三十一話 決戦前夜だっていうなら宴を楽しめよ
そして、俺たちは『魔竜』の元へとたどり着いた。
道中、何度も魔物には襲われたものの、俺たちはあっさりと退けていった。
ミューディから修業終了の認可が出たのは昨日のことだった。
「あんたたちは、自分の限界まで強くなった」とのことで、『魔竜』戦に全力で挑むことになる。
残念なことに、ミューディに挑む時間は残されていなかった。
リゼルとしてはそれが一番悔しいらしい。
流石に身体に疲れが残っている状況で戦うのは難しい……と話し合いで決まり、一日休憩を挟んで決戦へ向かうこととなった。
現在、テントを立ててキャンプの準備中。
ちなみに、この世界のテントは基本的に、二人用である。現在女性陣が四人となっているが、リゼルがテントを所持していた。
そのため、俺が一人で男性用を、勇人とカレンが女性用を、リゼルとミューディがリゼルのを……という内訳になっている。
瘴気は依然として……いや、むしろ『魔竜』に最大限近づいたことでどんどん濃くなっている。だが、何故か『魔竜』の近くは魔物が出没しなかった。勇人の【索敵】にも反応しない。
そのおかげでゆったりと寛げるというわけだ。
正直、ありがたい。
◆
夜は宴だった。
勇人は、貯蓄しておいた食料を全て使い切る勢いでどんどん料理を作る。
ハンバーグ、シチュー、カレー、ポテト(に似た野菜の)サラダ――懐かしい地球の料理が、バイキング形式で並んでいく。
「やっぱり味噌も醤油もないと和食は難しいね。せめて米だけでもあればなあ」
少し残念そうな彼女だったが、俺としては好物ばかりだ。
本音を言えば、勇人の作るものならなんでも旨いのだが。
「んまーい! これならどれだけでも食べられるよ~!」
肉食獣リゼルが料理に手を伸ばしては、掃除機のように平らげていく。
恐ろしいほど遠慮がない。目下のお気に入りはハンバーグだった。根こそぎ持っていこうとして勇人に叱られている。
数を等分するという発想はないのだろうか?
「リゼルは本当に食いしん坊なのですね」
カレンがリゼルを見守っている。
菜食主義者――ほどではないが、野菜好きの彼女からすれば対岸の火事である。
「ステーキ焼けたよー!」
勇人が輪切りにした巨大肉を持ってきた。
魔力で焼き上げているので火加減は思いのままだ。とはいえ、牛などではなく、牛のキマイラの肉なので生焼けは怖い。しっかりと火を通して頂くことにした。
「ステ~キ~!」
リゼルの注意がステーキへと向く。
「あはは、ステーキはいっぱいあるからね。こっちは好きなだけ食べていいよ」
ひき肉にして捏ねる手間のあるハンバーグと違い、ステーキは――暴論だが――切って焼くだけだ。ただでさえキマイラの体躯は普通の牛と比べてデカい。
全員でも食べきれる量ではなかった。
「カレンさんにはこれだよ」
そういって勇人が差し出したのは、キノコのステーキだった。果実で作ったソースがかけられている。肉があまり好きでない彼女のためのメインディッシュだった。
「ありがとうございます、ユートさん。……本当に、この旅の間、ユートさんの食事は美味しかったです」
「そう言ってもらえると、嬉しいな……」
深々と頭を下げるカレンと照れる勇人。
なんだか、しんみりとした空気が流れた。
「ったく、うるさいねえ。まだ勝ったわけじゃないんだ。気が早いよ」
そこに今まで黙り込んで料理をつついていたミューディ。
「だからこそ、明日は勝つよ! あんたたちの修業の成果、見せてやりな!」
そして喝を入れる。
「当然~当然~! 明日は最初から全力でいくよ~!」
「例えどんな怪我を負ったとしても、私が治癒して見せます!」
「『英雄』の役割、絶対に果たして見せるぜ」
全員が決意表明し
「雷牙、カレンさん、リゼル、そしてミューディ。みんな、ここまで連れてきてくれてありがとう。明日は、絶対に勝とうね」
勇人が締めた。
そして、夜が更けていく――。
◆
宴もたけなわということで、食事会はお開きとなった。
恐ろしいことに、大量に用意したはずの食事は全て空となってしまった。余ることを想定していたステーキすらもだ。肉食獣リゼル恐るべし。……狼はイヌ科だから雑食のはずなのだけれど。
僕は、夜空を見上げる。
澄み切った――とはいかない。瘴気に覆われているからだ。
満月に近い真ん丸なお月様が見えるだけに残念に思う。
隣には雷牙がいた。
「明日、だね」
「ああ……」
他には誰もいない。二人きりだ。
「勝てると、思う?」
「勝つさ。約束だろ?」
不安を打ち消すように彼は言う。
「ミューディの修業のおかげかな、全身に力が溢れてるのがわかる。それに、『力の解放』って切り札もある」
「うん……」
「不安……なのか?」
僕は明日も後方で見守るだけ、という手はずになっている。
死地に赴くのは他の四人だ。
「うん、……ごめんね」
「いや、わかるよ」
僕を支配しているのは、漠然とした未来への不安と死の恐怖だった。
本当に勝てるのだろうか? という不安。
もしそうなれば? という恐怖。
その二つが綯交ぜになって、僕の心に嵐を作っていた。
「でも、信じてくれ。俺は、これだけしか言えない」
「――ありがとう。雷牙」
「帰ってきたら、聞かせてくれよ。返事。見せたぜ、『誠意』。約束ちゃんと守ったからな」
「雷牙っ!」
つい、僕はすべてを告白しそうになる。
「答えは全部終わってから聞くさ。でないと、所謂死亡フラグってやつになるだろ?」
雷牙は冗談めかして笑う。
そして
「明日もあるんだ。俺はもう寝るよ。でないと、つい聞きたくなっちまうし。勇人も遅くならないうちにな」
雷牙は去って行った。
僕は――
僕はね――
「ごめんね、約束。守るつもりはないんだ」
僕が絞り出した一言は、闇へと吸い込まれ、彼に聞こえることはなかった。