外伝 パーティだっていうならエスコートしろよ
「お二人に、夜会に出席していただきたいのです」
召喚されて三日目、リシャール王が突然こんなことを言い出した。
「こんな状況下でですか?」
夜会……貴族様のパーティってやつだろう。
僕からすれば、疑問としか言いようがない。
確かに旅立つのは一週間後と決めたけれど、『魔竜』の討伐が先決ではないのだろうか。
失礼なのはやまやまで、僕は質問をする。
「ええ。貴族たちたっての要望がありましてね。恥ずかしながら、一部の貴族はすでに戦勝ムードなのですよ。召喚に成功したのだから全て『英雄』がなんとかしてくれる……とね」
「まだ旅にすら出てない段階だけどな」
あまりの気の早さに、雷牙もあきれ顔。
「ライガ様が、城の兵士たちを圧倒したという情報の影響もあるのでしょう。希望に縋りたくなるのも無理はないのです」
「パレードに続く気晴らし……ですか」
「はい。まあ、私としても城内の空気が重苦しいよりは、威光を示して頂いて、士気が高まった状況の方がありがたいのですよ」
僕としては、正直面倒くさい。
そんなことに時間を割くよりは、一つでもこの世界の知識を身に着けたいぐらいだ。嬉しい誤算なのだけど、この王城には図書館があった。蔵書数も保存状態も素晴らしい。防腐魔法なんかで維持しているらしい。
特に興味深いのは魔法についての文書。
今、僕の間借りしている部屋にはそれが山積みになっている。
科学のないこの世界で、高い生活水準を保つには魔法が必須だしね。旅の途中、出来る限りの苦労はしたくない。
「俺はいいと思うぞ」
残念なことに、片割れである雷牙は乗り気だった。
貴族の社交場へ向かう気後れはないらしい。そういえば、こいつは金持ちだ。上流階級への耐性があるのかもしれない。
「では、ユート様もよろしいですかな?」
『聖女』であると大体的に喧伝されてしまった僕は、準主役に近い立ち位置だ。
それに、『英雄』の公的なパートナーと見なされる『聖女』が欠席することは好まれないようで
「……わかりましたよ」
と頷くしかなかった。
◆
それから少し経った衣装室。
「ユート様、とてもお似合いですわ」
散々僕を飾り立てるのが終わり、侍女さんが呟いた。
初日、僕が着替えるのを手伝ってくれた女性だ。どうやら、彼女が僕の身の回りの世話をする役割のようで、何かと縁がある。
意を決して鏡を覗く。
純白のドレスは僕の希望。流石に、どぎついピンクや赤には抵抗があった。露出度もかなり控えめ。
無駄に肥大化した胸を露わにするのは、耐えられない。
本音を言えば、スカートというだけで、精神をガリガリ削られているような気分になる。だけど、男装は許されなかったので、ほんのささやかな反抗だ。
「黒と白のコントラストが映えますわね」
「はあ……ありがとうございます?」
褒められたのでとりあえず礼を言うが、なんともしっくりこない居心地だ。
黒髪も上品に結われてしまっている。
普段僕は杜撰なポニーテールで過ごしているのだが、それは場に不適合ということらしい。
花形にまとめられて左側に寄せられていた。
侍女さんは僕の髪の毛をあっという間に結ってしまった。
目にもとまらぬ早業だ。何度想い返しても、手順が理解できない。
こんなことを女性はお披露目の度にしているのだろうか?
もはや、一種の魔法だとしか思えなかった。
◆
着替えを終えた僕を待っていたのは、雷牙だった。
彼がエスコート役らしい。
僕としても、まあ不満はない。
リシャール王に社交マナーがさっぱりわからないと告白したら、簡易的なことだけを教えてもらった。失礼にならない挨拶の仕方や、ダンスの断り方など……。
そう、ダンスだ。
残念なことだけど、この夜会が開催された思惑は、異世界からの来訪者を歓迎するためなんかじゃない。
そもそも、要望を出した貴族の目的なんてたった一つ。
『英雄』や『聖女』とお近づきになりたい。
ただそれだけ。
『魔竜』を倒す前に媚を売っておこう。
あわよくば恋人になって、これからの国での発言権を強くしたい。
――どの世界でも、人間の考えなんて変わらないもんだね。
この状況では、雷牙は虫よけとして最適なのだ。
ただ近くにいるだけで、周囲が勘違いしてくれる。そういう相手。
他人を利用してばかりの僕の思考に自己嫌悪しながら、僕は雷牙に笑いかけた。
◆
「雷牙、お待たせ」
待合室で俺がぼーっとしていると、後ろから声をかけられた。
「おう、勇人。遅かっ……」
振り向いたところで、言葉が切れた。
そこにいたのは、完全に女の子だった。
パレードのときとは全然違う。
あのときは、馬に乗ることもあって装飾は控えめだったのだ。
うっすらと化粧をした白雪のような肌。少し朱に染まった頬が愛らしい。
丁寧に結われた黒髪からちらりと覗く首筋が、俺の目を引いて離さない。
出来る限り体のラインを隠したドレスは、却って男の想像力を掻き立てるヴェールとなっていた。
「ごめんね、侍女さんの仕事は早かったんだけど。僕の見通しが甘かった……雷牙?」
「あ。ああ……。すまん、見惚れた。最高」
「何言ってんだか。いつもそんなこと女の子に言ってるの?」
……やっぱ、勘違いされてるよなあ。
項垂れそうになるのを必死に我慢しつつ、俺たちは会場へと向かった。
◆
リシャール王の演説が終わり、俺たちの入場を促す声が聞こえた。
――長すぎだろ。
なんでこう、偉い人の演説ってのは長いんだ?
要約すると
「神託を受けて召喚の儀式を行った。成功したので神に感謝を。旅立つ異世界からの来訪者に英気を養ってもらおう」
の三言で収まる内容を、延々と回りくどく話していた。
勇人を見れば、困ったような眼差し。
多分、同じことを考えていたんだと思う。
「ま、いくか」
「うん」
腕を組むようにして、歩いていく。
……何がとはいわないが、ふくよかなのが当たってるんだが。
だが、勇人は気にした様子はない。
反応する俺がおかしいのだろうか。いや、そんなわけはないだろ。
軽蔑されたくなくて、何も言い出せない拷問のような時間が始まった。
◆
僕たちが入場して半刻ほど経過した。
最初は本当に大変だった。
雷牙が脇に立ってるにも関わらず、ひっきりなしに男性からの誘いが集中したのだ。
召喚の儀のとき、「男のはずが女になっていた」と告白したはずなのだけど。実際、見覚えのある顔もいくつかあった。
だけど、全く気にした様子はなかった。
雷牙といい、そういうものなのだろうか。
僕には理解できない。いや、理解したくない。
まず入場したときも酷かった。
異性からの――かつては同性なのだけど――ねめつける様な視線。
鳥肌が立った。露出度の低いドレスでよかったと思う。もし違ったら、確実に耐えられない。
そういう視線をしないだけ、雷牙は評価できると思う。
場馴れしているというべきか。
ちなみに、僕が男性たちに囲まれてる間、雷牙も女性たちに囲まれていた。
まあ優良物件だし当然だろう。
結局、全員断ったみたいだけど。
意外なことに、男性たちは驚くほど引き際はよかった。
ダメ元だったのかもしれない。『魔竜』討伐を成し遂げて帰還した際、覚えが悪くても困ると考えた可能性もある。
まあ、無駄な心配だろうけど……。
と考えていた僕は甘かった。
女性は兎も角、男性たちの狙いは別にあったのだ――。
◆
「……あれ、カレンさん?」
「ん、どこだ?」
そういえば、この場でカレンさんの姿をまだ見ていなかった。
彼女はリシャール王の従妹らしい。居ない方がおかしい立場だ。
なのでさっきから気にしていたのだけど、ようやく見つけることが出来た。
「あそこだよ」
指を指すのは失礼なので、視線などで示す。
察した雷牙の目がそちらへ向く。
「……囲まれてるな」
さっきの僕の比ではない。
男という男に群がられたカレンさんの姿があった。
冷静に考えれば、カレンさんもかなりの優良物件といえるだろう。
王に連なる一族で、元『聖女』。ある意味、すでに使命を果たしたともいえる。
彼女は『聖女』の地位を笠に着ることのない女性だったらしい。他者に驕るのではなく、ひたすら自分を高めていった。
その高潔な姿勢は民衆に受け入れられ、希望となったとか。
聖痕を失ったとしても、人気は衰えることはない。むしろ、勢いを増しているといえる。
独身の貴族たちが、そんなカレンさんを放っておくはずがなかったのだ。
もしかしたら、夜会の本当の目的は彼女だったのかもしれない。
『聖女』でなくなった彼女は、色々な意味でフリーといえるから。
カレンさんは懇切丁寧に断っているようだけど、群がる男が多すぎる。
というか、断られた傍からもう一度列に並んでる男までいた。
「雷牙、行ってきて」
「……いいのか?」
助けてあげたいけど、僕がいっても大した効果は上げられないだろう。餅は餅屋ってやつだ。
「カレンさんが可哀想だよ。本当に好きならまだしも、明らかに権力目当てって感じだし」
「了解了解っと」
◆
雷牙の行動は早かった。
一瞬にして人垣に切り込み
「一曲踊って頂けませんか?」
なんて気障に言いながら救出。
あっけにとられた他のエルフたちの表情が痛快この上なかった。射殺すような敵意を向けている人もいたな。
もちろん、本当に踊るわけではない。
カレンさんは疲弊してしまって、そんな余裕はないだろうし。
「はあ、ありがとうございました」
カレンさんはワインのグラスを傾けて、ようやく一息ついた様子。
「いや、困ったときはお互い様だろ」
雷牙は手をひらひら。
僕とカレンさんに囲まれているこの状況、傍から見れば両手に花なのかもしれない。僕は男なんだけどなあ。
「大変でしたね。……お酒、飲まれるんですか?」
見た目の年齢があまり変わらない少女がごくごくと煽っているのは、結構強い違和感がある。全然、顔が赤くならない。彼女は酒豪なのかもしれない。
「ええ。エルグランドの名産はワインなのです。ライガ様やユート様は召し上がられないのですか?」
「ええと、俺たちは未成年だからな」
こんなことを言っているが、雷牙はさりげなく飲もうとしていた。
僕が止めたのだ。
「ミセイネン? ですか?」
「僕たちの世界の言葉です。ヒトは20歳を超えるまで飲酒を禁ずるルールがあるんですよ」
「なるほど。勇者教の戒律にも似たようなものがありますよ、そちらは15歳ですね」
エルフは結構な勇者フリークらしい。
かつてエルグランドは、魔王の襲撃で窮地に陥り、支配されてしまった。そこに颯爽と現れたのがかつての勇者だという。
エルフの寿命は長い。そのため、場に居合わせたエルフが語り継ぎ、強い影響を与えたのだ。
「へえ~。勇者様も、お酒で苦労されたんでしょうか」
「……家があまり裕福でなかったようで、父親がお酒を飲むたび暴れていたらしいですよ。結果、そう言い残されたのだとか」
あまり知りたくはない真実だった。
というより、なんでそんな話まで語り継がれているんだろう……。
「では、ありがとうございました。ライガ様、ユート様」
「いいのか? また囲まれそうだけど」
立ち去ろうとするカレンさんを、雷牙が引き留めた。
僕も同意する。
元の木阿弥に戻るだけではないだろうか。
「いえ、お二人の邪魔をしても悪いですから」
「カレンさんなら大歓迎ですよ。それに、僕たちはそういう関係ではありません」
「ああ……まあな」
なんで雷牙は残念そうなんだ。まだ旅にすら出てないんだぞ。
結局、僕が熱心に引き留め、三人で行動することになった。
三人居れば余計に他人が話しかけにくい雰囲気を作ることもできるしね。
こうして、この後は特に大きなイベントは起きることなく、賑やかな夜は更けていった――。