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 それから数日のうちに、レアは件の誕生日パーティーに出席した。形式は美しく整えられた庭園でのガーデンパーティー。染みひとつないテーブルクロスの上には、美味しそうな料理が並んでいる。会場では品のいい紳士淑女が穏やかな談笑の時間を楽しんでいる。


 このパーティーは毎年このような形で行われるらしく、ヨーナスは勝手知ったる様子で、知り合いを見つけては挨拶をしている。レアも初めの方は、ヴィルケとともに祖父の知人たちへと挨拶した。レアが名前を言うと、大体が遠慮がちにしかし確かにレアの顔に注目していた。巷で話題の王子の婚約者だから。ヴィルケは緊張しているようだったが、それでもしっかり自分の顔を売り込んでいる。いつか彼らがヴィルケの顧客になるかもしれないから。ヴィルケの家は元々ヨーナスがハイメクンの名で立ち上げていたグランルンド商会で、上流の人々相手にも商売をしているのだ。


「レア、ちゃんと笑え。引きつっているぞ」


 ヴィルケが挨拶回りの合間に小声で言う。余計なお世話よ、と言いたいところだったが、生憎とそんな元気はなかった。


(今日やることは……アンナ・レーナさまにご挨拶して、気に入られないまでも嫌われない程度には愛想よくして……王子殿下とちゃんと話して……話して? ひとも多いのに、わたしは話しかけられるかしら。ぜったい人目を引くじゃないの。あぁ、帰りたい)


 誕生日の贈り物はこちらに来た時に使用人に渡しておいた。ありきたりだが、花束と、彼女が好みそうな香水を一瓶。アンナ・レーナの好みをレアは知らなかったが、流行に詳しいヴィヴィアンに手紙で相談すると、直接レアの屋敷に出向いて教えてくれた。


 アンナ・レーナさまは新進の芸術家たちのパトロンでいらっしゃるから、絵画に対する評価は厳しいの。だから絵画を贈るのは自信がない限りやめたほうがいいわ。アクセサリーを贈るのも適当じゃない。レアはアンナ・レーナさまからすれば格下なのだし、家だって大金持ちというわけじゃない。あんまり豪華な宝石とかだと、あの方は慎まやかな方だから、遠慮して受け取らないかもしれないわ。


 ヴィヴィアンの指摘は大正解だった。招待客に囲まれていたアンナ・レーナがハイメクン家の面々の挨拶をようやく受ける時になって、彼女はにっこり笑ってこう言ったのだ。


「レア。素敵な花束と香水をありがとう。わたくしの好みを一生懸命調べてくださったのね。今年もみなさましきりに豪華な贈り物ばかりくださるものだから、普段使いできる香水は部屋を埋め尽くすこともないからとてもありがたいわ。さきほど香水の匂いを嗅いでみたの。とても素敵な香りだったから、思わず付けてしまったのよ。ほら、どう?」


 彼女はふわりとレアを抱きしめた。控えめな香水の匂いがした。ヴィヴィアンのアドバイスを得ながら、レアが瓶を見比べ、匂いを確かめながら選んだ、優しい女性をイメージした香水のもの。

 身体を放しながら、彼女は嬉しそうな顔をする。


「あなたのような女の子がダ―ヴィドの相手になってくれるだなんて、とても嬉しく思うわ。私のことは姑ではなく、気軽に話せる年上のお友達だと思って? そのほうが気楽だし、私もお友達が増えて楽しくなるもの」


 アンナ・レーナは国王の寵姫でありながら、とても快活で明るい女性だった。はちみつ色の髪と、真っ青な目を持っていて、色彩と美貌ではダ―ヴィドと似ているのに、全然印象が違う。二人ともよく笑うのに、アンナ・レーナが笑うとレアは綺麗な花を眺めているような清々しい気分になる。言葉の裏を勘ぐることもないほどに、まっすぐな物言いをする。


 彼女は息子と同じ王宮に住まず、自らの立場を鑑みて公の場に姿を見せることもなかったので、レアも初めてアンナ・レーナという人を目にした。


(ヴィヴィアンが絶賛していたのもわかる……わたしも、こんな大人になっていたらいいのに……)


 求められた挨拶に応えながら、レアの口からはするりと、こちらこそ、と出てきた。


「アンナ・レーナさまにお会いできてとてもよかったです」


 嫌々だったはずなのに、心からレアはそう思えた。そして、嫌われなかったことにほっと胸を撫で下ろす。


 横では話が移り変わって、祖父とアンナ・レーナが言葉を交わしていた。二人は折々で顔を合わせることがあったのだろう。ヨーナスは国王のお気に入りだったのだから。


 ヴィルケも挨拶し、アンナ・レーナに将来が楽しみね、と言われたところで、彼女は手を軽く合わせながら、あら、と声を上げた。


「レア。ダ―ヴィドとはもう会ったかしら?」

「え? 今日はまだですけれど……」


 本当は会いたくないんです、とは口が裂けても言えなかった。親切心もあるアンナ・レーナはきょろきょろと会場を見渡していたが、気の毒そうな顔で首を横に振った。


「ごめんなさいね。ダ―ヴィドったら、まだ来ていないみたいだわ。贈り物はいの一番に届けてくれたのはいいんだけど、親に元気な顔を見せることも大事だって気づいていないのかしらね。ほんとうに、いつまで経っても困った子……」


 そこまで言ったアンナ・レーナはもう一度レアの手を取った。


「ダ―ヴィドのことお願いね。あの子は軽薄だとか女たらしとか言われているけれど……それだけじゃないの。これは親の欲目なしの話だけれど、元々のダ―ヴィドは賢いし、察しの良い子なの。そして、自分がどう見えているのかも、あの子はきっと気づいている。離れて育ったあの子にわたしは十分な愛情を与えてあげられなかったけれど、その代り、婚約者になったレアに託すしかないわ」


 アンナ・レーナは晴れの日にふさわしくない、涙目になっていた。彼女の胸には数年来去来する思いがあるのだろう。


「愛情は持たなくても構わないから、最後まで見守っていてあげて。わたしには今のあの子が……いつか遠くに行ってしまいそうで怖いのよ」



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