すし、生かしもするよ。


「お願いだからその人を食ったような物言いはやめて! つまりどういうことっ?」


 答えは思いもしないところから返ってくる。


「おまえさんこそどういうことだい? ひとりきりで叫んでる、そこのおまえさんさ」


 太陽が陽気にわっはっはと今にも笑いだしそうな調子で尋ねてくる。


(しゃべったわ!)


 心の世界とやらには住人がいるらしい。しかも会話の通じそうな住人だ。


「ちょっとお尋ねしたいんですけれども、よろしいかしら!」


 丸っこい太陽はまばゆい光を放ちながら、いいぞ、と笑う。


「地上に無事に着地する方法ってご存知でしょうか!」

「着地したことがないからわからないねえ。おまえさんはどうするの?」

「それをいま考えてるとこ!」


 レアはこの瞬間も落下している。なのにレアはいつまでたっても太陽を見下ろしているし、太陽はレアを見上げている。たしかに落ちているのに!


(ヴァルハマが言う永遠の落下もあながち冗談じゃないのかも……)


「ねえ!」

「はいはいよ」

「ずっとそこでひとりきりなのっ?」


 太陽はレモンにかぶりついたようなすっぱい顔をする。


「んーにゃ。ときどき迷い鳥がやってくる。あとは迷いネズミに迷いネコ、迷いドラゴン、迷いペガサス、迷いゴブリン。ここあたりはぽーんっと大砲で発射されたみたいに飛び出してきて、すぐさま下にまっさかさま。だからいまはひとりよ。おまえさんは下に行きたいのかい?」

「そう! 下に行かなくちゃ! なんかどーにもならない人を助けなきゃいけないらしくて! 自分でもあほらしいって思うけど!」

「大変だなあ」

「そう大変! でもあなたも大変だと思うわ! 話し相手もないだなんて、寂しくないの?」

「んーにゃ。さびしかったら、ねむればいいのさ。つまらないと思えば、楽しかったことを思いかえせばいいのさ。かなしければうたえばいい。なんのこともない。そんなことにもみーんな気づきやしないがね。だからわしはこの世界で一番のしあわせ者なんだ。毎日好きなことしながら過ごしているんだから」

「あなたの考え方、すてきだと思う! ……ところで、わたしはいつまで落ち続けなくちゃいけないのかしら!」

「さあ」

「だよね! だろうと思った!」


 いい加減落ち続けるのにも飽きてきた。レアはどうにか姿勢を取り直して、腕組みをしながら落ち続けるという滑稽な形を取った。


――困っているようだね。


 しばらく黙っていたヴァルハマが声を届けてきた。


「あなたも少しは考えて。なんかこう……ないかしら。今まではどうやっていたの」


 レアは普通の声音で話しかけた。たぶん、心の中で考えるだけで伝わるだろうが、話さなければ、話している気がしなかったのだ。


――私が過ごしてきた長い時間の中で。


 ヴァルハマが一節一節を区切るように、思いかえすようにゆっくりと答えた。


――直に他人の心の世界に潜ることはあまりなかったね。少なくとも、私たちと同じ素養を持つ誰かの協力を必要とした。垣間見ることはいくらでもできるが、あれは向こうから飛び込んでくるもの。少なくとも私がするようにはいかないだろう。


「でもこのまま落ちているような落ちていないような中途半端な状態ではいられないでしょう」


――きっとダ―ヴィドの警戒心が強いのだ。なかなか心のうちに入れてくれない。


「面倒くさい男ねえ」


 考えても打開策は見つからない。〈魔法使い〉がお手上げなものをどうして彼女がなしえるというのだろう。


「おまえさん、どうしたらいいのかわからなかったら、しばらくここでわしと話をするのはどうかい?」


 太陽の提案は少しだけ魅力的に見えた。


「どうにもならないなら、それもいいかもしれないわ」


――言い忘れていたが、この世界はダ―ヴィドの世界だから、王子が死んだら消える。一緒に君の意識も消えるから気をつけて。


「なっ、それをもっと早く言って! えーと、太陽さん、申し出はありがたいのですけれど、ちょっと時間がないようなの。ね、ほんとうに下に行く方法知らない?」

「下、下ね……。おまえさんにできるかどうかわからないが、一つ手段がある。ただ気まぐれだから、捕まるだろうかね」


 言った途端、ぶえっくしょい! と品も何もない無遠慮なくしゃみをした太陽は、大きな鼻ちょうちんを垂らしていた。レアも壮絶なしぶきの餌食となって、体中べったりと何かねばねばしたものがついた。


「もうちょっと静かにくしゃみしてくれないかしら!」

「いやいやこれも必要なこと……」


 太陽はずずいっとレアに近づいて、もう一度ぶえっくしょい! 今度はレア自身がお腹から鼻ちょうちんにくっついている。


「せっかく気に入っていた服なのに……」

「すまんすまん。わっはっはっは!」


(わたしはちっとも愉快じゃないわよ。なんなの、このひと。頭のねじが一本飛んでるのかしら)


 気を取り直して、レアは尋ねる。


「それで、あなたのいう手段ってなに?」

「汽車だ。少なくともここでないどこかに繋がっているだろうよ。これからおまえさんを汽車のあるところへ飛ばす。汽車は止まらないから全力で捕まえろ」

「飛ばす? そんなことできるの?」


 その飛ばす手段がばっちいのは少し、困る。レアは顔まで鼻水に浸からないように懸命に顔を上げ続けた。鼻ちょうちんにくっついているので、どこへ話しかけてよいやらわからない。


「わしは太陽だ。空にかがやく昼の王だ。この空のどこへでもみはるかせる。ただ、その代りと言ってはなんだが、月のやつめに出会ったら、家出はやめろと言っておいてくれ」

「月のやつめ?」

「ふむ。月のやつめがいなくなったせいで、夜がこなくなったからなぁ。無口なやつだが、いないならいないでつまらん。どれ、おまえさんを送り届けたら寝ようかね」

「……わかったわ。伝えておく」


 レアはしっかり頷いたつもりだったが、鼻ちょうちんがぶらぶら揺れるせいで恰好がつかない。


「よっし。いくぞ! ……ぶえっくしょい!」


 さらにくしゃみをもう一度。鼻提灯は太陽に申し訳程度についていた鼻を離れ、レアをも巻き込みながら、ぐるんぐるんとどこかに向かって螺旋を描いて飛んでいく。

 上も下もなく。レアは夢中になって鼻ちょうちんにしがみつくしかなかったのだった……。



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