四話 『聖女』だっていうなら女がやれよ
カレンの叫びで群衆が再びざわめき始めた。
「どういうことだ?」
「カレンが『聖女』ではなかったのか?」
嫌な空気だ。
刺すような視線がカレンに集中する。
「リシャール王! 状況が、不明すぎます。一度、落ち着いたところで関係者だけと話させてください」
そんな雰囲気を払しょくするため、僕は声を張り上げる。
「勇人!?」
雷牙は無視して続ける。
「本来なら一人だけの『英雄』、僕の性別、聖痕の消失……あなた方の予定と食い違うばかりだ。整理が必要でしょう?」
「……そうですな。ユート様の仰るとおりです。小休憩の後、別室で会議を開くことにします。『英雄』殿二人、私、そしてカレンの四人で十分でしょう」
そうして、この場はお開きとなった。
◆
僕は、一人だけで衣装室に通された。
一人にするのは不安だったのか、雷牙も同行したがった。だけど、「女性の着替えを覗くものではありません」と城の侍女さんに言われては引き下がるしかなかった。
僕としては女性扱いされるのは複雑だったけど、この姿を雷牙に見られる方が恥ずかしかったので何も言わなかった。
それにこの服は何かときつい。
胸の押しつぶされるような感覚に息が詰まる。
部屋の扉が閉められるのを確認すると、急いでボタンを外して息をつく。
解放された僕の胸が――非常に不本意ながら――ボヨンと擬音が聞こえそうなほど弾む。
「すごいですね……」
侍女さんが感嘆のため息をついて巻き尺を取り出した。
「ユート様は本当に男性だったのですか? 落ち着かれていらっしゃるし、私にはとてもそうは見えませんわ」
「事実ですよ。正直、凄く戸惑っています」
彼女は、召喚の儀が行われた儀式の間にはいなかったらしい。僕の取り乱しようを知らないからそう感じるんだ。
今でも内心、穏やかではない。夢だというなら覚めてほしい。
それでも、努めて冷静であるように必死だ。
「スタイルもよろしいですし、可憐ですわ」
侍女さんは喋りつつも手は止めない。恐るべきスピードで、インナーとトランクスだけになった僕の身体を測っていた。
女性は男性と脳の構造が違って、並行して二つのことが出来るというけど、これがそうなのだろうか。
侍女さんがサイズに合わせた衣服を探しに行った間、僕は備え付けられた大きな鏡を覗き込もうとした。
が、すぐに目をそらす。
豊かな双丘がアンダーシャツを押し上げている。それだけならともかく、先端が浮き出ていて、とても卑猥だった。
何故だか、自分の身体だというのに、いけないことをしている気がしたのだ。
ほどなくして侍女さんが帰ってきた。
手にはドレスと――この世界にもブラジャーはあるらしい――上下どちらもそろった女性用下着があった。
――着けなきゃいけないんだろうなあ。
僕は気が遠くなるのを我慢しながら手を伸ばした。
そうだ。つけ方わからないから侍女さんに教えてもらわないと……。
◆
勇人において行かれた俺は暇だった。
少し離れた休憩部屋に通されたのはいいんだが、俺以外に誰もいないからだ。
王様は、召喚が成功した報告をしなければならないらしく出て行ってしまった。儀式に参加できなかった貴族や民衆の不安を解消するためらしい。
そして、カレンと呼ばれた少女は気分が悪いといってどこかへ。
城の侍女や兵士などは、全く俺と目を合わせようとしない。
もしかしたら、粗相を恐れているのかもしれない。『英雄』は王と同等の権力があるらしいし。
いつもなら自分から話しかけるのだが、そういう気分になれなかった。
状況の変化に困惑してしまっているからだろう。
もう居眠りでもしてしまおうか――なんて考えた瞬間
「た、大変ですっ! ライガ様! すぐに衣装室へお越しください!」
勇人と一緒だったはずの侍女に呼びかけられた。
慌てて俺は急行する。
――まさか、勇人に何か?
大体一度通れば地理は把握できるので、侍女を置いて駆け出す。
地球にいたころとは比べ物にならないぐらい体が軽い。
これが『英雄』の肉体の力なのだろうか。
あっという間に衣装室へとついた。
そしてノックもせずに扉を開く。
「侍女さん、どこへ行っていたんですか?」
呑気な勇人の声。
「着付けの途中で叫んで出て行っちゃうから何かと――」
振り向いた彼女は下着だけしか身に纏っていなかった。
白い肌が目に飛び込んでくる。
力を込めて抱きしめれば折れてしまいそうな細い腰。
さっきはシャツで覆われていた胸は、ブラジャーにしか包まれていない。柔らかそうな見た目に反して、暴力的なインパクトを持っていた。
「で、出てけぇ――!」
手元に投げられそうなものがなかったのか、座っていた椅子を掴み、勇人が叫んだ。
この後の行動は容易に想像できる。投擲だ。
「す、すまん!」
俺は慌てて扉を閉め、逃亡した。
◆
ばくばくと激しく脈打つ心臓をどうにか押さえながら、俺は床にへたり込む。
顔が真っ赤だ。裸を見られた勇人はもっと真っ赤だろう。
ひんやりとした空気が気持ちいい。
「ライガ様! 先ほど、すごい音がしましたが大丈夫ですか!?」
そんな俺に少女が駆け寄ってきた。
カレンだった。
幾分体調を取り戻したのか、顔色は朱に染まっている。
背後にはリシャールと俺を呼びに来た侍女がいた。
どうやら、俺に声をかけた後二人のところへ向かったらしい。
「ああ、大丈夫。あの、侍女さん、勇人に服着せてやってください」
同性のカレンは兎も角、俺とリシャールがこのまま部屋に入るわけにはいかない。
「わかりましたわ。……カレン様、確認のためご一緒下さい」
二人が扉の向こうへ消えるのを、俺とリシャールは見送るしかなかった。
◆
少ししてからカレンが出てきた。
リシャールの近くに寄ると
「間違いありません。聖痕です」
と震える声で告げた。
リシャールの顔つきが一変するのを見て、俺は声をかける。
「それがどうしたんだ? 『英雄』ってのには聖痕があるんだろ? なら勇人にあっておかしくないだろ」
「ええ、それだけなら問題はないのです……長くなるかもしれません。まず、部屋へ入りましょう」
俺たち三人は衣装室へ場を移すことにした。
◆
部屋に入った俺を出迎えたのは、ドレスに着替えた勇人だった。
上等そうな純白のドレスだ。胸元も隠されていて、ロングスカート。決して露出や装飾が多いわけではないのだが、却って純朴そうな少女の美貌を引き立てていた。
つい見惚れそうになる俺を
「雷牙、さっきのこと、忘れてないからね」
勇人のじと目が射抜く。
眼力につい後ずさりしそうになったところに、カレンが咳払いをした。
注目を集めたのを確認して、彼女は口を開く。
「ごほん、先ほど、ライガ様が仰ったとおり、『英雄』に聖痕があるのは当然です。しかし、形が問題なのです」
「形?」
「ええ。『英雄』の聖痕は一人一人形が異なるのです。これは伝承に語られているもので、間違いありません」
俺の疑問に軽く答えるカレン。
勇人は状況が理解できないのか、首をかしげるだけだ。
「どういうこと? いきなり騒がれても僕にはわからないんだけど」
「一言でいえばですね、同じ聖痕を持つ『英雄』などありえないのです」
カレンの言葉で俺はなんとなく察する。
「もしかして、俺と勇人の聖痕が同じ形状ってことか?」
カレンは首肯。
「それはもう、二人の『英雄』ではなく……『英雄』と『聖女』の関係になってしまいます……」
最後の方は絞り出すような声だった。
話を聞くに、彼女が本来の『聖女』だったらしい。だが、儀式の直前、痣が疼きだし――消えた。
消えた聖痕。性転換した勇人。そして勇人に現れた俺と同じ聖痕。
状況が指し示すのは――
「まさか、勇人が『聖女』になったってのか?」
「認めたくはないですが、そうなのでしょうね……」
「ちょっと待ってよ、『英雄』を呼んだんじゃなかったの!?」
カレンも勇人も納得していないという風に言う。
前者は突如現れた存在に役割を奪われた形だし、後者はいきなり性転換した理由を告げられても信じられないだろう。
「わかりませぬな。イレギュラーな事態が多すぎるのです。そもそも本来なら呼び出される『英雄』は一人の予定でした。ですが、現状はそう考えるしかないでしょう」
リシャールが重い口を開いた。
……彼からすれば『魔竜』さえ倒せればどっちでもいいんだろうが。
「確認してもよろしいですかな?」
「それは駄目ですわ」
リシャールに壁際により口をつぐんでいた侍女さんが反論する。
恐らくだが、職務上、口を出さないようにしていたのだろう。
「殿方には見せられないところに、ユート様の聖痕はありますので」
彼女の言葉に、つい想像してしまう。
生唾をごくりと飲み込みそうになって
「何処を思い浮かべたのさ! 胸元だよ!」
勇人に怒鳴られた。
「私も確認しました。間違いありません」
カレンの言葉にリシャールは納得したように頷いた。
「カレンが確認したのなら間違いないでしょう。彼女が嘘をつくメリットはありませんからな」
嫌な言い方だが、事実だ。
『聖女』はとても名誉な役割らしい。彼女が内心嫌がっていたとかでない限り、見ず知らずの勇人を庇うことはない。
「では、ライガ殿が異世界より現れた『英雄』、ユート殿はそれに追随する『聖女』であると公表することに致しましょう」
「「ちょっと……!」」
勇人とカレンの声が重なった。
が、すぐに反論できる要素がないことに気づいたのか、二人とも言葉は続かなかった。
知り合いに言われて見たら日刊入ってて驚きました。
最後まで出来上がっているので読者様の期待に添えるかはわかりませんが、ありがとうございます。