最終話 僕も君が……
「勇……人……?」
雷牙から信じられないという声が漏れる。
「どうして、ここに……」
「雷牙。――覚えているかい?」
僕は無視して問い返す。
「君は見たことがあるはずだ。君の腕に現れたという聖痕を。それも、地球でね」
「なんの、ことだ?」
「覚えていないのかな」
ただ呆然とする彼に僕は笑う。
「水泳の授業だよ。上半身裸だったからね。僕の左胸にとても特徴的な痣があった。そのときばかりはクラスの注目を受けて困ってしまったよ」
「――!?」
「今思うとあれが聖痕だったんだよ」
ここで言葉を切る。
「もうわかるよね。僕が本当の『英雄』。――女の子になっちゃった理由はわからないけど――君は巻き込まれただけだったんだよ」
カレンさんの方を向いて続ける。
「カレンさんの聖痕が移ったのは雷牙の方にだったんだ。言い出せなくてごめんね?」
「なら、なぜそれを隠して……?」
愕然とした彼女に僕は答える。
「ごめん。出来ることなら言いたかったけど、その方が都合がよかったんだ。雷牙が超人的な力を持っていてくれたしね」
ちらりと伺ってみたものの『魔竜』は動かない。
どうやら、状況を測りかねているようだった。
「血が怖いって言ったのは……地球じゃ本当だったけど、この世界では嘘。死んでる生き物なら平気? そんなに都合良いわけないよ。エルナ村でげーげー吐いたのは、薄々気づいてたけど、僕の精神が女神に弄られたってのが完全にわかった衝撃からだった」
本当にあのときはショックだった。
僕の存在を簡単に操作できる女神の恐ろしさが実感できて、嫌悪感に体中が蝕まれた。
「ミューディが言ったよね。『力の『解放』に肉体が耐え切れない』って」
「ああ、言ったさ……やっぱりあんたが『英雄』だったのか」
「あたしが最初に感じたオーラってのも……?」
二人の視線を受け、力なく笑う。
「ははは、ごめんね? でも、僕の力が弱いのは本当。魔力も弱い。多分、最初に出会ったゴブリンにも勝てるか怪しいんじゃないかな」
事実だった。
女神に何の目的があってかわからないが、この肉体は魔力の操作に長けている以外、一般人と変わらない。
「だからさ、力を『解放』したら、一発で死んじゃうんだ。肉体に反して、力が強すぎる。それが、この世界に来て魔法の練習をしたらすぐわかった。感覚で理解したっていうのかな」
全員が息を飲んだのがわかった。
でも僕は無視して言葉を紡いでいく。
「みんなを騙したのはこれが理由。死にたくないから『解放』せずに勝てるならそれでいいと思ったし、『解放』するにしてもみんなに助けてもらわなきゃたどり着けなかった」
「そんな……あなたが死を覚悟してまで戦う必要があったんですかっ!?」
カレンさんが叫ぶ。
エルフの国のお姫様なのに、そんなこと言っていいんだろうか。
……良いんだろう。
彼女は僕の友達だから。
「最初は逃げるつもりだったんだよ。情けないけど。でも、親と死に別れる――僕みたいな子供が増えると思うと耐えられなかった。パレードのときがトドメだったね。それなら、まあいっかと思っちゃったんだ」
だから――
「だからこれでお別れ。ごめんね、雷牙。僕は、最初から君との約束を守るつもりはなかったんだ」
「――っ!」
雷牙の静止は間に合わなかった。
あいにく、間に合ったとしても止めるつもりはなかったけど。
僕は頭の中に響く声に身を任せ――力を『解放』した。
ポニーテールを縛っていた紐が弾け飛び、髪が舞い踊る。
そして、どんどん銀髪へと変色していく。
僕の背中には羽が生えていた。自分でいうのもなんだけど、その姿は、まるで天使。
そして転がっていたガラティーンを握ると、一気に魔力を注入した。
ガラティーンは『英雄』の魔力を受け、変貌していく。
刃はより鋭く、光り輝く。
柄は天使の羽のような意匠へと。
そして――本来の主に歓喜するかのように震えた。
『魔竜』は僕を最大の脅威と認めたようで、攻撃を再開する。
触手たちが一斉に僕へと襲い掛かった。
恐怖を感じているのだろうか? 敵対者を逃さぬため、周囲を囲んでいた触手すら、攻撃へと参加させる。
でも、無駄でしかない。
僕は、真の姿を取り戻したガラティーンを一振り。ごうっと衝撃波が巻き起こった。触手たちはあっりと細切れになり、地にひれ伏す。
不思議とどこを切りつければもっとも効果的なのか、自然と感覚として理解できてしまう。
今思えば、簡単に鹿や鳥を解体できたのもこの力の片鱗だったのかもしれない。
『魔竜』の攻撃は終わらない。
八つの口から瘴気を濃縮し――闇のブレスとして放出した。
一撃一撃が絡まり合い、増幅されていく。
八倍ではなく、八乗となった瘴気の塊だ。
直撃すればエレフィア山脈ですら大きく抉れることとなるだろう。
だけど。
僕の前では児戯に等しかった。
「【光防壁】」
無詠唱で僕の前に現れた光壁が、一瞬にしてかき消した。
どれだけ強い闇も、光の前には打ち払われる。
これは自然の摂理だった。
しかし、光があれば新たな影が産まれる。
これもまた自然の摂理。
でも、それは光を遮る障害物があってのこと。
一撃で全て抹消してしまえばいい。
今度は僕の番だった。
先ほどの『魔竜』を真似し、光の魔力を凝縮し、ただ放つ。
「【超新星】」
撃ってから気づいたけど、これが光の最高位呪文らしい。
魔を打ち消すはずの障壁すら打ち砕き、超再生の力を持つという『魔竜』を飲み込み――跡形もなく消滅させていた。
「これで、僕の役割は終わった」
呟くと、僕の身体は指からぼろぼろと崩れ落ちていた。
多分、普通の人間なら怯え、慄くんだろう。
でも、この事象は僕の感情に何も響くものは与えない。
僕が最後に思ったのは、異世界からともに来た親友のことだった。
彼は、僕に利用されてると知らず、『誠意』を見せ続けてくれた。
だけど、僕はもう――
「ごめんね雷牙。……僕も……君が……」
腕が完全に消え去り、胴体へ。精神がブラックアウト――いやホワイトアウトかな――しかけていた。
「覚えてろよ、女神の野郎……」
そして僕の意識は完全に暗転した。
エピローグは十時に投稿します。