五話 やれっていうなら約束するよ
翌日。
何故か僕と雷牙は馬上で民衆に手を振っていた。
僕は昨日とは異なるドレス。恥ずかしいことに、若干露出度を上げた――といっても胸元がちらりと見える程度だけど――ものだ。
でも僕にはこれでも恥ずかしい。
人前に出るのと相まって、顔が真っ赤なのが自分でもわかる。
雷牙は、衣装室にあった騎士用の制服に若干の装飾を施したもの。
乗っている白馬も雷牙の衣装に合わせた鐙が取り付けられていた。
多分、地球にいた女生徒たちが見たら、王子様とか叫びながら卒倒するんじゃないかと思う。
どうしてこうなったのか……。
とりあえず回想してみようと思う。
◆
「お二人にはパレードに参加していただきます」
リシャール王のこんな一言が始まりだった。
「どういうことですか?」
「民は『魔竜』に怯えています。『英雄』と『聖女』の勇姿を見せ、安心させたいのですよ」
「以前から計画されていたことです。召喚が成功したことを公にする意味も込めてですけどね」
カレンさんが補足する。
王による単なる思い付きではないらしい。
至極真っ当な理由だったので、反論することもできない。
僕の頭をよぎったイメージは、某夢の国で行われる夜のパレードだ。
ライトアップで照らされながら、巨大な馬車の上で笑顔を振りまく僕――いやいやいや。
「なぁに、騎乗で民に姿を見せる程度の簡単なものですよ。残念ながらあまり余裕がないもので」
リシャール王は朗らかに笑う。
少し地味で残念かも……とは思えない。むしろほっとするぐらいだ。
カレンさんは俯いていた。
……本来なら彼女がパレードに参加するはずだったのだ。心境はいかほどのものだろうか。
だけど、僕は彼女にかける言葉を持たない。
望まぬ異変によってそれを奪ってしまったのは僕なのだから。
「勇人、馬なんて乗れるのか?」
雷牙の素朴な一言。
「乗れるわけないだろ。やったことないよ。……そういう君はどうなのさ」
「ん? 乗れるぞ。家の牧場で夏休みとか良く乗ってた」
なんでもないように返してくる。
そうだった。こいつはそういうやつだった。
家の牧場といっても、雷牙の親が働いているわけじゃない。
所謂、オーナー側の人間だ。
そう、こいつは金持ちのボンボンだった。
だけど、それを歯牙にかけない。
クラスメイトでも知る者はほとんどいないだろう。
雷牙は自分から自慢はあまりしないし、友人を呼ぶときは、本来の家でない小さな一軒家に招待するからだ。誰も住んでいない家に女生徒を「今日、親帰り遅いからさ」といいつつ連れ込むのだ。多分。
ちなみに、通っている学校が遠いので、ポケットマネーで建てたらしい。
親の金ではない。雷牙自身の金だ。
中学生に進学した時、親から100万渡されて「これを高校卒業までに最低でも百倍にしろ。出来なければ親子の縁を切る」と告げられたとか。
僕にはさっぱり想像もできない世界だ。
結局、株とか投資とか駆使して、高校入学の時点であっさりと達成寸前みたいだけど、興味がなかったのでよく覚えていない。
まあそんな男なので、乗馬が出来ても不思議ではない。
それよりも問題は僕だ。
どうしたものだろう。
「いえ、ユート様は問題ありませんよ。ライガ様と同乗という形になりますので」
「え?」
「ドレスを着て馬に跨れるわけがないでしょう。横座りしてもらいます」
「え?」
リシャール王とカレンさんが答えた。
え?
僕が?
よく青春漫画とかで自転車に女の子が乗せてもらうあれをやれと?
まっさかー!
と笑い飛ばしたくなったが、そんなことが言える雰囲気ではなかった。
◆
と今に至るわけだ。
非常に不本意ながら、僕は雷牙の腰に手を回し、抱き着くような体勢で馬に乗っている。
パレードの始まりは
「どういうことだ? 『聖女』はカレン様ではなかったのか?」
「聖痕が消えたという噂は本当だったんだ!」
などと民衆がざわついていたものの、リシャール王が
「カレンの聖痕は、異世界の『英雄』を呼び出す際に力を使い果たし消えた。だが、彼女の強き意思は、異世界より『聖女』をも呼び寄せたのだ。カレンと、二人の来訪者へ敬意と感謝を表すのだ!」
と大ぼらを吹いたことですぐに収まった。
そんな事実はない。
状況を繋ぎ合わせただけだ。
例え疑うものが現れても問題はない。確認する術はないのだ。
とはいえこれでよかったのだと思う。
もし、カレンさんが偽りの『聖女』だとか濡れ衣を着せられたらと思うと、胸が苦しくなる。
誰も悲しまない嘘ならそれが一番だろう。
「ライガ様ーっ! どうか魔竜を倒してくださいっ!」
「ユート様、お美しいです!」
「カレン様、あなたのお導きに感謝します!」
エルフの民たちにエールを送られるたび、そちらの方へ向いて手を振る。
これの繰り返し。作り笑いが崩れないよう必死だ。
「らいがさま、ゆーとさま、ぜったいに、まりゅうをたおしてくださいっ!」
すると、突然舌足らずな声がかけられた。
目をやれば、幼いエルフの少年が声を張り上げていた。両親なのだろう。男性のエルフが肩車をしてあげていて、女性のエルフが手を貸してバランスを取ってあげていた。
家族か。
どこか僕は胸の奥が温かくなるのを感じながら
「うん! 絶対に平和を取り戻して見せるよ!」
と嘘偽りのない笑顔で返した。
◆
「約束してしまった……」
勇人が呆然としているのを見た俺は
「相変わらずだな、子供好きは」
と笑いながら肩を叩いた。
パレードが終わり、俺が馬から降ろしてやってからずっとこの調子だ。
「うるさいよ、雷牙。仕方ないじゃないか、あんな一生懸命言われたら」
人嫌いを自称し、実際クラスメイトと一切かかわらない勇人だが、子供は別だ。七歳より下ぐらいの子供が大好きで、いつもボランティアに参加しては世話を焼いていた。
……勇人に特殊な趣味があるわけではない。具体的にショタとかロリとか。
純粋に子供が好きなのだ。
「理由はないよ」と言っていたが、俺は多分、彼が――今は彼女だが、当時は間違いなく彼だった――七歳のころ起きた事故が関係していると考えている。
勇人の家庭は、平凡なものだった。
両親二人に子供が一人。本当は弟か妹が欲しかったらしいが、残念ながら叶わなかったらしい。
だが、それは七歳までの話だ。
出かけた帰りの交通事故。飲酒運転の車が突っ込んできて、両親は即死だったらしい。勇人だけは、母親が突き飛ばしたことで無傷だったとか。
きっと、幼い子供と触れ合うことが、勇人の幸せだった記憶を想起させるのではないだろうか。
「はあ、僕も自分の子供を抱いてみたかったよ」
勇人がぼやく。
よくボランティアに参加している勇人は――それを付け回す俺もたまに参加していた――その度言っていた。
「他人の子がこれほど可愛いのなら、自分の子だと尚更なんだろうね」
と。
経験から、家庭への憧れがとても強い少年だった。
いつか結婚して、かつて家族と暮らしていた家に新たな家庭を築くのが夢だ――なんてふとした時に語っていたのを俺は知っている。
俺は、彼のささやかな夢を応援してやりたいと考えていたのだ――。
雷牙視点なのですが
男性時代の勇人を指す場合→彼
この世界に来てからの勇人を指す場合→彼女
と使い分けています。少し読みづらいかもしれません。




