二十五話 鬼ごっこだっていうなら人間とやれよ
「あっ……」
激戦を制し、俺たちが膝をついているとカレンが声を上げた。
「どうした?」
リゼルは反応がない。半獣化の影響で肌蹴た衣服をマントを羽織ることで誤魔化すと、それっきり動かなくなってしまった。
「……ユートさんとライガ様の衣服が特殊な魔力を帯びていることはお話しましたっけ。私が旅立ちの日、すぐに合流できた時の話です」
「ああ、覚えてるよ」
そういえばそんな話をした記憶がある。
旅ではぐれたときを想定してだったか。
「このコンパスで場所を察知できるのですが、ユートさんが動き続けています」
「なっ――」
思わぬ言葉に息をのむ。
「まさか、追われている?」
「その可能性は高いです……。もしかしたら、囮となっているのかもしれません」
動揺を隠しきれずにいると、少しだけ回復したリゼルが言った。
「ライガは行ってきて~。あたしたちは、回復したら後から向かうから、後から~……」
力を使い果たしている二人をこのままにするのは気にかかるが――
「すまん!」
俺は駆け出した。
◆
「……不味いなあ」
僕は、森の中で一人ごちた。
情けない話だが、早々にして囲まれている。
【索敵】による優位はすぐに崩壊した。
オーガたちが驚くほど統率を取れた動きで、僕を包囲し始めたからだ。
僕は敵を撒くつもりで森に隠れたが、実際のところ追い立てられていたということらしい。
――どういうことだ?
僕は、やつらに察知されるような行動はしていない。
最初、村から引き離すために遠距離から魔法で狙撃したりはしたものの、それは大分前のことだ。時間が経過してから反応するというのはおかしなことだった。
――まさか。瘴気が?
視界を曇らせる謎のガス。
魔物を進化させ、狂わせる何か。もしや、これが何らかの信号を伝達する手段であれば――
いや、現在において重要なのは原因ではない。
この状況に陥った原因を考えるのは生き延びてからの話だ。
まず考えるべきは、切り抜ける方法。
時間稼ぎを考慮するべきか?
時が経過すればするほど、雷牙が助けに来る可能性は上がるだろう。
オーガはほかの生物と交わり子を為すこともできる種だという。
最悪、身を差し出してでも……。
と考え、酷い嫌悪感に襲われた。
最低の発想だ。それに、まずないだろう。
もしやつらが瘴気に操られているのだとすれば、大本は『魔竜』。最大の脅威の片割れである僕を、生かそうとするはずがなかった。
雷牙が来るまで隠れるのが最善策なのだろうけど――望みは薄い。
少しずつ包囲網は狭められていた。【索敵】の反応に新しい魔力はない。時間の問題だろう。
ならば。
実は僕がこの森を目指していたのは身を隠すためだけではない。
正確には、身を隠すだけならこの森を選ぶ必要はなかった。
何故この森を選択したのかといえば――明らかにオーガのものではない巨大な魔力に興味を持ったからだ。
――鬼が出るか蛇が出るか。
僕は一筋の希望へと期待を込めて、大きな魔力へと歩を進めた。
◆
僕の目の前に立っていたのは、エルフの女性だった。
カレンさんより十ぐらい年上だろう。若草色の髪の毛が特徴的だ。エルフにしては珍しく腰に剣を携えていた。
「あんたは――?」
どこか驚いたように問う彼女。
「僕は勇人といいます」
そして、ニヤリと微笑み
「結界のお礼が言いたくて来ました。――そうですね、僕があなたの探している存在ですよ」
と告げた。
彼女の顔が驚きに変わる。
――ビンゴだ。
僕はカマをかけた。
そしてこの反応。彼女が『英雄』を探しているという旅人だ。
彼女は――あのころは彼か彼女かわからなかったが――『英雄』がエルナ村に立ち寄ることを期待して、周辺を回っているのではないか? と僕は予想していた。そこに現れた強大な魔力。結界を張ったという点とも共通する。
「あたしは――あたしはミューディだよ。あんたが『英雄』だっていうなら願ったり叶ったりなんだがね。それで、どうしてこんなところに来たってのさ」
訝しげなミューディ。
「それなんですが……」
「何さ?」
申し訳そうな僕の顔に虚を突かれたような顔をする。
「すいません、ちょっと助けてください」
◆
「『英雄』がオーガの一人も倒せないとはねえ」
ミューディが自分の身の丈ほどある剣を振るう。いや、片刃のそれは、剣というより刀だった。
リゼルの小刀といい、この世界にも日本のような国はあるのだろうか。
あっさりとオーガの首と胴体が別れを告げ、血が舞った。
僕はそれから出来る限り目をそらす。
流石にここで倒れるわけにはいかない。
「言わないでくださいよ……」
「ふん、まあいいさ」
吐き捨てると、何やら呪文を唱え始めた。
闇の魔力が収縮していくのが感覚でわかった。そのまま弾ける。
こちらへ近寄ろうとしていた別のオーガが跡形もなく消える。
――これなら血を見なくて安心。
なわけがあるか。
心の中で突っ込みを入れながら走る。
「エルナ村、あなたが結界を張った村です。そこまで連れて行ってください」
それが僕の出した条件だった。
報酬は
「あなたの目的に協力します。まあ、おおよそ同じ目的だと思っていますけど」
これだ。
ミューディは即決。そして今に至る。
彼女は大胆に、しかし警戒を怠ることなく森の中を進んでいく。
何度かオーガに遭遇しては瞬殺しての繰り返しだった。
初めてみたとき、何故刀を持っているのかわからなかった。エルフは筋力が弱く、あまり武器は使わないからだ。てっきり、近づかれたときのための懐刀――にしては大きすぎるが――のようなものかと思っていた。
しかし、彼女がそれを振るうのをみて、すぐに認識を改めた。
まるで、僕たちの世界での剣豪のような無駄のない動き。円を描くように近づき、一刀のもとに切り伏せる。長刀を、木々といった障害物の多い森ですら平然と使うのだから推して知るべしである。
その上、魔法の腕も一級だ。
瞬時に目標を定め、放つ。
接敵した状況で魔法を使うのはかなりスキルがいる。
化け物染みた集中力でもないと、攻撃を捌こうとすると集中を乱されてしまうのだ。
どうやら、ミューディはその化け物側らしい。詠唱の途中だというのに、怯えることなく、最低限の動きで回避していく。
【索敵】を使えば、どんどんオーガの数が減少していく。
そして、こちらへ急速に接近する新しい魔力。
――間違いない。雷牙だ。
「助かったぁ……」
僕が小声で呟くと
「? 何か言ったかい?」
ミューディが不審に思ったが、笑って誤魔化した。