二十四話 切り札だっていうなら最後までとっておけ
「グオァァァッ!」
侵入者に臣下を惨殺された王は、憎しみを持って吠える。
「来るぞ、リゼル! 下がれ、カレン!」
殆ど力を使い果たしているカレンを、急いで後方へと下がらせる。
もし彼女が狙われでもすれば、一瞬にして肉塊へとされてもおかしくない。
カレンが巣穴から離れ、木々へと隠れるのを確認して俺たちも下がる。
見れば、ロードオーガに付き従うオーガは一人もいなかった。
恐らく駆逐に成功したんだろう。
となれば、この狭いフィールドで戦う意味は薄い。
二対一。数の優位はようやくこちらへ移った。ここからは俺たちが数で攻め立てる番だった。
ガラティーンに改めて魔力を注ぎ込む。
ただでさえ尋常でない切れ味を誇る魔剣を、更に鋭く鍛え上げていく。
一方リゼルはもう一本の小刀を取り出し、二刀流の構え。
模擬戦の際教えてもらったが、あれが彼女の本気の剣術らしい。我流で鍛え上げられたそれは、身体能力と相まって恐ろしいスピードで敵を追い立てる。木の棒でだが体験した俺からすれば、まるで刃の嵐のようだった。
巣穴から離れ、木々の少ない広場で敵を迎え撃つ。
相手がまともであれば、木々に引っかけ動きを止めるという長柄の欠点をついてもよかったのだが――あれは格が違う。
ロードオーガが俺目がけハルバードを振るい、当然回避する。対象を見失った戦斧は、苔むした岩を掠め――何の抵抗もなく引き裂いた。
「なんて切れ味だよ、これ!」
あまりの威力に笑うしかない。
もしかしたらガラティーンに匹敵するかもしれない。
「ライガ様! あれは恐らく、南部の騎士団長に授与されたミスリル製のものです!」
遠く離れたカレンからの警告。
おいおい、匹敵するかもじゃなかった。材質が同じだ。間違いなく匹敵する。
不幸中の幸いとして、魔力に反応する魔紋は刻まれていないらしい。もし刻まれていても、オーガにその知恵があるとは思わないが。
とはいえ、魔力による強化のアドバンテージは、ロードオーガの膂力の前では掻き消えてしまう。……リゼル込みで互角といったところか。
――気迫でわかる。こいつは俺より強い。
情けない話だが、感覚で理解できてしまっていた。
心臓を押しつぶされる様な圧迫感。俺は、萎縮している。
だが、心は折れない。
守れと言った少女のため。死なないという誓いのため。
かならずここを切り抜ける。
「先手必勝!」
疾風と化したリゼルが仕掛けた。
初速からトップスピードに乗った一撃をお見舞いする。リゼルの斬撃に、ロードオーガは反応できない。眉間へと刃先が吸い込まれていき――
バキリ。
剣がへし折れる音が響いた。
前言撤回。撤退を考えた方がいいかもしれない。
◆
流石にオーガの大群が迫る中、遮るもののない街道を渡る気にはなれない。僕はひたすら森の中を走っていた。
幸運なことに、南部の豊かな木々のおかげで隠れるところには困らない。
女性となったことで大分遅くなった僕の足を心の中で叱咤しながら、ただただ進む。
息が上がり、酸欠に苦しむ思考の中で再び【索敵】を使用。
目論見通り、オーガたちは僕の方を向け突き進んでくる。
そう。僕のとった策は一つ。
囮作戦。
もし外敵を排除するためにオーガが動いているのならば、僕を見逃すことはないと思ったのだ。
【索敵】のおかげで、敵の動きを感知することは容易い。視界の遮られた鬼ごっこであれば、身体能力を加味しても僕が優位だと考えたのだ。
後はただ時間を稼ぎ続け、雷牙に助けてもらうだけ。多分、カレンさんが気づいてくれるって信じてるから。リゼルの嗅覚も頼りになるだろう。
実のところ恐ろしく他力本願な策だった。
◆
「あたしの刀が~!」
響いたのは、やはりそれでもどこか緊張感を欠いたリゼルの嘆きだった。
彼女の手の一振りは、ぼっきりと折れ刃を失っていた。
ロードオーガの判断は早かった。
リゼルの攻撃は脅威でないと判断し、徹底無視。ひたすら俺へと攻撃集中。
ガラティーンでなんとかハルバードを受け流していく。
魔力による強化がなければとっくにガラティーンも折れてしまっていただろう。
「た、高かったのに~! ごめん、ライガ、時間稼いで、時間!」
涙目になりながらリゼルが言う。
「稼げって言われても、狙われてるのは俺だよ!」
戦斧が俺の顔を掠め、ひやりとしたものが背中を伝う。
「ライガ様っ!」
カレンの悲痛な叫びに対し、安心させてやる暇もない。完全に防戦一方だった。
「これからあたしも狙われると思うから……あんまりやりたくなかったんだけど」
リゼルはそう告げると、瞳を瞑り集中。
どうやら魔力を練り上げているようだった。
――リゼルは魔法を使えないはずじゃあ……。
疑問を覚えるが、問う余裕もない。
回避に専念する。
「たあぁ!」
気合を込めた叫びに、彼女の手から小さな光の球が放たれた。
黄色くて丸い。それはまるで満月のようだった。
――昔漫画でみた光景な気がするぞ。
確かそれだと人為的に月を創り出して……
「ああああぁぁ――ッ!」
リゼルが吠える。
尋常でない迫力に、ロードオーガの視線がそちらへ向く。
俺は見逃さない。
リゼルを庇うためでなく、一刀のもとへ切り伏せるための攻撃。
それだけ大きな隙だった。
しかし、残念ながら直前でハルバードにガードされてしまう。
だが、時間稼ぎとしては十分。ロードオーガは俺の一撃を恐れ、リゼルへと向かうことは出来ない。こちらへ集中されてしまえば今度は俺が劣勢に追い込まれる。
だが、時間稼ぎとしてはこれ以上なく成功と言えた。
「あぉぉ――ん!」
まるで狼のような咆哮に目を向ければ、リゼルは半獣へと化していた。腕は大きく毛へと覆われ爪が伸び、足も同様に靴が裂け狼の爪が出現している。
短めだった銀髪は長く伸び、まるで全身を覆い尽くすようだった。
唯一変わらないのは耳と尻尾、そして理性を保った瞳のみ。
「リゼルちゃん、本気の本気な半獣形態! これやると、服が一式駄目になるから嫌なんだよね~」
一言言い残し、疾駆。やはりどこか緊張感がない。
だが、威力は絶大だった。
一瞬で俺は彼女を見失ってしまった。比喩でなく、本当に風になってしまったように思える。
「遅いよ~」
間延びした言葉に反したスピードで、ロードオーガの背後を取る。
爪を振るえば、一筋の鮮血が舞った。
当然オーガの血。
傷は浅いものの、彼女は大鬼の王を翻弄していた。
そのまま幾度となく旋風がオーガを襲った。全身に傷が生まれ、出血していない箇所を探す方が難しいほど。
だが――火力が足りていない。
生命力に溢れたロードオーガは切り傷程度ではまだ気力を失っていないし、逆に高速戦闘を行い続けているリゼルの息が上がりつつある。
本気を自称するだけあって、これを破られたら後がないのであろう。
俺も、援護しようとガラティーンを握りしめる。
しかし、攻め込む隙がない。高速戦闘に目がついて行かない俺は、下手をすれば彼女の動きを阻害しかねないのだ。
ならば、一撃にかける。
リゼルが動きを止め、オーガの動きも止まる一瞬。そこを突く。
だとすれば、今のままではいけない。
ガラティーンの切っ先は間違いなくオーガへ届くだろうが、一撃で殺すほどではない。
俺は、やつの命を刺し貫く一撃をイメージする。
――これ以上魔力を注ぐか?
いや、無理だ。
正直連戦を潜り抜けた今となっては限界に近い。ブラッドオーガとの前哨戦がが、前座にしては重くのしかかっていた。
――なら、なら注ぎ込んだ魔力を変質させるのはどうだろう。
単なる思い付きだった。
なけなしの、俺の炎の魔力。ガラティーンに注ぎ込まれたそれが、全て燃え上がるイメージ。
どくりと心臓が跳ね上がった気がした。
ガラティーンが、俺の意思を無視して躍動する。
たった一瞬頭によぎったイメージ、それを忠実に再現するために。
ガラティーンの刀身が燃えるように赤く染まり、柄もまるで炎を象徴するかのように変化していく。
そして、灼熱が舞いあがった。
不覚にも、ロードオーガとリゼルの双方が呆気にとられているのが見えた。
激戦を繰り広げていたら、後ろで異変が起きたのだ。気を取られるのは無理もないだろう。
だが、その一瞬に駆ける。
オーガは反応し、ハルバードで受けようと構える。
しかし、無意味。
紅に染まるガラティーンと交錯するが、膨大な熱量の前に蝋細工のように溶けるしかない。
「うおぉぉっ!」
俺は、絶叫と共に切り伏せた。