後日談4 僕は不安だから相談する
あの日。
僕が雷牙に想いを告げてからもう三か月。
「……おかしい」
彼は僕に対して指一本も触れてこない。
もちろん、洗濯物をといれたり食器を運んだりとしたときに触れ合うことはあるけど、それぐらい。
本当に必要最低限だけという感じ。
今、雷牙は狩りに出かけている。
なんだか、最近その頻度が高い。
別に文句があるってわけじゃないけど……。
「むむむ……」
もやもやしたものを感じた僕は、必死にその原因を考える。
熟慮を重ねたものの――結論は出なかった。
こういうときは
「よし。相談しよう」
今の僕は以前とは違う。
他者を頼ることを覚えたのだ。一人でわからないことなら先達の知恵を借りるのが一番だろう。
◆
「というわけなんです」
僕は説明を終えると、紅茶で喉を潤した。
向かった先は隣家。
新婚夫婦のお宅だ。
実は、僕たちが『魔竜』討伐のためにエルナ村を後にする前日の宴で結ばれたカップルらしい。
今回の相談相手はマルーファさんという。
外見だけなら僕より少し上ぐらい。だけどエルフなので当然、年齢には十倍以上の開きがあるはず。
おっとりした感じの女性で、村に来てから何かとわからないことがあるとお世話になっている。
長寿なエルフ族からすれば僕たちは子供のようなもので、微笑ましく映るらしい。
そのためか、みんな僕たちに不自由がないよう良くしてくれているのだ。
「ふぅーん……何が不満なのかしら?」
「え?」
まさか聞き返されるとは思わず、僕の口からは間抜けな声が漏れた。
不満……?
「えーっと……」
「もやもやするということは、何か欲求があるんでしょう? それは、満たされないから生まれる感情だわ」
マルーファさんは普段と異なり、朗々と告げていく。
こんな人だっただろうか。
「具体的な何かがあるはずよ?」
問いかける彼女の眼差しは鋭い。
「う……」
若干嗜虐的なそれに、ついうめき声が漏れた。
何度も僕は考える。
それでも残念なことに思い当たるのは一つしかなくて、僕は頬が熱くなるのを感じる。
「……触れて欲しいんです」
「何処に?」
「ど、どこにって……」
「パッと思いついたところでいいから言ってみて?」
容赦ない質問攻め。
益々熱が強くなるのを実感しながら、必死に言葉を絞り出す。
「その……手とかですね。握ってもらって。欲を言えば、抱きしめてもらえたら……」
「あら。それでいいの?」
「ど、どういうことですか?」
「例えば、唇とか胸とか――とか」
「ちょっと待ってください!」
それは女の人が言っていい言葉ではないと思う。
僕は必死で彼女の言葉を遮った。
「好きなんでしょ?」
「ええ、まあ……」
言葉を濁したものの、今の僕は大分やばい。
旅の間、僕は命を落とすからと押しとどめていたものが、堰を切っておかしなことになっているのだと思う。
「なら自然なことだと思うわよ? たとえば、ユートちゃんはどのあたりが好きなの?」
マルーファさんに促された僕は、大まかに旅の途中の誠意について話す。
流石に女神については割愛したけど、概要は伝え切れたはずだ。
僕は紅茶をもう一口。
……うん、話しているうちに平静を取り戻せた。
「うーん。なんだか、ユートちゃんは難しく考えすぎな気がするわ」
「難しく、ですか?」
僕はマルーファさんの言うことが理解できずに首を傾げる。
四つも理由があれば十分な気がするけど。
「相手が何かをしてくれたから、それに応えなきゃって思ってない?」
「違います!」
それは絶対に否定しなくちゃいけない気がして、思ったよりも大きな声が出た。
その声を聴いたマルーファさんは、驚くどころか嬉しそう。
「じゃあ、どうやって告白したの?」
「それは、雷牙から……」
「なら受け答えを教えて?」
彼女に言われた通り、僕は村に着いた日、彼に告げた言葉を再現する。
『僕はいいよ。君は僕の身体を好きにしていい。その権利がある』
もう顔から火が出そう。
穴があったら入りたいってこういうことをいうんだろう。
「今は、あなたがしてほしいのよね?」
「……はい」
「そうね、それが本当の気持ちだと思うの。なら、ちゃんと胸から湧き上がるそれを伝えなきゃ。駄目よ、『好きにして』なんて」
「そういうものなんですか?」
「自分の想いを告げずに相手に行動してもらおうなんて、そんなに甘くないわよ?」
不思議と彼女の言葉は僕の胸に響いていく。
なんだか、すっと楽になった。
「ありがとうございます。上手くできるかわからないけど、やってみます」
僕が頭を下げ、そう告げると
「お礼を言うのはこっちの方よ」
マルーファさんはそう返した。
……意味が分からない。明らかにお世話になったのは僕の方。
「わからないのも無理ないわね。『邪竜』がいたころの話だもの。……あの状況で、助けにきてくれた貴女たちは本当に希望だったの」
「……それは、雷牙たちですよ。僕はただ、見ていただけです」
買いかぶりすぎだと思った。
あのとき僕がやったことといえば、彼らを死地に送り出しただけ。
だというのに、彼女はにこりと笑って続ける。
「違うわ。あのとき、貴女は村のために囮になってくれたでしょ? むしろ、見ていただけなのは私たち。その姿を見て、私も頑張らなきゃって思ったの。それでお祭りの日、あの人に告白したのよ」
マルーファさんが言うのは旦那さんのことだろう。
そんなことがあったのか。
「あなたたちに何があったのかは知らないけど、それで救われた人たちがいるってこと、忘れないでね?」
視界がぼんやりと滲みかけているのに気づき、僕は必死で堪えた。
「……頑張ります」
「そうだ。ちょっと待っててね」
マルーファさんは僕の頭を撫でた後、キッチンの方へと向かってしまった。
戻ってきて取り出したのは小指ほどの長さの小瓶。
中には艶やかな深紅の液体が注がれている。
「なんですか、これ?」
「ふふふ、素直になれるお薬よ……もし、どうしてもいえそうになければ飲んでみて?」
「ありがたく受け取っておきます」
出来る限りこういうものには頼りたくない。
でも、一世一代の大勝負なら、こういう奥の手も大事なのかもしれない。
別れ際にマルーファさんが言った。
「男の子は、こういうとき奥手になっちゃうから、女の子の方から攻めていかないとね?」
……耳が痛いなあ。