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僕が好きだっていうなら誠意を見せろ  作者: ぽち
僕も好きだから誠意を見せる
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後日談5 僕は不安だから想いを伝える

 その日、妙に雷牙の帰りが遅かった。 

 彼が森の魔物程度に後れを取るとは思わない。

 旅の間は瘴気の影響を受けていたからこそ苦戦したのであって、通常のそれでは全く相手にならないだろうから。


 だけど、一大決心した直後だけに胸の奥がざわつくのを感じていた。

 昔、ドラマで帰りの遅い夫を問い詰める妻のシーンがあったけど、もしかしたらこんな心境だったのかもしれない。

 ナチュラルに女性の視点に立って物事を見つつある僕も大概だと自嘲する。


 することもないので、心の中でリハーサルを繰り返した。

 思えば、旅立ちの前、僕に告白したときの彼も同じだったのだろうか。

 ……今となってはわからない。


「ただいま」


 がたりと扉が開いて足音。

 そして雷牙がリビングへと入ってくる。


「……おかえり」

「すまん。遅くなって。ちょっと手間取ったんだ」

「ううん。ご飯、食べるよね?」


 彼の返事を聞いて、僕は夕食を温める。

 燻製にした鹿肉をたっぷり含んだシチュー。

 牛乳ではなく山羊乳と、大分地球のものとは異なってしまったけど、また違う味わいが魅力的。

 乳製品特有の柔らかな香りが部屋を包み始めた。





「ごちそうさま。今日も旨かった」

「お粗末様でした」


 雷牙はペロリと二人前ほど平らげてしまった。

 対して僕は、一皿の半分ほどで胸がいっぱい。食事が喉を通らないなんて初めての経験かもしれない。下手をすれば、『邪竜』との決戦前より緊張しているかもしれなかった。


「体調でも悪いのか?」

「あ、ううん……それは大丈夫」


 食後のお茶を彼に渡しつつ、僕は答えた。


 ――僕は、本当の気持ちを伝えなければならない。


 理由はわからないが、彼が僕に触れようとしないから。

 そして、その解決が相手任せでは待ちきれないから。

 もし彼が了承してくれれば、僕たちは一つ先の段階へと一つ進むのだろう。 


 ……一つ先とはなんだろう?  


 昼間の会話が脳裏を過る。


『唇とか胸とか――とか』


 僕の頭は沸騰した。


「顔、赤いぞ?」


 心配するように顔を覗き込む彼に、心臓がドキリと跳ねた。

 目を反らせば僕より随分太い指が目に映り、それで自分の身体をなぞられることを想像してしまう。

 あの逞しい腕に抱きしめられればどれだけの安心感が得られるのだろうか。


 そんな思考に脳内が浸食されそうになり、僕は必死で平静を装った。


「本当に何でもない。なんでもないから……」

「ならいいけど」


 拙い。

 このままでは切り出せずに終わる。


「えっと、その」

「やっぱり、どこか悪いのか?」


 言葉に詰まると心配される。

 違う。そうじゃない。

 その度口に出せない堂々巡り。


 この状況を打破する手段はただ一つ。

 秘薬である。


 僕は雷牙から見えない方へ向くと、勢いに任せ封を切り、口の中へ含む。

 芳醇な香りと共に頭がカッとなった。


 ――これ、ワインだ。


 なんて気づいても、飲んでしまったのだからもう遅い。

 液体は喉をくぐり、胃の中で灼熱と化し僕を襲う。





「雷牙」

「お、おう」


 勇人が面と向かって語りかけてきた。

 先ほどまでとは打って変わって真面目な表情に、自然と俺も気を引き締める。


「君にお願いがある」

「まあ、無茶なものでないなら」


 俺は勇人が何を言い出すのかと思いつつも一口お茶を含んだ。


「僕を――無茶苦茶にしてほしい」

「ぶふぅ――っ!」


 ――今、なんて言った!?


 まるで悪役レスラーの毒霧のように茶が舞う。

 正直これはかなり汚い。

 あとで拭いておかねば。勇人にかからなかったのが救いだ。


「ごほっ、ごほっ……」

「冗談冗談」


 噎せ返る俺を指さして、勇人はけらけらと笑った。

 いつものこいつなら、こんな冗談は言わない。


「お前……まさかそれ、ワインか!?」


 彼女の手にある小瓶に残った赤い液体……状況から推測しても間違いないだろう。

 そんな俺に対し、勇人はにんまりとして


「だとしたら?」


 と挑発してくる。


「お前、前回で懲りたんじゃないのか?」

「飲んじゃったんだから仕方ないよ」


 そして一笑。

 俺が対処に困っているうちにどんどん近づいてくる。


「ごめんね、雷牙。怒った?」


 謝罪と同時に舌を出す姿が淫靡で、つい俺は目を反らす。

 ……とその隙に勇人は前進。 

 完全に接近されてしまった。


「お前は酒癖が悪いから嫌なんだよ。冗談の質が悪すぎる……」


 これはもう顔を顰めてぼやくしかない。

 すると


「……冗談じゃないんだ」

「は?」


 ――耳を疑った。


「三か月前『好きにしていい』って言ったけどそれじゃ駄目だったみたい。訂正するよ。『好きにしてほしい(・・・)』」

「……お前、意味わかってるのかよ?」


 誘惑するような彼女についふらふらと行きかけて、俺は必死に理性を持ち直す。

 酔った相手にどうこうするなんて、それは最低だ。


「『好きにしてほしい』で伝わらないなら、僕がしてほしいことを言う」

「実現するかどうかはわかんねえぞ」


 目の前の少女は、まるで時限爆弾。

 一体何が原因で起爆するかわからない。戦々恐々としつつもぶっきらぼうに俺は返す。


「簡単だよ」


 その簡単が何よりも恐ろしいんだよ。

 俺の心を知らず、勇人は天使のような微笑みを向けてきた。

 そして、宣告。


「ぎゅって抱きしめてほしい」

「お、おう」


 拍子抜けと同時に一安心。

 キスしてくれ――とかじゃなくて残ね……よかった。

 なんかもう感覚が狂ってきてハードルが低く思えてきた。


 俺は躊躇いなく華奢な身体を抱きしめる。

 酔いのためか、はたまた興奮のためか、とても彼女の肢体は熱い。

 腕の中の柔らかな感触を堪能しつつ、潰してしまわぬよう加減する。


「僕も君が好きなんだよ、本当に……。だからもっと触ってほしい。でないと寂しくて、切なくてたまらないから……」


 甘えるようにそれだけ言うと、勇人は酔いつぶれてしまった。





 翌日、マルーファさんが旦那さんと共に平謝りに来た。

 正直、小瓶を開けてからの記憶がないから反応に困ったのだが、雷牙の顔を見ればあまり良いことが起きたわけではないらしい。

 恐らく一番の被害を被っただろう雷牙が


「今回は許すけど、二度とやらないで欲しい」


 と許すことでその場は収まった。


「役得だったでしょ?」


 と言ったマルーファさんが旦那さんに拳骨を食らっていたけど……。

 兎に角、その日以来僕と雷牙に変な距離感はなくなった。

 だからといって進展したかは別のお話だけど――まあ、たっぷり時間はあるんだろう。

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