後日談2 一つ屋根だから距離が縮まる
エルナ村に訪れるのは三度目。
村人たちも慣れたもので僕たちを迎え入れてくれた。事前に通達が行っているから尚更だ。
「ようこそおいで下さいました、『英雄』様、『聖女』様」
村長代理だった。
お祭りの夜を期に、正式に村長に就任したらしい。
「『英雄』も『聖女』もやめてください。これからはただの雷牙と勇人ですから」
僕がそういうと、彼は慇懃に
「わかりました。――新たな村人を歓迎しますよ」
と言った。
ちなみに、僕が『勇者』であることは雷牙以外知らない。
カレンさんたちも、僕と雷牙が『英雄』の力を半分ずつ持ち合わせたのだと思っている。
この世界にとって『勇者』とは特別なものらしいから。
だからこれは二人だけの秘密。
「それで、俺たちはどこに住めばいいんだ?」
「ええ。そのあたりは事前に決めてあります。もちろん、お二人が気に入ればのお話ですが」
◆
案内の末、辿り着いたのは見覚えのある一軒家だった。
「前村長宅ですか?」
「はい。先代には身寄りがなかったため、空き家になっていたんです。それに、一度過ごされた家の方がよろしいかと思いまして」
……一週間も滞在しなかった家だけど、不思議なもので懐かしさを感じる。
僕は村長の心遣いに感謝し、礼を言う。
「それで、俺の家は?」
雷牙が訊くと、村長さんはきょとんとする。
「え? お二人は一緒に住まれるのでは?」
「……ちょっと待ってくれ」
「リシャール王の前でプロポーズされた……と兵が噂しておりましたよ?」
僕は彼の言葉を聞いて、あのときのことを想起する。
『守る力が欲しい』
『お前と一緒にエルナ村に行く』
……そう受け取られても仕方のない言葉だった。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……いや、まあそれでいいんだが……兎に角、早すぎる!」
雷牙が顔を真っ赤にして慌てるのがなんだかおかしくて、僕はクスリ。
「いえ、大丈夫です。色々とありがとうございます、村長さん」
「おい、勇人!」
雷牙を無視して村長さんに頭を下げると
「では、また何かあれば相談してください」
彼は手を振って去って行った。
……僕が言うのもなんだけど、雷牙を無視できるあたり、中々いい性格をしている。
◆
家に入れば、数日前と変わらない光景が待っていた。
……四人で過ごしていたことを想うと、二人だけというのは少し寂しいか。
燥ぐリゼルに、それを叱るミューディ。
そんな二人に笑う僕とカレンさん。
目を閉じればそんな情景が簡単に思い起こせて……なんで思い出に浸る暇は残念ない。
「勇人、どういうつもりなんだよ!」
雷牙がうるさいからだ。
落ち着かなさそうにうろうろ。
少し座った方がいいと思う。
「雷牙、落ち着いて。紅茶を入れるから」
「おうサンキュ……ってそうじゃない!」
凄いノリツッコミ。
やっぱり慌ててる。
僕は無視して茶器に手をやる。
聖痕からはもう力を感じない。
これが女神の言う「一度だけ」なんだろう。それでも少しだけの魔法は使えるようで、日常生活を送るには十分だ。
いつの間にか、雷牙は椅子に座っていた。
テーブル越しに対面する形となる。
「はい」
一瞬でお湯を沸騰させ、カップに注ぐと雷牙へと渡す。
彼は渋々とだけど、受け取り一口。
僕もそれを見てカップを傾けた。
雷牙は一気に全部飲んでしまう。
……お城でもらった結構いい茶葉なのに勿体ない。
机に置いたところをもう一杯注いでやる。
「お、ありがとう。……で、もう一度聞くが、どういうつもりなんだ?」
「どういうつもりって?」
「いや、……一つ屋根の下で間違いがあったらどうすんだよ」
自分で言っていて恥ずかしいのだろう。
彼の顔は、紅茶よりも鮮やかな赤だった。
――なんだ、そんなことか。
「それが、問題?」
「いや、大問題だろ!?」
「僕はいいよ。君は僕の身体を好きにしていい。その権利がある」
……彼が息をのんだのが、対面している僕にはわかった。
◆
「どういう意味だ?」
「今日は質問ばかりだね」
「……はぐらかすなよ」
場を和ませるためにおどけてみせたのに、逆効果だったみたい。
雷牙の声に苛立ちが混ざってしまった。
「言ったでしょ? 『誠意を見せろ』、って。君は僕に誠意を見せてくれた。だから僕も答える。それだけだよ」
「……負い目からじゃ、ないんだな?」
彼の瞳が僕を射すくめる。
……彼が言うのは、僕の嘘について。
それを気に病んで、こんなことを言っているのではないかと思ってるらしい。
「……違うよ」
――君は、最後まで僕を守るために戦った。
――君は、最後まで決して僕以外の女の子に目を向けなかった。
――君は、最後までこんな嘘だらけの僕を信じてくれていた。
――そして、君は、最後まで生き残った。
……好きになるのも仕方がないと思うんだけど、違うのかな。
「僕は、君と一緒に生きたい。だから、別に、いいよ。これは本心から言ってる」
「……わかった」
そう答えると、彼は立ち上がり、テーブルの横を通り僕の方へやってくる。
……この流れだと、そういうことだよね?
僕も立ち上がると、彼の方へと歩んでいく。
「えっと……よろしく」
そして、目を瞑る。
僕は一切の経験がないので、身を委ねるしかないから。
……いつまでたっても、何も来ない。
不思議に思い、目を開けようとした直前
「いたっ!」
おでこに軽い衝撃。
多分、デコピン。
「いいんだ」
驚きに目を見開く僕に、雷牙が言った。
「焦らなくていい。少しずつ、距離を詰めていけばいいんだよ」
「……うん」
僕は、ようやく手が震えていることに気づいた。
もしかしたら、ちょっと怖かったのかもしれない。
「そうだね……、時間はたっぷりあるんだし……。よろしく、雷牙」
「ああ、これからも、よろしく」
僕が手を差し出せば、少年のように笑う彼も片手を出す。
親愛の握手。
これからは、僕が彼に誠意を見せる日々が始まる……のかもしれない。