二十六話 未熟だっていうなら鍛えてくれよ
雷牙と合流し、村へ戻った僕は、こっ酷く叱られた。
「どうして一人で囮になった!」
とか
「約束はどうする気だったんだ!」
と攻め立てられているうちは良かったのだけれど
「お前が死んだら、俺は……」
と男泣きされてしまっては対処に困った。
そうなると僕はただ謝るしかなく、仕方がないので雷牙を抱きしめるしかなかった。
すると僕を抱きしめようと手を伸ばしてきたので払う。
泣き止んだ彼は不満げにしていたが
「僕がするのはいいけど、君がするのはダメ」
とぴしゃりと言い含めておいた。
それから半刻ほど過ぎて、日が完全に沈んでからカレンさんとリゼルが帰投した。
激戦を繰り広げたことは聞いていた。しかし、カレンさんは兎も角、リゼルは月が出たことで完全に体力を取り戻したようだった。
何故か服が肌蹴ていたので
「どうしたの、リゼル! 誰にやられたの?」
と駆け寄ると、彼女は雷牙を指さし
「ライガが無理やり――!」
涙目だった。
「雷牙……やっぱり約束を……?」
「ちっがーうっ!」
僕が疑わしげな視線を向ければ、雷牙が叫ぶ。
それを見届けていたカレンさんがくすくすと笑った後
「リゼルとライガ様は本当に相性が悪いのですね」
と言った。
まあ、僕も旅の中で雷牙がそういう人間じゃないことはわかってきた。
冗談で言ってるだけ。
和やかな雰囲気が場を包む。
「ごほんっ……」
いい加減にしろと言いたげにミューディが咳払い。
彼女は村に帰還してすぐ話し合いを求めたのだが、残り二人が戻るまで待ってほしいと僕は断った。そして、律儀に待っていてくれたのだった。
とはいえかなり苛立たしげ。
彼女の姿を見てすぐ礼の宴を開こうとした村民たちだが、一睨みされると萎縮して去って行った。
「では、場を移しましょうか」
僕の提案にミューディが頷く。そして雷牙も異論はないと同意し、状況のわからない残り二人がとりあえずついていく。
◆
元村長宅のソファーに全員が腰掛ける。
普段から村長宅は会議の場としても使用されるので、必然的に大広間になるという。
ちなみにリゼルはすぐに着替えている。どうやら、破れることを考慮して同じ服装をいくつも持っているらしい。
「彼が雷牙、貴女がお探しの『英雄』です」
「ん、こっちがかい? あんたが『英雄』じゃなかったのか」
「僕は一言もいっていませんよ。そして僕が『聖女』。そういうことになっています」
訝しげなミューディを無視し、僕は二人に目を向ける。
「彼女がカレン。エルグランドの貴族令嬢で、先代の『聖女』です。こっちの犬耳はリゼル」
「なんかあたしだけぞんざいじゃない? ぞんざい!」
それだけ言って、この世界に転移してからの出来事を語っていく。
異世界から召喚されたこと。
女になっていたこと。
カレンさんが聖痕を失ったこと。
流石に言いたくないことは言わなかったが、大体情報の共有が出来たと思う。
すると、直近のオーガの出来事については答えが出た。
「瘴気に侵された存在は急速に進化していく。あんた、進化に必要なのは何か知っているかい?」
まるで、ミューディは試すかのように僕に視線をやる。
……僕は理系じゃないけど、地球高校生だった以上、少しぐらいの知識はある。
「刺激……ですか?」
「正解。まあまあ頭は回るようさね。群れにとってもっとも強い刺激、それは外敵さ」
――瘴気に狂った魔物は、異常なまで攻撃性を強化される。
そして交戦し、戦闘経験を瘴気を通して群れのリーダーへと集めていく。すべては『魔竜』の強力な配下となるために。
この村の経験した、異常な進化スピードはそれが原因らしい。
あえてエルナ村へ少数を派遣し、殺させることで経験を蓄積していく。
だがそんな狙いに狂いが生じた。
「多分、この村へ別戦力を投入しだしたのは『英雄』が来て焦ったんだろうね。ブラッドオーガってのは、オーガの最上位種。いわば進化の頂点なのさ。だから今度は知性の緩やかな発達を狙ったんだろうが、そこに根絶しかねないのが来たってわけさ」
「確かに、そう考えると納得がいきます。――だけど、一つだけ腑に落ちないことがある」
「なんだい?」
ミューディは肩をすくめた。
「どうして貴女はそんなことを知っているんです?」
「……ハハハ!」
おかしそうに彼女は腹を抱えて笑った。
「何かおかしいことでも?」
「いや、あんたはそういうことをちゃんと疑問に思う子なんだと思ってね。あたしゃ、『英雄』ハンターなのさ」
「……ハンター!?」
その言葉に僕以外の三人が大きく身構える。
「ハンターって意味が多分違うよ。殺す気ならオーガの群れから僕を助けずその場で殺してる」
「そう、話が早くて助かるよ。あたしの目的は『英雄』を探し出して力の使い道を教えること。それで、一年間探し回ってるうちに、瘴気の影響を受けた魔物の生態がわかってきたわけさ」
「なんでそんなことを?」
警戒を解かず、雷牙が訊いた。
「『英雄』って言っても、力のコツを掴むまでは一般人と変わらない。あんたたち、エイベル・バートランドを知ってるかい?」
僕と雷牙は聞いたことがない名だった。
だけどカレンさんとリゼルは違ったようだ。
「ヒトの『英雄』だと聞いています」
「確か、レギオニアに現れた『機竜』を倒したって。噂だけどね、噂」
「あいつはあたしが鍛え上げたのさ。初めて会ったときはひよっこだったがね。意外と才能ある奴だったよ」
ああ、城で話に聞いたもう一人の『英雄』か。
「それで、今度は僕たちを鍛える番というわけですか」
「ああ。あんたたち、オーガ程度に苦戦したんだって?」
「程度って……!」
ミューディの物言いに、むっとするカレンさん。
死闘を見届けただけに不満を感じたようだった。
一方
「確かに……ロードオーガに梃子摺ったのは事実だ。それで『魔竜』に勝てるのか、不安に思うのは嘘じゃない」
雷牙は思うところがあるようだ。
「あんたに特訓してもらえれば、強くなれるのか?」
彼はが尋ねる。
そのとき、拳を強く握っていたのを僕は見逃さなかった。
「ま、それはあんた次第さね」
「あたしもあたしも! 強くなりたい!」
「ついでだ。稽古をつけてやろうじゃないか」
意外と面倒見がいいらしい。
リゼルの申し出も許諾される。
「あんたは? 『聖女』なんだろう?」
視線が僕へと移る。
僕は
「結構です。必要ありませんから」
とだけ。
「私もお願いします! ライガ様の力になりたいのです……!」
「ふん、思い出すねえ。似たようなことを言ってきた娘が少し前にもいたよ。いいさ、魔法についてなら教えてやる」
僕とは打って変わってカレンさんが願い出る。
ミューディはそんな彼女を見て
「誰が『聖女』なんだかわかりゃしないね」
と、隣に座る僕にだけ聞こえる声の大きさで言った。
内心同意する。
僕は間違いなく『聖女』ではない。
「なら、あんたたちの実力を見せてもらおうか。流石に今日は厳しいかね。明日の朝一番、一人ずつかかってきな」
そうしてこの場は解散となった。