後日談6 友達だから全部聞いてあげる
「そっか……残念だったね」
「ううん、そんな気はしてたんだよね~」
昼下がり。
僕は銀髪の少女を抱っこしていた。
リゼルだ。
彼女はそういうものの、耳は垂れ下がり、尻尾も力なくぶらりとしている。
昨晩、彼女は半年ぶりにこの村へと尋ねてきた。
狼少女の帰還に、村は湧いた。元々、リゼルの方が僕たちよりエルナ村に先にいたのだ。
自然と飲めや歌えやの大宴会。
どうやら、この村は随分お祭り好きらしい。
その翌日、ようやく落ち着いた僕たちは近況報告をしていたところ。
ちなみに雷牙は、リゼルに振舞うため新鮮な獲物を狩りに行っている。
いつぞやの宴会を思い出せば、貯蔵している分では足りないのが明白だから。
リシャール王への彼女の願いだけど、残念なことに何の成果も得られなかったらしい。
いくつもの村が瘴気へと消えた。
この世界に地球のような詳細な戸籍があるはずもなく、死者の名すら残らないのだ。
もちろん、指令を受けた調査員たちは国中を調べつくした。
だというのに、一切の手がかりは見つからなかったとか。
「元気出して?」
「だから大丈夫だって~。元気だからね、元気」
明らかな空元気に頭を撫でてやると、彼女は少しだけ嬉しそうに震えた。
……最初に彼女と出会ったのもこの村だった。
オーガに苦戦する雷牙たちの前に颯爽と現れたのが始まり。
僕にはそれが随分遠いことのように思えて来る。
「それで、これからはどうするの?」
「うーん。とりあえず、他の国も回ってみようかなって思ってる。他の国ね」
「エルフがいるっていえば、レギオニアとか?」
この大陸の中央にある多人種国家だ。
もっとも交通量が多い国。であれば、自然と行きかう情報も豊富なはず。
そう考えた僕が言うと、彼女は首を縦にすることで肯定した。
ここから山脈を越え、更に小さな山々の先。
少なくとも気軽に行き来できる距離ではない。
「それで、当分は会えないと思う……当分ね?」
リゼルは暗に再会を仄めかしつつ、にやりと笑う。
僕の頭には疑問符。
「だからユートはそんなに寂しそうな顔しないでよ~」
「え……」
僕はそんな顔をしていたのだろうか。
つい顔に手をやるけど、そんなことで表情がわかるわけがない。
先ほどまで宥める側だったはずなのに、いつの間にか立場逆転。
見た目だけなら年下の少女に気を遣われてしまっている。
……僕はこの世界に来てから弱くなった。
昔の僕なら、顔色変えずに彼女を送り出すことが出来ただろう。いや、そもそも関わることすらしなかったかもしれない。
でも、その変化が嫌じゃない。
むしろ好ましいものだと感じられるようになった自分がいて、少し驚く。
「ずっと人探しするわけじゃないからね~。とりあえず軽く三年くらいかな、軽くね? そしたら戻ってくるよ」
感覚が違いすぎて苦笑。
僕たちの概念では三年「も」だ。
「三年後か……どうなっているんだろうね」
つい遠い目をしてしまう。
元の世界では大学に進学か就職しているころ。
だけど、この世界ではそんなこと関係ない。今のところは雷牙と一緒に暮らすだけで手一杯だし。未来の展望が思い浮かばず、呟きが漏れた。
「うーん。子供とかいるんじゃない? 子供」
「え?」
リゼルの言葉に一瞬フリーズ。
誰と、誰の?
「ライガとユートだよ」
……僕は声に出してしまっていたらしい。
リゼルに突っ込まれ、頬が熱を持ったのがわかった。
「……早いよ。まだ」
「え~、プロポーズして同棲してるんじゃないの? 王都の方でも噂になってたよ、噂!」
――リシャール王の面前でのやりとりか。
僕は言葉に詰まる。
この村に移住してきたとき、リルッドさんに言われたように、そう解釈をしたエルフは多いらしい。
あのときは何とも思わなかったのに、今になって妙な気恥ずかしさが込み上げてきた。
「リゼルはどうなの?」
だから僕が話を逸らすと
「うーん、どうだろうね~」
と意味深に微笑む。
僕は昨晩の出来事を思い出す。
彼女の容姿は、村民の男性からも人気があるようで、何度もダンスのお誘いを受けていた。
黙っていれば西洋人形のような美少女で犬耳に尻尾だ。当然だと思う。
ついでに言えばフリー。
やっぱり世界が違っても、そして種族は変わっても人間の趣味は変わらないのだと実感する。
「とりあえず今のところ予定はないよ~予定は」
そしてリゼルは「あたしより強い相手じゃなきゃ」と付け加えた。
とてつもなく高いハードルだ。
高すぎて下から潜り抜けてしまいそうなほど。間違いなくエルナ村の男性陣は全滅だろう。
「それに、お母さんの家族が見つかるまでは待とうかなって」
「そっか……」
なんとなくしんみりとした空気になってしまった。
すると、リゼルが切り出した。
「ユート。本当のことを言うから聞いてほしい。本当のこと」
いきなり雰囲気の変わった彼女に、無言で僕は頷く。
すると、彼女は語り始めた。
「ルーツ探しなんて言ってたけど、最初はね、旅に出る口実でしかなかったんだ」
「……うん」
「お父さんの領地にあたしより強い人はいなくて、毎日つまんなかった。お母さんは口うるさかったし……。だから、本当は家出みたいなもんだったんだよね、家出」
まるで懺悔のようで、僕は相槌を打つことしかできない。
「でも、たまたまこの村に来て、家族を失った村のエルフたちを見て思ったんだ。お母さんもこんな気分だったのかもって。いきなりの理不尽で引き離されて……」
「――わかるよ」
一瞬ですべてを失う苦しみと悲しみは、僕もよくわかる。
あの心細さは、体感した人間じゃないとわからないし、体感する人間を増やしていいものではない。
「だから、今あたしは絶対にお母さんの家族を見つけてあげたいと思ってる。絶対ね。それがあたしの誓い」
「……もし、辛いことがあったらいつでも来てほしい。なんでも聞くよ? もちろん、僕の愚痴も聞いてもらうけど」
「そ、それはやだな~。愚痴るのはいいけど、聞きたくはないよね~、愚痴は」
リゼルは本当に嫌そうな顔。
それがなんだかおかしくて、つい笑いが零れる。
彼女も呼応するように顔を綻ばせ、不思議と和やかな空気が部屋に流れていた。