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僕が好きだっていうなら誠意を見せろ  作者: ぽち
僕が好きだっていうなら誠意を見せろ
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閑話 転移したっていうなら心の整理をさせろ

 聖痕(スティグマ)の確認が終わった俺たちは、それぞれの部屋へと通された。

 今日のところはここに泊まれということらしい。


 本来なら一人だけを呼ぶはずだったので、用意できていたのは一部屋だけ。

 しかし、男女を同室にするのは如何なものかということで、急いで追加されたのだ。

 そのあたりは流石王城ということはある。


 俺はすわり心地の良い椅子に腰かけ、客室を見渡す。

 青のふかふかの絨毯に、シルクのカーテン。

 あまり想像したくない光景だが――大の男が三人ぐらい寝転べそうなベッド。


 異世界である以上、生活水準が地球より劣っていても仕方ないと思っていた。

 しかし、中々どうして部屋の設備は一流ホテルに勝るとも劣らないものだった。


 そして、この部屋には一際眩い大輪の花が一つ。

 ……我ながらクサい言い方だと思う。


「何? じろじろ見て」


 勇人のことだ。

 彼女(・・)は先ほど着替えたドレスのまま。

 机を挟んで俺と対面していた。


 勇人はじと目で俺を見ると、紅茶を啜る。

 少し前までいたメイドさんたちが淹れてくれたものだ。


 俺もさっき一口頂いたのだが、中々美味い。

 アールグレイに似た風味だったのだが、若干の酸味を感じる独特の口当たりだった。

 このあたり、やはり異世界なのだと痛感する。


 今この部屋にいるのは俺と勇人だけ。

 メイドさんたちには


「二人きりになりたいから」


 と言って席を外してもらったのだ。

 ……何故かそのとき、彼女たちは顔を赤くしていた。

 まあ、理由はなんとなく推測がつくが。


 他者から見て――それはもちろん俺をも含む――今の勇人は間違いなく女子だ。

 それもかなりスタイルのいい。

 正直、彼女を異性だと認識するのは当然だと思う。


「それで今後の方針のことだけど」


 いつまで経っても黙ったままの俺に業を煮やしたのか、カップを机に置いて勇人が切り出した。

 そう、わざわざ二人になったのは他でもない。

 これからどうするかを考えるためだ。


 俺たちは異世界人。

 言ってしまえば、この世界のために戦う義理はない。

 エルフたちの窮地は説明してもらったが、命を懸けるかどうかは話が別なのである。


「本音を言えば、僕は戦いたくはないね」


 勇人は率直に意見を述べる。

 そして彼女は小さく呪文を唱え、指先に火を灯す。


「簡単な呪文は使えるみたいだけど、僕の身体には殆ど魔力がないみたいだ。つまり――元から期待してないだろうけど――僕は戦力にはなれない」


 俺の部屋に来る前、何度か自室で魔法にチャレンジしたのだという。

 結果がこれ。

 エルフ以上に魔力の制御には長けているらしいが、肝心の魔力が雀の涙らしい。

 例えるならアプリを大量に詰め込んだ高性能スマホ。ただし、電池は常に最低……みたいなものだろうか。


「俺は……無茶苦茶体が軽い。地球にいたときとは比べ物にならないぐらいだ。これならやれそうな気はする」


 俺は力を見せつけようと、力こぶを作る。

 ――が、そのサイズは地球にいたころと大差ない。


 カレンが説明してくれたのだが、今の俺は筋肉が強化されているのではなく、体内の魔力が活性化している状況らしい。

 テレビゲームでいう強化系の魔法がかかった状態みたいなものか。


「賛成一、反対一。結論は出ないね」


 こんな会話、彼らの前じゃできない。

 そう言って勇人は笑う。


 流石の俺たちも救いを求めるエルフの前で本音は語りづらい。

 だからこうして密室で相談しているわけだ。


「とりあえず様子を見ることにしよう」

「ああ。でも、悪い人……エルフじゃなさそうだったぜ」


 俺は勇人の言葉に同意で返す。


「それは……そうだね。戦うのも『魔竜』。人じゃない。そのあたりは良かったよ」


 ――人間相手に殺しあえ。


 なんて言われてたら俺たちは即脱走していただろう。

 だからこそ、迷っているのだが。


「じゃあ、僕は色々あって疲れた。部屋で休むよ」


 それだけ言うと、勇人はふらふらと扉へ向かう。


 ――そりゃ、一日で別世界に飛ばされ女になってた……なんて精神的に疲弊しないわけないよな。


 俺は同情を込めた視線で彼女を見送った。





 僕は、扉の外に控えていたメイドさんに案内を頼むと、自室に戻りベッドに横になった。

 ――もちろんその前に服を着替える。

 流石に借り物のドレスが皺くちゃになってしまってはいけない。

 残念なことに着替え方がわからないので、メイドさんに手伝ってもらう羽目になったけど。


「はあ……」


 僕は苦しくて息を漏らす。


 ……胸が邪魔だ。


 僕は普段、うつぶせで寝ている。

 だけど、今の僕は余分なものがついている。それが潰れる形になり辛いのだ。

 仕方がないので寝返りを打ち、仰向けになる。


 これから考えるのは将来のこと。

 僕は、何のいたずらか女にされてしまった。

 正直、あのふざけた女神を怒鳴りつけに行きたいぐらいだ。


 こんな姿にされて、僕は将来どう生きていけばいいのだろう。

 それどころか、言われるがまま『魔竜』の元に行って帰ってこれるのだろうか。


 僕は右胸に手をやり、服を引っ張ると胸元に目をやる。

 幸いなことに、メイドさんが用意してくれたドレスはゆったりとしたもので、事を為すのは容易。


 ……別にえっちなことがしたいわけじゃない。

 そこにある痣――聖痕(スティグマ)だったか――を確認するため。


「こんなもののために転移させられるなんて。馬鹿じゃないの?」


 僕は一人ごちると、目を瞑り、意識を手放すことにした。





 俺は学生服のまま、ベッドに横たわるとポケットからスマホを取り出した。

 普段なら皺になるのを気にするところだが、どうせ二度と着ることはないだろうし、適当でいい。


 開くのは電話帳。

 ずらりと今まで出会った人々の名前が表示され、俺はそれをスクロールしていく。


 今までのクラスメイト。

 部活の先輩。

 一度会ったっきりの他校生。

 家族。


 ――そして、勇人。


「……ははは」


 俺の口から、乾いた笑いが零れる。

 こんな異世界に飛ばされて、俺はどこかほっとしていることに気づいたのだ。

 人付き合いがいいなんて聞こえはいいが、俺は息苦しくてしょうがなかった。

 家族も――勇人の前では口が裂けても言えないが、二度と顔を合わせなくていいのは清々する。


 何より、俺が唯一心を許した相手、勇人が一緒にいる。

 馬鹿げているかもしれないが、それが何よりの救いだった。


「俺が守る、か」


 女神の前で宣言した言葉を想い返す。

 この先、どうなるかはわからない。

 だけど、俺は親友を――か弱き少女となってしまった彼女を守る。

 それだけは変わらない。


 俺はそう決意し、電池も残り少なくなったスマホの電源を落として懐へと仕舞い込んだ。

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