六話 僕が好きだっていうなら誠意を見せろ
「別に、今でも子供は作れるだろ」
つい言ってしまった。
勇人の強い視線が睨み付ける。
「本気で言ってる? こんな体で作れるとでも?」
「こんな体って、女になったことか?」
「……うん」
「女でも……まあ、産めるだろ」
彼女はいきなり不機嫌になり
「僕が? 男と? 想像するだけで、反吐が出るね」
と吐き捨てた。
「でも子供が欲しいならそれしかないだろ」
勇人の物言いに、喧嘩腰になってしまう。
「ない、ありえないね。見ず知らずの男と肌を重ね合わせるなんて、絶対ない」
「なら、俺じゃダメか?」
「……は?」
「少なくとも、見ず知らずの男じゃないだろ? 俺は、お前のこと嫌いじゃないぜ。いや、むしろ好きだ」
俺は、そう言って笑って見せたのだった。
◆
「なら俺じゃダメか?」
雷牙が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。いや脳が理解を拒んだ。
「は?」
こいつは何を考えているんだ。
「少なくとも、見ず知らずの男じゃないだろ? 俺は、お前のこと嫌いじゃないぜ。いや、むしろ好きだ」
なんだそれは。言葉遊びのつもりか。
それだけ言って、まるで悪戯っこのようなスマイル。普通の女性なら、ギャップも合わせて、一瞬にして恋に墜ちるのだと思う。
でも僕は違う。
僕は男だ。肉体は女になってしまったけれど、間違いなく心も男だ。
それに、こんな女たらしと誰が付き合いたいものか。
周囲の女性に付きまとわれ、何度も何度も修羅場を繰り広げる男なのだ。
もしかしたらハーレムの一員になるだけで光栄という奇特な女性もいるかもしれない。でも、僕は絶対に嫌だ。ただでさえ耐えられないのに、余計に無理だ。
「君はホモなの?」
僕は信じられないとばかりに言う。
まさか、僕を付け回していたのはそういう目的だったのか。
「ちげーよ!」
雷牙は慌てて弁明を始める。
「俺は、面と向かっていうのは恥ずかしいけど、お前のことを尊敬してる。それに、今のお前は女だろ。――えっと、その。だから俺にとっては問題ない」
彼はしどろもどろだった。
こんな姿を見るのは初めてで、ちょっと新鮮。
――いいことを思いついた。
僕はニヤリと笑うと
「僕が好きだっていうなら誠意を見せろ」
と告げた。
◆
「僕が好きだっていうなら誠意を見せろ」
勇人は笑顔で言う。
先ほどまで男だったとは思えない、妖艶な笑みだった。
……さっきの告白は事実。
俺は、目の前のこいつ――勇人のことを尊敬している。
だからずっと付け回してきた。
勇人の何がそこまで俺を惹きつけるのか。
答えは一つ。
彼の――そして彼女の、ぶれない姿勢だった。格好つけて言えば、孤高といえるだろう。
俺が勇人の存在を初めて意識したのは、中学生のころ。
あのころ、俺は所謂思春期ってやつで、自分の進む道がわからなくなっていた。
人付き合いが得意といえば聞こえはいいが、実際は「相手の望む俺」を演じていただけだった。頼まれ事は快く受け入れ、悩み事には当人が望む言葉をかけてやる。ただ、相手の望みをかなえるだけの存在。自分というものがなかったのだ。
そんな俺を勇人は変えてくれた。あいつが俺のためを思って何かをしたってわけじゃない。多分、覚えてすらいないだろうから。
もし、それを伝えたとしても「なんだ、そんなことが原因だったの?」って笑い飛ばすのは目に見えてる。
だが、間違いなく俺に生きる道を示してくれたのは勇人だった。
勇人は気づくことはないと思う。
多分、俺にそこまで興味がないだろうし。
俺が勇人を優先して他からの誘いを断るたび、彼は不満げにしていた。
でも、そんなこと、俺はこいつに出会うまで一度もできなかったんだってことを。
◆
さて、勇人の告げた条件は三つあった。
「一つ目、『魔竜』との戦いが終わるまで絶対に僕を守ること」
「ああ」
問題ない。
女神に対して言ったように、元からそのつもりだった。
勇人は、戦えない。
血を見るのが駄目なのだ。
自分の血なら大丈夫なのだが、他人の――仲が深ければ深いほど――怯え、竦み、動けなくなってしまう。敵であっても変わらない。
恐らく、幼少の事故の経験が影響しているのだろう。幼い彼は、突き飛ばされた直後、血の海に沈む母親を見てしまった。
「二つ目、絶対に浮気はしないこと」
「ああ」
まったくもって大丈夫。
……勇人は勘違いしているが、俺は節操なしに女性に手を出しているわけではない。
何故か向こうから言い寄ってきて、勘違いをして、キレるのだ。俺に全く非がないのに修羅場を潜り抜けた数だけは多い。
女性と関わることは多かったが、実を言えば勇人のためだ。人嫌いなこいつのことだ。結婚願望はあるくせに、自分から女の子に声をかけるなんてまずないだろう。
彼を支えてくれそうな包容力のある女性を探していたのだ。
自分でいうのもなんだが、お見合いを迫るやり手ババアみたいなことをしていた。
はっきり言っておこう、俺は童貞である。
それどころか女の子を口説いたこともない。
いや誇れるようなことではないが。
「三つ目、何があっても僕を絶対に信じること」
「ああ」
当然だ。
勇人は俺の親友だろう?
それを疑うなんて、男じゃない。
「はあ……」
あ、ため息をつかれた。
こいつ、信じてないだろ。
「じゃあ、『魔竜』との戦いが終わるまで、よろしく『英雄』さん」
「こちらこそ、約束は忘れるなよ、『聖女』」
「さあね」
こうして、『魔竜』を倒すための、そして俺にとっては勇人に誠意を見せるための、旅が始まろうとしていた。
注意書きに自作と共通世界であることを明記しました。
もちろん、向こうの主人公が殴りこんできたりはしませんが。
まさか向こうより読んでもらえるとは思わなかったんだ……。