後日談1 全部終わったから褒美をもらう
『魔竜』を討伐したその日の夜。
僕は雷牙に女神の言っていたことを全て話した。
一切の隠し事はなし。
もう、秘密を抱えて誰かと接するのは懲り懲りだったから。
雷牙は僕と目を合わせようとしない。
当然のことを僕はしたのだから当たり前だけど。
彼は少し考え込むようにして
「――そうか」
とだけ言って黙り込む。
それでその日はお終いだった。
◆
カレンさんの奨めで、僕たちはエルグランド王城へと戻ることになった。
一言でいえば勝利報告のため。
メンバーは四人。
……早々にミューディは
「あそこに戻るなんて真っ平御免さね。……リシャールにはよろしく言っておいてくれ」
と離脱してしまった。
何やら浅からぬ因縁があるらしい。
帰路は驚くほどあっさりだった。
僕たちを妨害するものはなにもなかったためだ。
瘴気によって狂った魔物たちがどうなったのかはわからない。一度も見かけなかったから。
もしかしたら『魔竜』と共に葬られたのか。それとも、影響から脱しかつての姿に戻ったのか。
すべてを見通せるわけではない僕たちには見当もつかない。
途中、エルナ村に再び立ち寄ったり、行きとは比べ物にならないほど穏やかな旅だった。
◆
玉座の間。
僕たち四人が跪くと
「『英雄』殿、貴君らの活躍により国は救われた。面を上げてください」
リシャール王が促す。
事前にカレンさんに説明を受けた通りのやり取りで、一種の茶番のようなもの。
「功績に感謝するとともに、なんでも好きな褒美を与えましょう」
ここからが本題。
僕たちは、これからこの世界で生きていくために、報酬を得なければならない。
『英雄』であることは終わり、ただのヒトに戻るのだ。
国への士官。
莫大な財産。
そして、爵位の受領。
リシャール王から大まかに提示されたのはこの三つだった。
もちろん全てを選ぶことも可能だし、気に入らないなら他の選択肢を要求してもいいとの補足付き。
最初に答えたのはリゼルだった。
彼女は、ある女性の名前を告げ、その家族を探してほしいと言った。
恐らく、彼女の母の名だろう。
攫われ、離れ離れになってしまったその親族を探すためにこの国へやって来たのだ。
次はカレンさん。
彼女は士官を申し出た。
今までのカレンさんは、『聖女』ということで仕事はせずに修業の毎日だったとか。
治癒魔術の発展のため、教育関係の事業を推し進めたい……なんて言っていた。
立場を考えると、こんな場で願い出る必要はないと思うけど、そのあたりがカレンさんらしい。
そして僕たち。
もちろん願いは別々。
もう雷牙には僕に拘束される義理はないし、自由に生きてくれて構わない。
だから、僕が先に願いを告げる。
「僕は、エルナ村で暮らしたいと思います」
リシャール王は意外そうな顔。
「国に定住していただけるのはありがたいのですが、王都ではなく?」
彼の疑問も最もだろう。
『魔竜』を討伐したとはいえ、爪痕は色濃い。
村自体は結界のおかげで無事だったとはいえ、エルグランド南部に住みたがるものは少ないだろうから。
「はい。これから復興の手が必要になるでしょう。だからこそ、南部に向かいたいのです」
それに王都で暮らしたいとは思わない。
僕の存在は、色々政治的に面倒くさそうだし、女神の言っていたことを想うと余計。
リシャール王は少し残念そうだったが、許可を出してくれた。
先駆けを出し、向こう側に通達してくれるとか。
最後は雷牙の番だった。
彼も一言。
「ガラティーンが欲しい」
それだけ。
またもや面食らうのはリシャール王。
「元より『英雄』殿しか使えない剣ですが……それでよろしいので?」
「ああ。……エルナ村の近くに魔物はまだいるかもしれないし、それから守る力が欲しい」
「……それって」
彼の言わんとしていることがわかり、僕の口からつい言葉が漏れた。
「ああ。……俺も、お前と一緒にエルナ村に行く」
雷牙ははっきりと、僕の前でそう宣言した。
……ちょっと彼の顔がぼやけて見えたのは気のせいだと思う。
◆
そうして城でも盛大な宴会が行われた次の日。
朝早く、人影も少ない城門に僕たちはいた。
元々、僕たちの荷物はそう多くなかったし、早々にエルナ村に向かうことにしたのだ。
あまり見送りを派手にやられるのも恥ずかしかったから丁度いい。
旅の間使っていたミスリルの調理器具は結局貰ってしまった。
「あまりに欲のない『英雄』殿への手向け」
なんてリシャール王は言っていたけど、少し顔が引きつっていたのを僕は見逃さない。
「カレンさん、リゼル。今までありがとう」
「良かったら村に立ち寄ってくれよ」
僕たちがそう告げると
「……またね」
絞り出すようにリゼルは言った。
またも泣きそうな声。普段の独特な口調じゃないのは調子が狂うけど、僕も同じ気持ちなので何も言わない。
「ライガ様、ユート様、本当にありがとうございました……!」
カレンさんは深々と頭を下げる。
多分、これはエルグランドの貴族としてのもの。
そして
「必ず、村に遊びに行きますから!」
友達として、そう続けた。
「もちろん。歓迎するよ」
「あ、ずるい~あたしも絶対遊びにいくからね、絶対!」
すごく必死なリゼルに、みんなから笑みが零れた。
――そうだ。
旅は終わったけど、これで人と人の絆が途切れるわけじゃないんだ。
これからも、たった一月も満たない旅で生まれた仲間たちの関係は続いていく。
地球にいたころの僕は、そんな簡単なことにすら気づかなかった。
だからこそ
「ごめん、カレンさん。ちょっといいかな?」
僕は彼女に切り出した。
◆
「なんでしょうか?」
雷牙やリゼルから離れたところでカレンさんが訊く。
「えっと。……言っておかなきゃいけないと思ったんだ」
「……はい」
これから話すことを考えると、顔から火が出そうだけど、僕はちゃんと彼女に告げなければならない。
それがけじめだから。
「ごめん、やっぱり雷牙は譲れそうにない。……あんなこと言っておいて、ごめん」
「……」
カレンさんは無言。
馬鹿な僕に呆れてるんだろうな。
――と思ったら
「ふ、ふふふ……」
彼女の口から零れたのは笑い声だった。
何がおかしいというのだろう。
いや、馬鹿な僕がおかしいのか。
「知ってましたよ」
「……え?」
「私、あの晩、雷牙さんに告白したんです。それで、ばっさり振られちゃいました。……元から望みなんてないのはわかってたんです」
急展開だった。
いつのまにそんなことになっていたんだ。
「だから、私のことは気兼ねなく幸せになってください……平気ですから」
「……ありがとう」
僕はそうとしか返せなかった。
そして、もう一度別れを告げると、僕と雷牙は再び南部へと歩み始める。
名残惜しいのは事実だけど、またいつか、必ず会えると思えば寂しくはない。
旅に出たときとまったく異なる、晴れ晴れとした陽気が僕たちを照らしていた。