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僕が好きだっていうなら誠意を見せろ  作者: ぽち
僕も好きだから誠意を見せる
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後日談3 俺は不安だから彼女に戸惑う

 エルナ村に移住してから一月が経った。

 俺は今、狩人で生計を立てている。


 幸い、瘴気の晴れた森には動物や魔物が戻り始めていた。

 もちろん傷痕は深く、元通りとはいかない。それでも生命力を取り戻しつつある光景にはほっとする。


 昼過ぎ。

 相棒のガラティーンを片手に家から出ると


「おや、ライガ様。狩りに行かれるので?」


 村長――いい加減その呼び方はまどろっこしいと感じたので本名を聞いた――リルッドが声をかけてきた。

 見た目だけなら三十代すぎぐらいの壮年だが、エルフなので三百歳の年上だ。


「ああ。そろそろ、前回狩った獲物も尽きてきたころだし」


 二週間ほど前、丸々と肥えた猪を何頭も狩ったばかりなのだが、恐ろしい勢いで食べつくされてしまった。……俺たち二人だけで食べたわけじゃない。


 どうやら、この村のエルフたちは完全に肉食に目覚めてしまったらしい。勇人の調理が美味しいから余計に。

 狩りに行くたび、物々交換を持ちかけてくる。

 文明開化で牛鍋を初めて食べた日本人もこんな感じだったんだろうか。

 まあ、家畜や畑のない俺たちにはありがたいことなのだが。


「……それにしても、いい加減『様』ってのはやめてほしいんだが。ガラじゃない。勇人も言ってただろ? 俺たちは村人だって」


 リルッドは村長である。そんな彼が、村民である俺に尊称を付ける必要はないはずだ。

 ――なら君も敬語を使いなよ。

 と、この場にあいつがいたら突っ込まれそうだが、性分なのだから仕方ない。


「いえいえ。お二人は村の救世主ですので」


 目の前のエルフはそれだけ言ってにやり。


「ですが、そう仰るのなら村長命令として獣肉を優先的に融通していただきましょうかねえ」

「……あんたなあ」

「フフフ、冗談ですよ。ですが、どうかご贔屓にお願いしますよ」

「平等に分けさせてもらうよ」


 おどけるリルッドに軽く別れの挨拶をすると、俺は近場の森へと向かった。





 俺は日が暮れ始めているのに気づくと狩場を後にする。

 本日の戦果は、一言でいえば大猟だった。

 鹿が二頭に、名前の知らない鳥型の魔物が五羽。

 血抜きと内臓の処理は済ませてある。これだけあれば当分肉には困らないだろう。


 それをガラティーンでバラすと、予め持参しておいたケースに詰め込んでいく。随分余裕を見ていたはずなのに、すぐに満杯になった。

 当然相当な重量になるのだが、俺はケースを片手で持ち上げる。

 一度肉体が消滅しかけた勇人と違い、俺は彼女から受け継いだ『勇者』の力が保持されたままだ。

 そのため人外染みた力が相変わらず発揮できる。


 結構な時間、狩りに集中していた。緊張を解くとぐぅと腹の虫が鳴く。

 今日の夕飯は……カレーだったかな。

 独特な香辛料の匂いを思い浮かべただけで自然と唾液が湧き出てきた。


 走って帰ろうか。

 なんて考えて、自嘲する。


 ――まるで子供みたいだ。


 俺も勇人も、地球では一人暮らし。

 そのため、家に帰っても誰もいない日々が続いていた。勇人は兎も角、俺の場合空腹なら外食でもして帰ればいいわけで、腹が減ったから急いで帰るなんて思考は随分ご無沙汰である。


 家に帰ると、誰かが待っていてくれる。

 そんな生活が当たり前になりつつあることに、安らぎを覚える自分がいた。


 ――ゆっくりと帰ろう。


 そう思うと、夕食への期待を少しでも長く味わっていたくなった。

 夕闇に沈みつつある大地を楽しみつつ、俺は歩むことにする。





「ただいま」


 風景に見惚れていたら完全に夜になってしまっていた。

 普段ならランプの灯りが漏れているはずの窓が薄暗くて、疑問に思いながら扉を開く。


 ……真っ暗闇だ。


「【火種(ファイア)】」


 俺は指先に火を灯らせると、僅かな明かりを頼りに廊下を進んでいく。

 確かランプはこのあたりにあったはず……。


「あった」


 銀色のそれに炎を燃え移らせれば、途端に部屋が明るくなる。

 これで捜索もしやすくなった。


「おーい、勇人?」


 彼女はどこにいるのだろう。

 俺は疑問を覚えつつも居間へと向かう。

 全く返事がないのが心配だ。


 ――すぐに勇人は見つかった。


 テーブルに突っ伏し、眠ってしまっている。

 腕を枕にしているが寝苦しくはないのだろうか?

 表情を窺えば、幸せそうに熟睡していた。


 無防備な横顔。

 それを見ているとなんだかむらむらしたものが込み上げてきて――俺は必死に押しとどめる。


 実は、初めて村に来た日もヤバかった。

 

「好きにしていい」


 なんて告げた後の何処か不安げな瞳。

 目を瞑った後、小刻みに震える肩。


 ……正直、腕の中に抱きしめたくてたまらなかった。

 目の前の小さな体躯に、欲望をぶつけそうになるのをギリギリ堪えたのだ。


 俺のブレーキとなったのは二つ。


 勇人に嫌われたくないという想い。

 もう一つは――それが彼女の負い目からの行動でないかという恐怖。


 勇人は否定した。

 だが、もしこの感情が独りよがりなものだったらと思うと――。


「……時間はたっぷりある、か」


 勇人の言葉を想い返し、俺は小さなため息をついた。

 そして、彼女を起こすことにした。





「ごめん、寝ちゃってたね」


 僕は雷牙に揺さぶられて目が覚めた。

 気づけば、肩には毛布がかかっている。風邪をひかないよう配慮してくれたんだろう。


「ちょっと洗濯物を畳み終わったらうつらうつらとしちゃって……」

「いや、別にいい。……でも、腹が限界だから飯にしてほしいな」

「うん、わかった。温めるからちょっとだけ待ってて」


 寸胴鍋には大量のカレー。

 雷牙の消費が激しいため、多めに作らないといけない。匂いを嗅ぎつけた村のエルフたちにもおすそ分けしなければならないし尚更。


 量を作るのは苦にならないけど、温めるのに時間がかかるのが難点。

 この世界、電子レンジなんてものはないのだ。

 仕方なく、小鍋によそって加熱していく。


「なあ」


 雷牙の声に振り向くと


「いや、なんでもない」


 彼はすぐに自分の言葉を取り消した。


「なに? それ」


 意味が分からず僕は問い返したのだけど、結局、彼はそれきり黙りこんでしまった。

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