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僕が好きだっていうなら誠意を見せろ  作者: ぽち
僕が好きだっていうなら誠意を見せろ
32/45

外伝 帰れないっていうならそっちのルールに合わせろ

 本文中に未成年が飲酒をするシーンがありますが、推奨するものではありません。念のため。

 エルナ村を出立する前夜。

 結局、僕たちは勝利の宴を行うことになった。


 修業を終えた雷牙とリゼルが仮屋に戻る途中、村長代理さんたちが待ち構えていて、そのままなあなあで誘われてしまったとか。

 まあ、僕としても吝かではない。

 騒がしいのが好きかと言われれば微妙だけど、今だけは救われた村人たちの笑顔が見たいと思ったから。


 それに、僕たちが参加しないなら村人だけで騒ぐとまで言われてしまえば、どうせなら参加したいと考えるのが人情だ。





 宴とは、所謂キャンプファイアーを囲んでの立食パーティだった。

 彼らにとっての心づくしの内容が、テーブルへと並んでいる。

 僕は、香草を詰め込んだ鳥の丸焼きを切り分けてもらうと、仲間たちの元へと向かった。

 それぞれが思い思いの料理を手に、円陣を組んでいる。


「やはり、ライガ様とユートさんは呑まれないのですね」


 杯を傾けた後、チーズをつまみながらカレンさんが言う。

 その横顔は、朱に染まっている。

 焚火の灯りを受けてのものなのか、酔いによるものなのか。残念ながら今の僕にはわからない。


「ふぅん、下戸なのかい?」

「見た目だけなら、ライガは強そうなのにね、見た目」


 ミューディは兎も角、リゼルも当然のように飲酒中。

 ……小学生ぐらいの見た目の彼女がぐびぐびとエール――ビールに似た飲み物だ――を飲み干す姿は、地球基準だとかなりアウトだと思う。

 まあ、見た目以上に年を喰っているから問題ないんだろうけど。


「いや……俺たちの元いた世界だと、ヒトは二十歳になるまで飲んじゃ駄目なんだ」

「ん~、二人って今いくつなの、いくつ?」

「俺は十六」

「僕は十五。……向こうの世界で誕生日を迎えてなかったからね」


 それで思い出したけど、僕たちは何日を基準に年を取るんだろう。

 僕たちが地球にいたのは七月。

 こちらの世界は九月。異世界なのだから当たり前だけど、時間のズレが存在している。


 幸いなことに、この世界は地球と同じで一年は十二カ月だった。日にちも大差ない。

 その代り、一月は三十日で統一されている。つまり、一年は三百六十日。


 少しだけの違いはあるけど、あくまで誤差の範囲。

 これで一年が七百日ぐらいある世界とかだと、ややこしくて仕方なかった。


「なら、こっちの世界じゃ問題ないだろうに。勿体ないねえ」


 ミューディはしきりにそう呟いて、ワインへと手を伸ばす。

 ――村長秘蔵の、年代物のワインらしい。


 元から、このあたりはワインが特産物。

 熟成されたそれは、長生きのエルフにとってもかなりの値打ちもので、物によっては家が建つほどの価値があるとか……。


 持ち主が亡くなり、このまま死蔵するのも勿体ないということで、仇を討ったこのタイミングで分け合おうということになったようだ。

 それは、死者への手向け。

 ……本音を言えば、一時の開放感から騒ぎたいというのもあるだろうけど。


 彼女は惜しげもなく封を開けると、グラスに注ぎ、香りを確かめる。

 そのまま、一口含むとすぐに顔を綻ばせた。その様から大人の色気を感じ、今は同性の僕でもついドキリとしてしまう。


「かぁ~……旨い、旨いねえ。こんな時でもないと手が出ない代物さ、こいつは」


 でも、口を開けばとてつもなく親父臭い。

 これ、どちらかといえば日本酒を飲んだおっさんの台詞だと思う。


「私も頂いてよろしいですか?」

「あたしも~!」


 独り占めは許さないとばかりに、二人が群がる。

 彼女たちも同じように楽しむと、ほぅと恍惚の吐息を漏らした。


 ……ごくり。


 つい、僕まで生唾を飲み込んでしまう。

 そんなに美味しいんだろうか。


 思い出すのは、幼いころのお父さんが晩酌を楽しむ姿。

 つまみ片手にごきゅごきゅと缶ビールを飲む姿は、どんな素晴らしい飲み物なのだろうと想像を掻き立てられた。


「僕も、いただけますか?」


 もう飲む機会がないかもしれないし。

 そう考えると、僕は誘惑に抗えなかった。





「おい、勇人?」


 信じられない。

 雷牙の声にはそんな感情が乗せられていた。


「ユートさんにしては珍しいですね」


 カレンさんも雷牙と似たような反応。

 さりげなく二杯目を頂きながら訝しげ。


「……これからはこの世界で生きていかなきゃならない。だから、少しぐらいこっちの世界に染まったって、いい。そうは思わない?」

 僕の問いかけに雷牙は黙り込む。


「ま、そういうんなら、飲みな」


 一方、ミューディは特に気にした様子もなく、雑に注いでグラスを僕に渡してくれた。


 郷に入っては郷に従えというではないか。それだけの期間は過ぎたはず。僕は自分に言い聞かせ、地球での(ルール)を破る。


 僕は恐る恐る、グラスを傾け、匂いを嗅いでみた。

 葡萄ジュースを何倍にも濃縮したような香り。

 それだけでくらくらとしてしまいそうな、噎せ返るようなそれに怖気づきそうになるが、一気に口へと流し込む。

 

 ――ごくり、ごくり。


 酸っぱさを堪え、必死に飲み下す。

 これが、大人の味なのだろうか?

 僕にはわからない。


「ば、ばか! 一気飲みするやつがあるかい! もったいない……」


 ミューディの叱りつける声も、今の僕には届かなかった。

 ただ、感じるのは胃のあたりから感じる熱さだけ。

 まるで焼けた石を詰められたかのような感覚。


 熱は臓腑から全身に波及し、次第に脳まで蕩けそうになる。


「はぁ……」


 無意識に、口からため息が漏れた。


「すっぱい」

「ユートにはわからないか~お子様だね、お子様」


 からかうように揶揄するリゼルの声も、気にならなかった。

 ただこの焼ける様な感覚をどうにかしたくて、首元のボタンを外していく。


「お、おい、勇人!」


 雷牙の焦るような声が、なんだかとてもおかしい。

 笑いを堪えながら、服をパタパタと仰ぎ、涼むことにする。


 そうすると、慌てて彼は視線を反らす。

 僕も胸元に目をやれば、聖痕(スティグマ)が露わになっていた。


 ……でも、それがどうしたというのだろう。

 ふわふわして、とても気持ちいい。

 このまま浮遊感に身を任せてしまいたい。


「もしかしてユートさん、酔われてます?」

「ワイン一杯で酔っぱらうとは、初めてとはいえ、弱すぎじゃないかね……」


 呆れたような二人。

 ――まだ、暑いな。

 もういっそ脱いでしまおうか。熱から逃れられれば、それでいい。


 なんて上着に手をかけると


「……やめな、はしたない。ライガ、あんたも凝視するんじゃないよ。バレバレさ」


 ミューディから叱責が飛んだ。

 そんな彼女に、僕の記憶の中の一人が重なった。


「……お母さんみたい」

「――はぁ?」


 信じられない。そんな声色だった。


「ううっ……お母さん……」

「ちょ、待ちな!」


 千鳥足ながら、タックル。

 ミューディはそれでも優しく受け止めてくれる。僕はまるで縋るように、彼女の背へと手を回す。

 自然と、僕の瞳から涙が零れた。


「あたしゃ、子供なんていないよ、やめとくれ」


 本気で嫌そう。

 でも、突き飛ばしたりなんかはしない。

 僕にはもうお母さんにしか見えなかった。


「ライガ、あんたの相方だろう。どうにかしとくれ」


 見上げれば、普段の堂々とした態度とは打って変わって、彼女の顔には困惑が浮かんでいる。

 そのギャップに吹き出しそうになったところ、ぎろりと睨まれた。


 ――やっぱり、お母さんじゃない。


 雷牙の手が僕に触れるより早く、するりとミューディから離れ、僕はリゼルの方へと進む。


「リゼルは、妹みたい」

「えへへ~。そう? ま、あたしの方がユートより年上だけどね、年上」


 リゼルは満更でもなさそう。

 僕は彼女をぎゅっと抱きしめ、ふんわりとした感覚を楽しんだ。


「カレンさんは、カレンさんだ」

「ふふふ、ユートさんもユートさんですよ?」


 いつの間にやらカレンさんも大分出来上がってる。

 お互いに手と手を繋いで、簡単なステップ。

 まるでお城の舞踏会。野外だろうが、今の僕たちには関係がない。

 そして微笑みあうと、僕たちは別れた。


「最後に」


 そういって最後の一人。

 雷牙の方へ向き直る。


「雷牙は――」





「雷牙は――」


 勇人の潤んだ瞳に見竦められて、俺は動けなくなる。

 普段とは全く異なる、無邪気な様子を見せる彼女は、何よりも俺を酔わせる美酒のように思えた。


 ……素面でこんな実況が出来るんだから俺も大概だ。


「なんだよ」


 照れ隠しも兼ねて、ぶっきらぼうに答えた。


「雷牙は……」


 もう一度だけ勇人は繰り返し――。

 ふらりと崩れ落ちた。


 慌てて俺は抱きかかえる。


「勇人!?」


 他の三人も急いで駆け寄る。

 が


「……寝てるだけさね」

「ホントに弱すぎ~」


 すーすーと腕の中で寝息を立てる勇人に、笑みが零れる。


「人騒がせなやつ……」

「明日も早いでしょうし、そろそろ、お開きにしましょうか」


 カレンの一言に、自然と場が収まっていく。

 とりあえず、恐るべきスピードで酔い潰れた勇人は、女性陣の居宅へ俺が送り届けることになった。


 ――最後の瞬間、俺には「馬鹿だ」と続いたように俺には見えた。

 何か気に障ることをしただろうか?

 俺は疑問を覚えつつ、広場を後にする。

 三が日の間ずっと酒飲んでました。

 あんまり酔わない性質なので、酔っぱらいの感覚が少しわからないかも……。

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